雪見酒

堕なの。

和歌より

 しんしんと降りしきる雪は、辺りを真っ白に染め上げる。徳利から日本酒を注いで、ちびちびと味わうように飲んだら、後は静かな景色に身を委ねるだけ。雨が降る音も好きだが、音のない、静かな雪の夜も好きだ。そういう日は大抵酒を呑みたくなる。

 明日に響かない程度の酒をお猪口の中で揺らす。人が集まって、騒いで呑むことも好きだが、些か下品な面が目立つ。その点、こうして一人で呑むことはえらく上品に感じる。

 揺れた水の影は、暖かな和の光と合っている。さながら、赤ん坊が寝た後の一時の静寂とでも言おうか。都会の喧騒から数刻前帰ってきたばかりの自分には、こんな優雅な様は似合わない。そうは思いながらも、この素晴らしき景色に乾杯したいような気分なのである。

 お猪口にまた新たに酒を注ぎ、顔の高さまで上げた。

「この美しさに」

 最近は言わないキザな言葉を選んでみた。似合わないとは思いながらも、カッコつけは男の性分なのだから何卒。こんなだから嫁に逃げられたと言われればそうなのだが、昔からこれは変わらない。それを好きだと言ったのはお前だろう、と詰める気はさらさらないが、多少は傷つくものなのだ。

 恋の心は移りしものだと、そんな百人一首があった気もするが、彼らの心を私たちはその感性で捉えることは難しい。それでも、その心を覗いてみたくて、ポケットから携帯を出して調べてみた。


花の色は 移りにけりな いたづらに

我が身世にふる ながめせし間に


 私の美しさも、恋愛や他人との関わりに気をとられてぼんやり過ごしているうちに、すっかり衰えてしまったことよという意味らしい。時が経つうちに学校で習ったことは忘れ、間違った意味で覚えていたようだ。

 この句に則って考えてみれば、自分の嫁は美しさが薄れているのだろうか。いや、彼女は何時までも綺麗だった。ぼんやりとしている内に捨てられたのは、自分だ。

 スマホを眼の前の机にうつ伏せに置いた。和歌、は流石に難しいが、自分もこの景色に一句読んでみたくなった。それはそぞろな言葉の塊。昔の幸せな記憶


帰り道 霜夜の君と 夢語る

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雪見酒 堕なの。 @danano

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