第9話 ドラゴン洞窟で泣いた
洞窟内部は俺の想像とは全くかけ離れていた。
垂れ流しにも似たドラゴンの魔力は相も変わらず濃い芳香剤のように漂っているが、じめっとして未知の苔とかカビが生えて薄暗~いのかと思っていた内部は洞窟にしては空気も清涼でそれなりに明るかった。
ドラゴンが魔法照明を維持しているおかげだ。視界が利くから転ぶ心配はなさそうだ。
それにしても、正直入口付近が地質剥き出しでゴツゴツしていたから奥もそうかと思っていただけに、ホントある意味ショックだよ。
……だってなあ、昭和のネオン街なのここ?
ラスベガス的な派手な明るさではなく、絶妙に地味なカラフルさ。間違いなく昭和のにおいだ。場末に近いやつ。
映画では再現を見た事はあっても実際には初めての暗めのネオンっぽい光源がそこかしこ。勿論文字はこっちの世界のものだが、文化ってのは時に世界が違えどもどこかで似るものなのかもしれない。
異世界にあっての昭和レトロな通路を物珍しげに歩いた俺だが、最奥はそんな雰囲気に反していた。
エロドラゴンが事に及ぶんだろう場所たる大きな天蓋付きベッドが置いてあったんだが、その周辺だけはおとぎ話のお姫様のベッドですかってツッコミたくなるファンシーさだった。白い淡いパステル調の可愛らしい組み合わせ。装飾もレースやらお花ちゃんだらけ。おい、昭和感どこ行った。
今俺はそんな姫仕様のふかふかベッドの端に座らされ、隣に陣取るドラゴンから優しーく肩を抱き寄せられている。……うん、筆舌できない微妙な気分。
人間と変わらないマットの沈み具合から、ドラゴンのあの膨大な質量はどこに行ったのかとこんな時だけ受験を控えた理系高校生らしい疑問か浮かんだりした。現実逃避だ。
大人しく指示に従いながらも洞窟内を具に観察して気付いたが、最奥だと思っていたこの場所よりも更に奥へと細い通路が伸びている。
隠し部屋には見えないから物置か何かに使用されているのかもしれない。
腐った臭いもしてこないし、少なくとも死体置き場ではなさそうだ。
探ってみて思ったが、俺はこの洞窟に不可解さを感じずにはいられない。
だって生け贄達の痕跡がない。
てっきり野蛮な魔物の巣の典型のようにこのおよそ百年の犠牲者達の人骨が山と積まれているのかと思っていた。
村人の話だとほとんど帰還者はいない。なら被害者達の遺骸が洞窟のどこかにはあるんだろうと、そう考えていたんだよ。
なのに、血痕や白骨らしき欠片すらない。クリーンな居住空間だ。
綺麗好きで常の掃除を心掛けている、とか?
いや、こいつの挙動を見る限りないかー。
なら何故だ?
……だが、もっと掘り下げたいのにその思考に集中できない。
さっきから俺の隣に腰かけ、むっふーむっふーとエロドラゴンはおかしな荒い息を吐き出しているが、とにかく口が臭かった。そこまで人間の脂ギッシュな中年男を模さなくてもいいだろっ。余計に気分が悪くなりそうだ。
それでなくても俺は内心じゃ怒髪天を衝きそうになっていたってのに。
エロドラゴンから肩や背中、腕や太股を優しーく撫でられる度にぞわぞわぞわと鳥肌が立つ。
「我が番の吸い付くような肌は堪らんな。むぅははは震えておる震えておる。可愛い奴だ。なぁにこの程度そう恥ずかしがる事はないぞ? これからわしともっと恥ずかしい事をするのだからなあ~?」
「あ、ははドラゴン様、その前にお酒など如何ですかぁ?」
「勿体ないっ」
「はい……?」
「折角の初夜なのだぞ、酩酊して勢いに任せてはよく味わえないではないか。最高の記憶が曖昧になるなど勿体ない! わしは我が番の産毛の一本ですらしかと長期記憶に残すつもりだからな!」
「…………あー、そ」
あ、いっけね、つい地が出たよ。
あれ? でも長期記憶なんて概念がこっちにもあるのか。
