#11 『支配』の魔女➂

「おぬし、目が覚めたのか」


 不意に声がした方へと意識を移すと、同じ檻の中にもう一人。


「あなたは?」


「わしはエテル族のズズ・エテル・パールグレイじゃ。と言っても、こっちの者には馴染が無く、分からんかもしれんがの」


 特徴的な言葉遣いをする、薄桃色の短髪の少女の姿をしたその人物。


「いえ、聞いたことは有るわ。エテル族……という事は、あなた――ズズは東の大陸から連れてこられたの?」


「そうじゃな。ここの奴隷商曰く、亜人族は西じゃ珍しいから高く売れるらしいぞ」


 ズズは吐き捨てる様に、そう言う。


 エテル族と言うと、東の大陸で暮らす種族。彼らは身体の成長が一定で止まり、一生を若いままの姿で過ごすと言う。

 獣人の様に一見して分かる見た目ではないが、その性質から古くには長寿の象徴とされていたとか。

 

 ズズは遥か海の向こうから攫われて、この西の大陸にまで来てしまった様だ。

 しかし、亜人族を狙う奴隷商と言うのなら、何故。


「じゃあなんでわたしも……?わたし、別に珍しくないわよ」


「おぬしも亜人族じゃないのか?ほれ」


 と言ってズズは自分の耳を指す。それに倣って、エルも自分の耳に意識を向けた。


「ああ。この耳――そうね、これは高い魔力が身体に現れ出てるだけ。わたしは普通の人間よ」


 多分ね、と心の中で付け加える。

 どうやらエルの特徴的な長く尖った耳の形を見て、希少な亜人族と勘違いして攫われたらしい。


「それは災難じゃったな。まあ、おぬしのその容姿なら亜人で無かろうと買い手はいくらでもつくじゃろうよ」


 ズズは諦めた様に、そう吐き捨てる。

 遥か海の向こうから連れて来られ、彼女が諦観するのも無理は無いだろう。

 しかし、エルはこの状況でも隙を見つけられれば魔法を使う事で切り抜けられるだろうと思案していた。

 

 ただ、相手の数も戦力も不明な現状。

 すぐに動き出す事は得策ではないと判断し、一先ずは様子を窺う事にした。

 それに――、


 やがて、もう一台の荷馬車が到着し、止まった様だ。

 それと同時に忙しなく人の動く気配と、途切れ途切れながら僅かに話し声が聞こえて来た。


「ボス、またいい奴隷が――、オレの魔獣の『支配』も――」


「ヒヒヒ――、これでワタシの商いも――」


 断片の内容から察するに、おそらく声の主はこの奴隷商の長とその部下の物だろう。

 それなりの規模で組織を形成しているのだろう、声の他にも数人の人の気配がある。

 話し声が止むと、エルたちの居る檻の方へと向かって誰かが接近してきている。


 足音が檻の前で止まると、ばさりと檻を覆っていた布が上がった。

 檻の前に立っていたのは鞭を持った長い銀髪の女。

 

 その風貌からか、それとも漏れ出る僅かな魔力からか。

 何となく、エルはその女が魔女である事を察する事が出来た。

 

「よう、起きたか。亜人共」


 銀髪の女がこちらへと話しかけてくる。

 どうやらあちらはエルを魔女だと解ってはいないのだろう。

 どこか見下すような視線と態度から、エルに対しての警戒心は感じられない。


「あなたは?」


 エルはズズの時と同じ台詞を銀髪の女に対しても吐く。


「おう、オレに言ってんのか?自分の立場がまだ分かっていない様だな」


 その一人称、この銀髪の女が先程の話し声の主の内の一人、部下の方だろう。

 しかし、どうやら女は質問には答える気が無いらしい。

 まあ奴隷にわざわざ情報を与えてやる義理は無いだろう、とエルはすぐに興味を逸らす。


 檻を覆っていた布が上がった事から、辺りの様子を見る事が出来た。

 どうやらここは森の中らしい。

 

 エルは頭の中に地図を思い浮かべ、王都のすぐ近くに大きな森があった事を思い出す。

 ここがその森の中なのであれば、まだそこまで遠く離れてはいないのだろう。


「何だ、その目は。何か言えよ」


 銀髪の女はそんなエルの態度が気が障ったらしい。鞭をし鳴らせ、睨みつけて来る。


「あら、ごめんなさい。何かしら?」


「あん?だから――いや、何だっけ?ああ、うるせえ!舐めてんのか?」


 銀髪の女は自分が何に怒っているのかも分からず、怒っているらしい。

 感情任せに怒鳴り、要領を得ない様だった。

 

 そんな様子を見てため息を吐くエルを見て、銀髪の女はまた苛立ちを募らせる。


「お前、お前なあ……!!」


 そして、ついに堪った鬱憤が爆発。

 銀髪の女が、がしがしと檻を蹴り始めた。


「こら、シータ」


 その声に銀髪の女――シータと呼ばれたその女は、動きをぴたりと止めた。


「奴隷に傷をつけてはいけませんよ、値が下がってしまいますからね。ヒヒヒ」


 そして、ゆっくりと力を抜き、そのまま振り返る。


「……はいよ」


 ボスと呼ばれる、身なりの良い黒服の男。

 シータはよく躾けられた犬の様に、そのボスの一声ですんと落ち着き――いや、無理やり理性で怒りを押し殺した。

 そうしている内に溜飲が降りたのか、「ふん」と鼻を鳴らした後、その場を去ってボスと共に他の檻の前へと向かって行った。

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