046:三兄妹

 スタート地点に戻って来たダイチは地面から飛び出して妹たちの無事を確認した。地面にいる時に妹たちの足音や呼吸音が聞こえていたので無事なのは知っていたが、それでも自分の目で確認しなければ知っ事られなかったのだ。


「ウミィッ! ソラァッ!」

 ダイチは地面から飛び出した瞬間に2人の妹の名前を叫んだ。


「うぅ……に、にーにぃ、にーにぃ」

 ウミは泣きながらモグラ人間の方へ走っていく。キンタロウたちとの約束とは少し違う形でダイチはスタート地点に戻って来たのだ。


 モグラの体からゆっくりと元の体に戻っていくダイチは走ってくるウミを思いっきり抱きしめた。

 青ワニの牙にやられた左手の痛みなど忘れて両手で思いっきり小さな体を抱きしめたのだ。


 ソラもその姿を見てホッとしている。ソラの瞳にも輝くものが光った。


 すると年寄りの白いウサギのゴロウが杖を使い歩きながら陽気な笑顔でダイチの前に立った。


「残り時間10分じゃな。ミッションコンプリートじゃ。おめでとう」

「コ、コンプリートどういう事だ? 宝箱の答えの場所にはたどり着いたが、最終ミッションは……」最終ミッションはクリアしていないと言おうとしたダイチだったが言葉の途中で何かに気が付いた。


 最終ミッションの脱出ゲーム。その謎となっていた脱出する場所。それはこのスタート地点だったのだ。


「白いところってまさか『ウサギの歯』か!」

「ご明察。その通りじゃ」


『ウサギの歯』とは頭の中にあるウサギの顔の形をしたマップの中の『ウサギの歯』の部分の事である。

 宝箱がある『右耳』と『左耳』、そしてスタート地点の『ウサギの歯』。

 宝箱の中にあった紙に書いてあった『白ク輝ク土地』は『ウサギの歯』。つまり『スタート地点』の事だったのだ。


「ではミッションコンプリートの報酬じゃ。受け取るといい」

 案内兎のゴロウは杖の先を何もないところに向けた。報酬を出そうとしているのがわかる。しかしダイチはゴロウに待ったをかける。


「待ってくれ。あいつらにもこの事を教えなくては!」

「あいつらって金髪の兄ちゃんたちに会えたのか? じゃあどうして1人で……金髪の兄ちゃんたちは今どこに?」

 ダイチの話からキンタロウたちと合流したことがわかったソラは、この場にいないキンタロウたちの安否を確かめる。

 なぜダイチと出会ったのに一緒にスタート地点に戻って来ていないのか。そのことが気になって仕方がないのだ。


「あいつらは俺を火の鳥から逃してくれた。だから俺はここにいる。だけどあいつらはまだ火の鳥と戦っている。ここが最終ミッションのゴール地点ならその事を俺が伝えなきゃいけない。全員でクリアしてこそ、本当のミッションコンプリートだろ」

 人間の姿に戻ったばかりのダイチは再びモグラの姿へと変身をする。そして火ノ神と戦うボドゲ部の元へと向かおうとしていた。


 そんな時、妹の声が地面に潜ろうとするダイチを止めた。


「兄貴。ちょっと待ってくれよ」

 セーラー服をだらしなく着こなしている檸檬色と桃色そして緑色の3色が混じった派手なロングヘアーをしている女子高生のソラだ。ソラがダイチを止めたのだ。


「兄貴だってボロボロだ。このまま私たちだけで先に進もう。火の鳥ってやつから逃してもらったってのはわかる。けど助けてもらった命だろ、だからあいつらを……」

『見捨てよう』なんて続く言葉はソラの口から出なかった。兄妹だ。ダイチが見捨てることができない相手をソラが見捨てられるはずがない。


 言葉がつまり沈黙が生まれる。その沈黙を不安そうに見つめる栗色の髪の少女。


「にーにぃ、ねーねぇ」


 ダイチとソラはウミの呼びかけに自分たちが固まっていたことに気が付いた。


「ウミね、さっきのお兄ちゃんたちも助かってほしいよぉ」

 涙目で訴えるウミ。そんな心優しい妹の言葉を誰が裏切られるものか。ましてや兄や姉が裏切るなんてもっての外だろう。


「約束したもん。にーにぃを助けて一緒にクリアするって! だからあの金髪のお兄ちゃんたちも一緒じゃなきゃ嫌だ!」

 小さい体で精一杯自分の気持ちを主張するウミ。小さな拳を力一杯握りしめている。

 兄を連れてくるという約束は果たされた。しかし一緒にクリアするという約束は果たせていない。約束は守るためにあるものだ。

 だから幼気な幼女はキンタロウと交わした約束を必死に守ろうとしている。


 一生懸命気持ちを伝えたウミは突然、泣き出してしまった。感情のコントロールがまでできていない年頃だ。気持ちが溢れそれが涙となってしまったのだろう。


「ウミ……」

「はいはい。わかったわかった。泣かないでくれよ。アタシたちの可愛い可愛い妹ちゃん」

 ソラはその見た目とは裏腹に聖女のような優しい笑顔でウミの頭をよしよしとなでる。


「今度はアタシが行くよ」

「ダメだ。危険だ、相手は火の鳥なんだぞ!」

「だからアタシの出番だろ。ボロボロの兄貴はここでウミと一緒に待っててくれよ」

 青ワニとの戦いで負傷してしまったダイチの代わりにソラがキンタロウたちを助けに行くと伝えた。そしてダイチの肩を軽く叩き、妹のウミを任せると目で訴えた。


「無茶だ。どうなるかわかんないんだぞ。また俺が行く。それでいいだろ」

「あぁ? 無茶してんのはどっちだよ! このゲームが始まってからずっと先頭切って無茶してんのは兄貴の方だろうが!」

「ソ、ソラ……」

 ソラの真剣な表情に言葉を失うダイチ。ダイチたち兄妹も『神様が作った盤上遊戯』に参加させられてしまったプレイヤーだ。

 このマスにたどり着くまで過酷なゲームにも挑戦してきただろう。そして全てのゲームにおいて兄であるダイチが先頭を切って走って来たのだ。

 そんな兄の後ろ姿を見ているだけのソラは歯痒い気持ちでいっぱいだった。だからこそ傷付いているダイチには少しでも休んでもらいたいのだ。


「アタシにも無茶させてくれよ。アタシたち兄妹だろ……」

 静かに言葉を言い終えたソラはセーラー服を脱ぎ始めた。

 そして恥ずかしがりながらも下着姿になった。さらにピンク色のブラジャーも外した。ソラはピンク色のパンツだけを履いている状態になった。そして脱いだセーラー服のワイシャツを腰に巻いて少しでも露出を抑えた。

 たとえ兄妹といっても女子高校生がこんな姿になるのはおかしなことだ。そしてキンタロウたちボドゲ部を助けにいく前でパンツ一丁姿になる行為もおかしい。


 しかしセーラー服を脱いだのには理由があった。その答えは唐突に現れたのだ。


 脱いだセーラー服と下着を丁寧に畳んだソラは「ウミをお願い!!!」と、叫んだ。

 その言葉をダイチに残したソラは体の形状が変わっていく。見る見るうちにソラの姿は変わった。


 そう。ソラもまたダイチと同じ変身スキルを使えるのだ。

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