時を刻まなくなった時計

十六夜 水明

第1話 青年の瞳には

 青年の瞳には、見つめる先の障子の間から見えるくれないに燃えた太陽が。そして、その太陽を優しく包み込むように濃紫こむらさき濃紺のうこんのベールのそらが映っていた。


 夕から夜に移り変わろうとしている時分。

 青年は、その時代では珍しい金の懐中時計を手にしていた。どうやら、輸入品のようだ。金が少し曇っているようすを見ると、作られてから、かなりの年月が経っていることが分かる。


「………はぁ」

 雅やかな宙を見ていると、途方もくれない悩みを思い出してしまうのだから困ったものである。


 弱った顔からは……弱った顔をした青年からは、濃密な色気がもんもんと流れ出ている。

 それは、顔立ちがすこぶる整った青年自身のせいなのか。それとも、着流しにしている趣のある着物のせいなのか。あるいは、その両方か。

 よくは分からない。

 ただ、障子の前で座っているその姿はとても美しかった。



 金の懐中時計は、深夜の時分を告げていた。

 先程、沈んでゆく太陽が臨めた障子と障子の隙間には、深海のような宙に柔らかな光を放つ月。そして、幾多もの煌めく星々が光をそれぞれ散らしていた。


 青年はというと、そんな夜空を眺めることが出来る夕方いたその一室の、小さな文机ふづくえの前で万年筆を手にしていた。


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