#1 『死神』と呼ばれた勇者

 ――旅立ちから、数年後。


 ゲームオーバー。

 あなたのパーティは全滅しました。


「おい、“死神”が戻って来たぞ……」

「また一人で、仲間を見捨てて帰って来やがった」

「この臆病者が、何が勇者だ」


 そんな隠そうともしない陰口が、無精ひげを生やした銀の短髪の勇者――アルバス・ヴァイオレットの背中を刺してくる。


 勇者一行はアルバスを含めて、四人のパーティだった。

 勇者アルバス、騎士ミネルヴァ、盾持ちハデス、僧侶セレス。


 そして今日、アルバス以外の三人が死んだ。

 

 魔王が世界中に放つ“汚れ”と呼ばれる黒い泥。――それに仲間たちは精神を侵され、錯乱してしまった。

 やむを得なかった。

 だから、アルバスが手に掛けた。


(俺だって、好きで一人な訳じゃねえよ)


 心の中でそうぼやくが、もう言い返してやる気力も無い。

 とぼとぼと足を引きずりながら帰路に付き、宿に戻る。


「うわ、あんたどうしたんだい、それ……」


 アルバスが宿屋に入るなり、女将が目をしかめる。

 戦いの後、ボロボロで血濡れた装備のままのアルバス。

 その血は魔獣の物では無く、人間の赤黒い血がべったりと付着し、固まっている。


「……」

 

 そんな女将を意にも介さず、アルバスは階段を上がり、“自分たち”の取っていた部屋へと戻る。


「この部屋、こんなに広かったか……」


 四人で泊まっていた大部屋は、アルバス一人では広すぎた。

 仲間たちと軽口を言い合った思い出が、脳裏を過る。


「……ははっ」

 

 乾いた笑いしか出て来ない。

 

 その日、アルバスはそのまま泥の様に眠りに落ちた。

 

 

 翌日。

 アルバスは昨日の魔獣討伐依頼の報酬を受け取り、袋一杯のに硬貨の詰まった麻袋手に入れた。

 仲間三人の命と引き換えの、大金だ。


(もう、仲間は作らない。これで最後だ)


 今にもその麻袋を投げ捨てたい衝動に駆られるが、それは死んでいった仲間たちへの冒涜だ。

 せめて繋いだこの命、戦いの中で果てたい。

 有意義に、大義の為に。――そう言い訳して死ねるのならば、仲間たちも許してくれるだろう。


 アルバスは口慰みに煙草を吹かす。

 酒と煙草だけが、今のアルバスの荒んだ心を洗ってくれる。


 そうしてぼうっと歩いていると、自然とアルバスの足は酒場の依頼板へと向いていた。

 一日くらい休めばいいものを、そういう性分なのだろう。

 これ以外の生き方が、もう分からない。


 その依頼板の中から、一番報酬額の高い物を剥ぎ取り、懐へと仕舞い込む。

 もちろん金額で選んだわけではない。

 最も高額な報酬が賭けられた依頼が、最も危険度が高い為だ。


「ちょっとあんた、それ一人でやるのかい?」


 すると、酒場の店主だろうか。

 頭部から毛髪の抜け落ちた中年の男が声を掛けて来た。


「……悪いか」

「せめてパーティメンバーを募ってから行きな。良かったら、うちで何人か斡旋して――」

「要らねえ」

「あっ、おい!」

 

 店主の言葉を待たないまま、アルバスは酒場を出る。

 背後からまだ声を掛けて来る様だが、もう耳には入って来なかった。


 依頼の内容は魔獣の討伐。

 成人男性よりも二回りほど大きな、大型の牛の魔獣の討伐だ。

 依頼書には挿絵が付いていて、二足の足で立つ牛のイラストが添えられていた。


(待ってろよ、お前ら。すぐそっちに行くからな)


 アルバスは、そこを死地と定めた。

 


 目的地、依頼書に書いてあった牛の魔獣の目撃地点へと来た。

 大きな洞窟の中。

 この洞窟の奥では希少な魔石が採れるらしいが、この魔獣が出現してからその採掘も止まっているらしい。


 奥まで進めば、そいつは現れた。


「ぶるるるぅ……」


 二足の足で立つ大きな牛の魔獣。

 依頼書にあったイラストと相違ない。今回ターゲットだ。


「……はぁ」


 アルバスは吸っていた煙草を地に落とし、踏みつける。

 そして、腰の長剣を抜く。

 

 アルバスの装備は軽い革鎧と、王都で王から貰った黄金の長剣だ。

 王から貰った初期装備の中には綺麗な鉄の鎧も有ったが、あれはアルバスの戦闘スタイルには合わなかったので、すぐに捨ててしまった。


「――でやぁぁぁぁぁ!!!!」

「――ぶるううぁぁぁぁ!!!」

 

 両者が、同時に飛び出す。

 

 アルバスは魔法を使えない。

 だから、戦闘は常にこの剣一本だ。


 剣以外の全てを身軽な装備で整え、素早く相手の攻撃を躱す。

 そして、その鍛え上げられた肉体で長剣を振り回し、一閃。


 本来であればこの攻防にタンクとして動く盾持ちと、息を合わせてスイッチする同じく前衛の騎士、そして後方から回復支援を行う僧侶が居たはずなのだ。

 しかし、生憎今は勇者一人だけだ。

 だからこそ、一人前提の、ヒットアンドアウェイを主とした戦法に切り替える。


 数度の攻防。

 傷を負い、もうボロボロだ。しかし、一人になった“死神”は死なない。死ねない。

 

 本来であればパーティを組んで挑む大型魔獣の討伐依頼に、たった一人で挑んだ。

 それはもはや自殺行為だったはずだ。

 なのに、神はアルバスが死ぬ事を許してはくれない。

 死にたいと思っていても、タダで死ぬ事は許されない。


 アルバスは自分の心で決めてしまった。

 仲間たちが繋いだこの命を、無駄にはしない。せめて大義の為に、戦いの中で果てよう。と。

 自分で自分に掛けた制約が、枷となる。――呪いとなる。


 攻撃をすんでの所で避けてしまう。

 相手の一撃をその身に受けても、当たり所が良いのか致命傷に至らない。

 幸か不幸か、アルバスは戦い続けられてしまう。


 仲間だけは死んでいくのに、アルバス自身は絶対に死ぬ事は無い。

 まさに、死神。

 

 牛の魔獣が投げた人の頭部くらいの大きさの岩石が、アルバスが先程まで居た場所を過ぎ去り、風圧が頬を掠める。

 また、当たらない。


 アルバスは相手の大ぶりな投石の隙に一気に距離を詰め、懐に潜り込む。

 

「くそがああああああ!!!!」


 渾身の雄叫び。

 アルバスの怒りと、無念と、絶望を乗せた剣。――その一閃が、牛の魔獣を両断。


 真珠の身体は塵と成り、虚空へと消えて行く。


「はぁ……はぁ……。じいさん直伝の剣技だ。ざまあみろ」


 もう居ない相手に向かって、吐き捨てる。


 

 ――そして、何度も何度も、同じ様に依頼を受けた。

 

 しかし、アルバスは死ぬ事は無い。

 無茶な依頼を熟し、稼いだ報酬を酒と煙草に溶かし、そして次の街へ。

 そんな事の繰り返し。

 魔王討伐なんて、もうどうでもいい。――と、自分に言い訳をしながら。

 その手を引く人が現れるまで、アルバスは身体と心に傷を作り続ける。

 

 それからまた、少しの時が過ぎる――。

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