082:幻影のヒナコ

「というのが昔話じゃ」と、イリスはボドゲ部に約20年前の『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』の世界で起きた出来事の話を終わらせた。


「ぅう、お、親父と母ちゃんにそんなことが、ぁう、うぅ……涙が、止まらねぇよぉ……ぁぅ」

 両親のことを知らないキンタロウは両親の温かさに触れ涙が溢れ出た。そんな泣きじゃくるキンタロウの頭を「よしよし」とイチゴが撫でる。


 イリスは過去話をしながらノリの背中にできた緑ヘビとの戦傷の内出血を治癒魔法を使い治していた。その内出血は過去話の終わりと同時にノリの背中の内出血は完治していた。

 ノリは自分の戦傷が治ったことよりもキンタロウの両親の話に感動し男泣きしていた。


「黒田少年よ。この子にもユウジにも……もちろんお主にも罪はない。一番悪いのはこの世界を作った『神様』じゃ。お主も本当は気付いているじゃろ? 復讐する相手が違うことに。ユウジはお主とのチェスを楽しんでおったぞ。お主も同じ気持ちだったはずじゃろ?」

 檸檬色の髪をした幼い顔の妖精は狂った表情で笑う男に優しい緑色の風を浴びせた。その風には治癒魔法が含まれており男の顔にあった自傷行為で付けたであろう傷を癒していく。


「フヘッヘヘヘヘヘヘアッハッハハハハハアハッ……ア、はは、は……はぁ……」

 狂気的に笑っていた黒田はイリスの癒しの風を浴び表情がほぐれ落ち着いていく。


「ヒナ……コ……」

 黒田は最愛の彼女の名前を呼びながら膝から崩れ落ちた。


「ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ……ぅぅ、ヒナコ……」

 最愛の彼女の名前を連呼そして狂気的だった男の瞳から輝くものがこぼれ落ちていく。死の番人の彼も『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』の犠牲者の一人なのだ。


「ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ、ヒナコ……」

 黒田は彼女の名前を連呼しながら爪を立てて自分の顔を引っ掻き自傷行為を始めた。イリスの癒しの風で治したばかりの顔の傷だったがさらに深い傷ができてしまった。

 流していた涙も顔の傷から流れる血と混ざり合い赤い涙となった。


「おっさん……」

 人間らしさを見せる黒田にキンタロウは同情する。


「行けよ」

「え!?」

「行けよ。もういい。ヒナコもそう言ってる。ゲームはもう終わったんだ。行けよ」

 黒田の目にはキンタロウとユウジが重なって見えている。そして黒田の横にはヒナコの幻影の姿が見え「もう許してあげて」と、言っているように幻聴が聞こえているのだ。


 復讐に生きた黒田を幻影のヒナコは優しく包み込んだ。

『もう許してあげて、自分を許してあげて。ショウちゃんはがんばったよ。独りでよくがんばりました』

 そんな幻聴に黒田の心の闇は浄化されていく。ドス黒い闇の殻が割れていく。


「ヒナコ……ヒ、ナコ……」

 黒田は何かを求めるように右手を伸ばすがそこには何もない。伸ばした手の先にあるのはただの白い壁だけだ。


「キンちゃん。行きましょう。心苦しいですが」

「そ、そうだな」

 膝を突き崩れ落ちている黒田に心苦しく思いながらモリゾウは次のマスへ移動しようと提案した。黒田の激しい心情の変化が悪い方へ変化しないうちに移動するのは最適な判断だろう。


「ダイス!」と、唱えるキンタロウ。すると赤いサイコロと青いサイコロがキンタロウの目の前に現れた。

 イリスはキンタロウの頭の定位置に止まりサイコロが振られるのを待つ。


「ノリ。青いサイコロ頼む」

「ぅ、ぅ、ぉ、おう……」

 まだ泣き続けている筋肉男のノリはキンタロウの目の前で浮かぶ青いサイコロを掴んだ。そしてマッチョポーズも取らずにそのまま青いサイコロを軽く転がした。

 進むマスを決める青いサイコロはノリの最大値スキルによって6の目を出して静止した。ボドゲ部が進むマスは6だ。77マスから83マスに移動することが確定した。

 そしてキンタロウが赤いサイコロを振ろうとした時、黒田が言葉を発した。


「じゃあな金宮」


 キンタロウは黒田の方へ振り向いたが黒田は真っ白な床をじっと見つめて項垂れていた。


「おっさん……」

「フヘヘッヘヘヘ。早く行け金宮……俺の気が変わらねーうちにな」


 小さく丸くなった黒田の背中にキンタロウは声を投げかける。


「俺はこのゲームをクリアする。そんで親父と母ちゃんを殺した神様ってやつを必ずぶっ倒す。約束する」

 キンタロウは拳を握りしめて誓った。復讐に生きた黒田の代わりにキンタロウが神を倒すと。

 それは一方的な誓いだったが、その言葉を聞いた黒田は「フヘヘ」と短く笑った。白い床を見続けている黒田の表情はキンタロウには見えなかった。それでも短く笑った黒田の笑いが返事なのだと解釈したキンタロウは赤いサイコロを転がした。


 赤いサイコロは白い床をコロコロと転がり、回転する摩擦により静止する。層を決める赤いサイコロが出した目は3だ。よってボドゲ部は『第3層83マス』に移動することが確定した。

 移動するマスが確定した途端、ボドゲ部たちは赤と青の光に包まれワープが始まった。


「フヘヘッヘヘヘヘヘヘヘ、アハハッハハハハハハハハ」

 ボドゲ部がワープし『第4層77マス』の真っ白な空間に一人残された黒田の狂気的な笑い声だけが響き渡った。

 その狂気的な笑い声は幻聴をかき消した。

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