第9話「シャワー」
◇
ザーザーなるシャワーの中、私は頭を抱えていた。
「やってしまったぁ……」
いや、それ以上に私はやらかした。
あの後、私は急いで掛け布団に包まると先輩が開けっ放しのクローゼットから大き目な白色パーカーを取り出して渡してきた。
無防備ではなくなったはずの私をあまり見ないようにして渡してくるその姿もう見ることもなかったはずのものだった。
受け取って、羽織るとそれを感じ取ったのかポロっと溢したかのように行ってきた。
『それで……その。昨日から風呂入ってないだろ』
『えっ……くさっ』
聞いた瞬間、ぞっとしてすぐさま鼻を肩側に向けた。
すると、先輩はそんな私を見るや否やすぐさま否定した。
『あぁいやいや! 別にその、臭いとかなじゃいんだ。ほら、女子—―じゃなくて女性って風呂入れないのきついはずだろうし』
『そ、それはそうですけど……』
お風呂には入りたい。
ただ、時計はすでに十一時を回っている。
さっき起きたばっかりで仕事などまだしてもいなかった。
『でも私、家政婦の時間が』
『いや家政婦はいいよ。仕方ないし、急いでやっても意味ないだろ?』
『まぁ、そうですけど。でも予約を入れてもらってそれは』
『いいんだよ。ほら俺はクレームなんて入れるつもりは毛頭ないからさ。時間のことは一旦忘れて入ってこいよ』
食い下がってもまったく引いてこない。
もはやここまでしてもらっている私にこれ以上反論はできなかった。
『い、いいんですか……?』
『まぁ、俺はね。あでも、どうしても栗花落が男がいる空間で風呂入りたくないのなら大丈夫だぞ!! もちろん俺は覗くなんてことしないけどっ』
苦笑いのまま、焦ったのか付け足すように否定する。
視線を感じさせまいともがく笑みでタオルと着替えを手渡ししてくれて、手と手が触れた。
触れてしまったと理解した先輩が焦ってすぐに引っ込めようとするのを見て、私は離れ行く手を掴んだ。
硬い。
昔よりも遥かに硬くて、そしてどこか柔らかい。
そんな温かい手。
その手をぎゅっと握りしめて、いつの間にか私は呟いていた。
『……せ、先輩』
『な、なんだ?』
目を合わせようと見上げると、望み通り目が合う。
胸がきゅっと締まる。
そして、そのまま告げる。
『私……今まで』
確実に今ではなかった。
でも、言いたくて仕方がなかった。
あんな顔で優しくされたら、言わざるおえなかった。
『……ごめんなさい』
『えっ⁉』
頭を深く下げる。
きっと、伝わらないだろう。
いまではない、理由も言っていない。
でも、それでもまず頭だけは下げたかった。
義務でもなく、本心で頭を深く下げる。
『いいんです。その、私、先輩にいろいろひどいことして……確実その、今じゃないと思うんですけど。もっとしっかりとお話ししたいんです』
『え、あ、あぁ……そ、そうか』
『その、じゃあ私。お風呂借ります』
『うん』
こくりと頷く顔を見て、私は寝室を逃げるように後にする。
そして、六歩ほど進んだ後。
『—―なぁ』
『っ⁉』
ビタッと足が止まる。
先輩が投げかけるように言ってきた。
『俺も、そのさ。今更って思うかもだけど……話したいことがある。その今日じゃなくていいんだ。別に関係性を続けたいとかでもないけどっ……言いたいことあるんだ』
震えた、少しだけ大きな声。
いきなり、唐突のことで背筋が固まる。
ただ、そのまま返事をすることしかできなかった。
『は、はいっ』
足はいつもよりも軽くなった気がした。
◇
なんて下品な女だろうと思われただろうか。
まさか、先輩の家の寝室で無防備にもワイシャツ一枚で寝ていたとは。そして何より、犬のこともあって色々あって疲れたとは言うものの、他人のベッドを使ってしまっていたとは。
先輩はリビングのソファーで寝ていたんだと思う。
理由はソファーに少しだけ跡がついていたから。
