酷痛少女と無痛少女

キノハタ

第1話

 『偶発性空孔病』という病気がある。


 ネットで検索しても多分出てこない。


 なにせ、世の中で私一人しか感染してない、別名『わたし病』だ。『わたし』の部分には実際の苗字が入ったりする。


 症状はいたってシンプル、、身体のどこかに。


 孔の大きさは数ミクロンから数ミリほど。


 孔が空くと便宜的に言ってるけど、厳密にはその部分が急速に壊死をしてどろどろに解けてしまうらしい。


 間隔はまちまちで、一日に十回空くこともあれば、数週間に一度だけの時もある。


 場所もバラバラ、原因は当然不明。先天性かも後天性かもよくわかってない。


 で、孔が空く場所によるけれど、空いてからはめちゃくちゃ痛い。手元に裁縫針がある人は、それを指に突き刺して、ちょっとぐりぐり回してみたらいい。ちょうどそれくらいの痛さだ。……嘘、やらないでよ、そんなこと。


 そんでまあ、痛いのも当然問題だけど、数ミクロンの孔と言ってもどこに空くかで重大性は馬鹿ほど変わる。


 指先に空いたら、それこそ、針で突き刺したくらいの影響しかないけれど。


 ふくらはぎや、太ももに孔が空くと、場合によっては立ってるだけで激痛がオーケストラを始めたりする。


 他にも身体の臓器や神経に空いた場合は、それはまあ酷いことになる。


 胃に穴が開いたときは、そこから胃液が漏れ出して内臓全体が焼け爛れた。


 腸に孔が空いたときは細菌が身体中に蔓延して、しばらく薬漬けだった。


 肝臓に孔が空いたときは、これがまあ死ぬほど痛い。身体に重要な部位だから、山ほど神経があるそうだ、ほんとに勘弁してほしい。


 意外ときついのが、神経にダイレクトに孔が空くことで、これがまあ普通に孔が空くのの五千倍は痛い。しかも、しばらく孔が空いた先の方が痺れるような感覚も残ったりする。


 動脈に孔が空くのも結構やばくて、その部分に血が凄い勢いで溜まるから、早めに手術して血抜きしないとその部分がまるごと使い物にならなくなる。これのおかげで、私は救急車直通の非常ベルを持たされてる。


 他はまあ、感覚器に孔が空くのもやばいけど。つーか、今でもやばいけど。


 右目の眼球には三つ孔が空いていて、そっち側の視界は、四割が機能していない。


 左耳は耳管に孔が空いてから、一部の高い音が聞こえなくなっている。


 孔が空く場所は、予測不可、関連性も一切不明。


 心臓や、大動脈、脊髄に孔が空いていないのは、つまるところただの偶然で。


 今、こうして私が息を吸っているのも、結局はただの偶然だ。



 高校二年、秋の十月。


 友達もいない、教室でぼんやり一人。


 右腕の、恐らく、骨の部分に空いた孔の痛みだけを感じながら。


 私は静かに教室の中で、軽く息を吐いていた。



 叫び出してしまいそうになる喉を、必死に、独り、抑えながら。


 

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