第16話
「お待たせ」
あれから三十分ほどが経ち、テーブルの上にはドミグラスソースのかかったオムライスにコンソメスープが並んでいた。
途中、お腹が空き過ぎたのでお湯を注いで三分のものでも作ろうかと思ったり。
もとよりお昼はそのつもりであったのだが、流石に作ってくれたものに対して文句は口にしない。
「いただきます」
「うん、召し上がれ」
卵は柔らかくフワフワに仕上がっており、ドミグラスソースも市販のものに手を加えて味を整えているのでとても美味しい。
バイト先のメニューの一つであるため、僕も作れるのだが。
自分で作るよりも誰かに作ってもらう方が美味しく感じるのは、奉仕してもらっている優越感からくるものなのだろうか。
互いに会話も特にないので、付けっ放しのテレビを見ながら食べ勧めていたのだが。
ふと、瀬奈がジッと僕を見ていることに気がついた。
「美味しいよ。ありがとう」
そういえば感謝の言葉を口にしていなかったなと。
今更ながら伝えれば瀬奈は嬉しそうに笑みを浮かべ、そして続きの言葉を待っているようであった。
これ以上、何を言葉にして伝えればよいのか心当たりはなく。
再びテレビへと目を向ける。
「分かったわよ、私の負けよ」
「…………何が?」
大きなため息が聞こえた後、そのような事を口にする瀬奈だが、僕には一体なんのことだかさっぱりである。
「別にとぼけなくてもいいって。私もまさかあそこまでするとは思っていなかったし」
瀬奈は一体何を言っているのだろうか。
彼女の中で何かが自己完結しており、それが僕には分からないため話が噛み合わない。
「本当はさ、告白されるの待ってたのに。桜の誕生日になってもしてこないし、先輩と付き合ってるって嘘までついて。挙げ句の果てにはこんな写真まで出回って」
そう言って僕に見せてきたスマホの画面には盗撮された僕と先輩の後ろ姿が映っていた。
「桜は自分からじゃなくて女の子から告白させたいタイプなんだね」
「まあ、自分からすることは無いけども」
「だからさ、また私と付き合ってよ。……いや、違うか。私の目論見が外れたんだから、あの別れ話が無かったことになるだけか」
何やら話が変な方に進んでいっている気がするが、改めて伝えておかなければ。
「僕、いま先輩と付き合ってるから」
「だからそんな嘘はもういいって。私と付き合ったままなのに、桜が他の彼女を作るはずないじゃん」
「あの時、瀬奈から別れ話切り出して関係は終わったはずでしょ?」
「何を言ってるの? それは無かったことになったじゃん」
瀬奈の言っていることは滅茶苦茶であるのに、まるでそれが当たり前だといった様子で口にするため。
少しだけ僕がおかしいのではと思い始める。
「いや、それは瀬奈が勝手に言っているだけだよね?」
「なに? そんなに葵先輩のことが好きなわけ?」
「別に恋愛感情はないけども」
「ならいいじゃん」
「それは瀬奈に対しても変わらないし」
「──は?」
瀬奈が皿にスプーンを叩きつけたため、ガシャンと大きな音が部屋の中に響き渡る。
人の家の食器なのだから、乱暴に扱わないで欲しいのだが……。
そんな心配をする僕を他所に、瀬奈の顔からは表情が抜け落ち、なんの感情も読み取れない瞳で真っ直ぐに僕を見てくる。
元より人が何を抱いているのかなんて分からないのだし、そういった意味では変わっていないのか……?
「桜」
「ん?」
何も話さないため、まだ半分ほど残っているオムライスとスープを温かいうちに食べきってしまおうとした時。
名前を呼ばれたので取り敢えずオムライスを一口食べてから瀬奈に顔を向ける。
話が長くなるのなら食べ終えてからにして欲しいなと思いつつ、聞くだけなら食べながらでも出来るかと、二口目を運ぶ。
「桜、私に微塵も興味ない?」
「クラスメイトよりはあるよ」
「葵先輩とは」
「どっこいどっこい」
「そっか」
また黙り込んでしまったので、テレビへと目を向ける。
最後の言葉は何か納得したような感じがしたけども、気のせいじゃないといいな。
もしまた面倒になるのなら、瀬奈との付き合いを少し考えなくちゃ。
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