そっちで寝るべきなのは私だったし、まずはそこから言えばよかった。
でも、なんだか私は先走って止まらなかった。
先輩もあう言う風に言ってくれたし、少し心も晴れたことも事実だけどもっと言うべきことがあったと水に打たれてすぐに浮かんできた。
まずは「ベッドを占領してしまいありがとう」でしょ。
何がごめんなさいよ。
謝ることばっかりに捕らわれて、自分がさっきまでしていたことをよく考えていなかった。
先輩は終始、体を見ないように頑張っていたのに私って言うのは何も。
「……うぅ」
頭を抱えながら座り込み、鏡を見つめる。
すると、うっすらと段々に重なったお腹が見えた。
昔よりも少しついた肉。
私、元カレの家で裸になってるんだよね今。
先輩が覗きなんてことしないだろうけど、でもあまりにも無防備すぎる。
寝るもそうだけど、私は罪に何個罪を重ねているのか。
別に先輩自体に見られるのが嫌だとかではない。
ちょっと不安なだけ、トラウマと言うか、この無防備さ含めて腹が立つ。
それにただ単に腹が出てるし。こんなの見られたらお嫁にいけないし。
ちょっと太っちゃった。
最近仕事ばっかりで運動出来てなかったからかしら。
高校の時みたいに動かなくても太らない頃の代謝が恋しい。
「—―ってあぁ、何考えてるんだろう」
この後、私って言うんだよね。
いろいろな話しなくちゃいけないんだよね。
いや、それを望んでいたけど……なんか、やばい。
心臓がバクバク言っていて、緊張しているのが自分でもわかった。
勢いで言って、でも望んでいて、とはいえもう逃げられないし、あぁもうこのまま消えてなくなりたい。
いやなくなりたくないけど。
むしろ、元々言おうと思っていたことを勢いで言えたのは良かったし、それで少し肩の荷が下りた気がする。
でも、なんだか、心底で思っていることはそんなに簡単なことじゃない。
うまく言語化できないけど、何か違う。
そこにある。
でも、こうして話せているのは嬉しかった。
今まで話すことなど叶わなかったから、改めて思う。
少なくとも高校を卒業してから数年間でそれが学べた。
優しさに甘えるつもりもないし、これで終わりにする。
そう思っていたけど、何か心に引っ掛かるんだ。
「言いたいこと、かぁ」
ふと、さっきの言葉を思い出した。
にしても、先輩何を言うんだろう。
あんな真剣な顔で、今までの少し気まずそうな顔でもなかったし。私は真剣にお話して、謝ろうと思っているけど。先輩が言うことなんてないと思う。
私が悪かったことについて謝るだけだ。
そこに入る余地は失跡することくらいだろうに、でもあれはそう言う時にする表情じゃなかった。
目を見て、見つめて、さっきまで気まずそうに眼を合わせまいとしていたのに何か大事なことを言う時はあんな顔をする。
「お人よしですよ……ほんと」
こんなアホ、ほっておいていいのに。
だからこそ、報いなければいけない。
「はぁ……」
溜め息が漏れる。
嫌だと、そういう溜息ではない。
一息をしたつもりだった。
でも、その溜息で分かったことがある。
「あーあ」
どうして、こんなこと思ってるんだろう。
そんな資格、汚れた私になんて毛頭ないのに。
「終わりたく、ないなぁ」
ワガママの塊だった私を彼はどう思うんだろう。
あとがき
なんだか過去編ばっかりな気がしますが、やっぱりこの二人が出会って普通の関係に戻るためには大事だと思うので結構入れちゃってます。それに暗い雰囲気を払しょくするための純粋な盛り上がりも大事ですからね。
少しでも続きを読みたいなと感じたらぜひフォロー、コメント、レビューなどしていただけると励みになりますのでよろしくお願いします。
ジャンル別週間5位ありがとうございます。皆様のおかげです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます