アシスタントはメイドさん ~猫の手も借りたい漫画家が渋々雇った女子高生は仕事も家事も完璧な美少女メイドでした~

あきかん🥫

第1話 漫画家、トラブルが続く

 千垣尚之ちがきなおゆきは、とある週刊少年誌で連載をもつ漫画家である。

 高校二年から漫画の投稿をはじめ、二十歳はたちで漫画の連載がきまった。

 それから三年たった今も、漫画家『千本柿笑午せんぼんがきしょうご』として初連載の作品を描き続けている。


 彼は今、編集部ちかくのとある飲食店に来ていた。

 尚之なおゆきの目の前には彼の担当編集である小西こにしがいる。

 小西はマッシュルームヘアで軽そうな雰囲気のアラサー男子である。

 その小西が尚之にある知らせを持ってきた。


竹丸たけまるくん、ついに連載が決まったんだ」

「はい。俺も直接連絡もらいました」

「彼、千本柿先生の元で鍛えられたおかげだって感謝してたよ」

「竹丸君は元から実力ありましたよ。無茶なお願いをたびたびしていた自覚はありますが」

「それで彼、来週からアシスタントができなくなるんだ」

「まあ、そうなりますよね。正直、竹丸君がいても手は足りていませんでしたが」

「わかってる。前からアシスタントの募集はかけてるけど、今どこも人手不足でさ」

「そうですか……。なんとか踏ん張ってみます」


 尚之と小西が難しい表情をしていると、給仕の女性が元気に声をかけてきた。


「ご主人さま、お待たせしました。ご注文の品をおもちしました」

「あ、さくらちゃん待ってたよおー!どんどん並べちゃって!」

「かしこまりました、ご主人さま」


 フリルで華やかに装飾された服装の可憐な女性が、かろやかな所作でテーブルにコーヒーと軽食を並べていく。


「うーん、さくらちゃんはビジュも仕草も最強にかわいいね! さすがはこの店のナンバーワンキャスト!」

「お褒めいただき光栄です、ご主人さま」


 フリフリの制服を着た給仕の女性が顔を赤くし、小西の軽口に笑顔で答える。

 さっきの深刻さはどこに行ったと、尚之は二人のやりとりを見てため息をついく。

 そう、ここはメイドカフェというやつである。

 担当の小西は大のメイドカフェ好きで、打ち合わせは毎回この店を使っている。


 尚之が今連載している作品にも小西のメイド好きが影響を与えている。

 尚之は自身の連載作品を初めは硬派な能力バトル物にするつもりだったが、小西の希望でメイド服の少女がやたらと出てくる話になった。

 初連載で不安だったこともあり、尚之は小西の案を言われるまま取り入れたがメイド服のフリルの面倒臭さにすぐに後悔した。

 だが主人公とメイド服少女がキスをすると融合して超人化するという設定が妙に読者ウケし、三年経った現在でも連載が続いているため文句はいえない。


 尚之としては毎週、嫌というほどメイド服を描いているのでせめてリアルではメイド服を見たくないのだが、小西がここ以外では打ち合わせしないと駄々をこねるので渋々付き合っている。

 そんなわけでカフェのキャストさんには悪いが、尚之は彼女たちの愛らしい姿を見てもヒロインを描く上での参考資料以上の魅力は感じないのだった。


「とにかく、アシスタントの件はよろしくお願いします」

「わかってるって。千本柿先生の『メイデン・ハーツ』はアンケも好評だし編集部もプッシュしてこーって盛り上がってるんだから」


 給仕するメイドたちを眺めながらニヨニヨ顔で返事をする小西に、尚之は再びため息を付いた。


 ◇


 その後尚之は小西と別れ、仕事場である実家の自室に戻る。


 尚之の実家は都心から少し離れた住宅街の一角にある。

 庭は広く、家屋も一般的な邸宅と比べると大きい。

 外観としては一言で言うなら古びた洋館である。

 内装はレトロ感を残しつつも現代的に改装してあり、風呂・トイレ・キッチン等も快適に使用できる。

 屋敷については色々と事情があるのだが、今はおいておく。


 その洋館には尚之を含め家族10名が共に暮らしている。

 某国民的アニメを彷彿とさせる人の多さである。

 人口は多いが家が大きいのでストレスはない。

 一人暮らしをためらうぐらいには、快適に過ごしている。


 自室の机に座った尚之は、PCを前にネームノートを取り出す。

 尚之は作画作業の大半を液晶タブレットを使用したデジタル環境で行っている。

 アナログで作業するのは扉絵や見開きなどの気合を入れたいページだけだ。


 ネームをスキャナーで取り込み、レイヤーを重ねて下書きを作成していく。

 尚之は1ページにちまちまといろいろなキャラや物を書き込むことを好む。

 しかし、現在は人手不足のため作画にコストを掛けることができない。


 もどかしく思いながら、黙々と作業をしていると腹が鳴った。

 尚之はあれ、と不思議に思った。

 いつもなら夕食の時間には同居人の姪に呼びだされるのが決まりになっていた。

 本日はそれがなく、すでに夕食の時間を大きく過ぎている。


 気になって一階に降りてみると、家族がリビングに集ってざわざわ話している。

 どうやら兄の奥さんが具合を悪くして倒れたようだ。

 兄の奥さん、いわゆる義姉は家族10人全員の食事を作っていた。

 彼女は料理が好きな人で、食事については任せてほしいと言われていたので家族皆でその言葉に甘えていた。

 しかし二児を育てながらパートにも行き、さらに十人分の炊事をこなすのは無理があったようだ。


 母が車で義姉を病院に送り、残りの家族で作りかけの料理を試行錯誤で完成させて食事を取って自室に戻る。

 家事の主力であった義姉が戦線離脱するのは大変痛い。

 他のメンバーは家事がろくにできない。

 祖母は家事が完璧だが、二年前から足を悪くして歩行が困難になっている。

 しばらくは家族全員が不便な生活を送ることになりそうだ。


 尚之がPCの前で頭を抱えていると、突然家が揺れだした。

 地震である。

 かなり大きい。

 揺れが大きくなるにつれドクドクと鼓動が早くなる

 ゴゴゴゴゴという大きな地鳴りをともなう衝撃とともに本棚の本がバサバサと床に落ちてきた。

 このまま家が潰れるのではと不安になったが、次第に揺れは収まった。


 慌てて家族の安否を確認しに向かう。

 全員無事だ。携帯のメッセージにて外出中の家族の安否も確認できた。

 しかし食器類などの割れ物は無事ではなかった。

 かなりの量が割れてしまった。

 どうしたものかと途方に暮れる。


 が、尚之にはやらなければならないことがあった。

 それは原稿である。

 散乱する物に目をつむり、尚之は自室の机に腰を下ろした。

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