#12 『支配』の魔女④

 その一部始終を見ていたズズは檻の隅で膝を抱え、ぷるぷると震えていた。


「おぬし、怖いもの知らずじゃな。あの魔女にそんな態度を取って、これからどうなるか……」


 ズズの恐れる様な“これから”なんて予定していないので、エルにとってはさして問題では無かった。

 

 しかし、やはりあのシータという女は魔女で間違いないらしい。

 であれば、先程聞こえて来た会話。“魔獣の『支配』”というのが彼女の魔法なのだろう。


 さて、どうしたものか。とエルは思案する。


「ねえ、ズズ」


「な、なんじゃ……?」


「ここに捕まっているのはわたしたちの他に、どれくらい居るの?」


「あっちには獣人が二人と、あっちには魔獣が一匹じゃ。時期にもう一台くらい荷馬車が戻って来ると思うぞ」


 ズズがあっちと指す方に目を向けると、耳と尻尾の生えた獣人用の檻が一つ。

 そしてもう一つの大きな檻には熊の様な魔獣が捕らえられていた。

 

 本来であればすぐに暴れ出し檻なんて引きちぎってしまうであろう魔獣が、大人しくそこに収まっている。

 その光景は異様そのものだ。


「あれが、あの魔女の『支配』の魔法って事かしらね」


「ああ、あのシータと言う魔女は動物や魔獣を操って使役するんじゃよ。この奴隷商の用心棒みたいな物じゃな」


「ふぅん……」


 見える範囲で奴隷商の一団は約十名程。

 しかし相手がただの人間だけならいざ知らず、魔女が居るのなら話は変わって来る。

 エル一人であれば魔法で蹴散らして脱走するという試みも成功率はかなり高いだろう。

 

 しかし、魔女とそれが使役する魔獣が相手だ。

 ズズや他の捕まっている獣人たちも共に無事に、となると少し自信が無い。

 

 しかし、これ以上王都から離れてしまってはアルバスとの合流も叶わなくなってしまう。

 機会を窺うにも時間制限はある。

 

 おそらくこの森は一時的な隠れ蓑だ。

 彼らがこの森から発つその時までに、事を起こす必要がある。


 そうやってしばらく様子を窺っていると。


「うわああああああ!!!」


 と男の悲鳴が少し離れた所から聞こえて来た。


「あん?」


「ヒヒッ、何事ですかね」


 ボスと呼ばれる男の元に部下が一人駆けて来て、状況を伝える。


「最後の荷馬車がこっちへ向かう途中、森の中で何者かに襲われました」


「おや、嗅ぎつかれましたかね」


「いえ、どうやら剣を持った男が一人だけらしく、護衛に付けていた魔獣もやられた様で――」


「ヒッ……そんな、バカな……」


「そうだ、あの荷馬車にはオレが調教した犬っころを付けてあったんだ。テキトー言ってんじゃねえぞ?」


「しかし……」


 そんな話をしている内に、また別の男の悲鳴。どうやらその剣を持った男がまだ暴れまわっているらしい。


「おいおい、物騒じゃな」


 ズズがまた怯えた表情でエルの方へと寄って来る。

 しかし、エルにはそれが誰なのかもう分かっていた。

 

 そして、きっと来ると信じていた。

 だからこそ、機会を窺っていたのだ。


 そして、がしゃんと大きな音を立てて、エルとズズの入った檻の錠が一刀両断され、崩れ落ちる。


「よう、エル。待ち合わせ場所、間違えてるぜ?」


「あら、遅かったわね。女を待たせるなんて、まだまだね?」


 そうやっていつもの様に軽口を叩くアルバスは、早速新調した装備を血で汚していた。

 そして、その手には赤紫色の『結晶』の欠片が輝いていた。

 

 この森に運ばれるまでの間、指向性を失ったエルの魔力は漏れ続けていた。

 そして、その漏れ出た魔力が形となった結晶が、まるでパンくずの様にここまで道標となっていたのだろう。

 アルバスはそれを辿って来たのだ。


 アルバスはエルの枷を繋ぐ鎖に剣を突き立て、それを断つ。そして、


「ほら、立てるか?」


「ええ、ありがと」


 アルバスの差し伸べた手を、エルが取る。

 そして、そのままズズの枷も同じ様にして断つ。


「おぬしら、何者じゃ?」


 未だ状況が呑み込めないズズが、困惑しつつもそう問うと、


「――勇者ご一行だ。あんた、運が良かったな」


 アルバスはにっと笑い、そう答えた。


 檻の外へ出ると、酷い有様だった。

 奴隷商の殆どがその場に倒れ乱雑に薙ぎ倒された死体の山が血の海を作っている。

 それはどう見てもアルバスが暴れた所為だけでは無いのだろう。

 

 気づけば、誰かが檻を開けたのだろう。

 あの大きな檻に収容されていた熊型魔獣が脱走し、自由に暴れまわっていた。


「ヒィッ……やめ、が……ぎゃあああああ」


 ボスと呼ばれていた黒服の男も襲われ、その四肢を捥がれ、喰われている。


「おいおい、だからオレは言ったじゃねえか。そいつはまだ調教が終わってねえって……もう知らねえ」


 そう言って、傍観していたシータはどこからともなく出した箒に跨り、夜空の闇へと消えて行った。

 

 残されたのは勇者ご一行と、捉えられていた奴隷たち。

 そして、大きな熊型の魔獣。


「それじゃ、いつも通りやりますか」


「そうね。丁度、“さっき覚えた魔法”を試してみたかったのよ」


 アルバスは剣を、エルは杖を。

 それぞれが構え、魔獣と対峙する――。



 ――今回の後日談。

 

 奴隷商たちは自分たちの飼っていた魔獣に喰い散らかされ全滅。

 魔獣は勇者ご一行によって無事討伐。

 捉えられていた人々は解放されたが、中には東の大陸から連れて来られた者も居て、すぐに故郷へ帰る事は叶わなかった。


「わしはしばらく王都で渡航費を稼ごうと思うとる。幸いエテル族は占いやまじないに長けておるからの、何とかなるじゃろう」


 そう言って、ズズは他の亜人族たちと共に、王都へと。

 そして、アルバスとエルは予定よりも一日遅く、王都を発った。

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