「むっはー、言葉にしたらもう我慢の限界だ! 二人で限界突破と行こうではないか!」
「へ? いやドラゴンさん? もうちょっとまったりし――っ!?」
緩んだスケスケ浴衣の胸元にずぼっと手を入れられまさぐられた時点で、俺こそもう限界だった。
当初の計画ではもっと誘惑して飲ませてべろんべろんにしてやるつもりだったが、ホント俺にはその手の小悪魔な才能は皆無。誘導は無理っ。
即座に身を引いてドラゴンの不埒な手をピシャリと叩き払ってやった。
「あ? 我が番よどうしたのだ?」
「あんたお触りが過ぎるんだよ!」
立ち上がって浴衣の合わせ部分を整え氷の眼差しで見下ろすと、何やら中年オヤジドラゴンは顔を赤くして震えた。怒ったのか? はん、来るなら来い。
「おおっ、おおっ、これがツンデレか! むふふふ……なかなかに調教しがいがありそうだ。ご主人様もうやめて~と泣いて懇願する姿が楽しみだ。ぬあははは!」
「気色悪いことぬかしてんじゃねえよ。んとに救いようのない……。代表責任者としてきっちり始末を着けてやる」
もうこれ以上のストレスは体に良くない。この気持ちの悪さから逃れるためなら魔王だとバレても構わない。
今からこいつをメッタメタに叩き潰すつもりの俺とは違って、逃げられなかった過去の生け贄達の無念を思うとやり切れないよホント。
俺は矢鱈と上機嫌でいるアホなドラゴンを今度はベッド上で踏んでやった。俺のおみ足に押し倒された形のドラゴンは目を丸くする。そうするとどこかタヌキみたいな愛嬌のある顔になったがんなこたどうでもいい。
生け贄から足蹴にされて今度こそはさぞかし怒り狂うだろうな。
だがしかし、向こうの反応は俺が予想していたものとはまるで違っていた。
「いい……っ」
「は?」
「はぁはぁ、その突き刺すような目が堪らんっ、何て斬新なのだ。人間からのこんな威圧感は初めてだっ。かつてこの地に来る以前の、当時の魔王様の蔑む眼差しにどこか似ておる! はぁはぁ、もっと……もっと激しく攻めてくれっ!」
攻めてくれ攻めてくれっれっれっ……。
そこだけやけに何度も反響した。
是非とも通報したい。もしもしここに変態がいるんです。
肌が粟立つ俺は足をどけて後ずさりしたよ。こいつを踏むならナマコでも踏んだ方がまだマシだ。
皆はまだ来ない。俺から合図をする手筈だから当然だ。
ならすぐにでも突入の合図を出すか?
――いや、出さない。
皆には関わらせたくない。
俺が魔王の力を解き放てば、このドラゴンの魔力なんぞ猛烈な台風レベルでキレイサッパリこの洞窟内から吹き飛ばされるだろう。そうなればさすがに目の前にいるのが当代魔王だと気付くよな。慌てて平伏するか非礼に青くなって地の果てまで逃げ出すかはわからない。
しかーし、こんな最悪な状況は確実に終わらせられる。
ただし、洞窟外に待機するセロンも彼の実力からして確実に気付く。
そうすると、魔王が勇者なわけがないとして遂にはブイこそが本物の勇者だとも露見するだろう。
偽勇者も偽パーティーも全てが水の泡だ。
セロンは当然、ブイですら俺を容認できない敵として見るに違いない。前に訊いたら魔王は倒すべきとか言ってたし、その時こそ魔王と勇者の最終決戦勃発だな。使命感に満ち満ちた聖皇帝もいるんだし、俺を仲間だった誼で見逃してくれたりはしないだろう。
いつかそんなもしもが起こり得ると想定はしていたものの、どこか他人事のように呑気に構えていたせいか、リアルに二人との決裂や対峙を想像すると何だか苦い笑いが込み上げる。
親しくなれたのにな。
親しくならない方がいい相手だったのに、成り行きに任せてしまっていた。
まあ最終的には俺は地球に帰るんだから別れは避けられないにしても、それまで波風を立てたくなかった。仲良くやりたかったんだ。
なーんて気を逸らしていたらドラゴンから足に縋り付かれた。
「我が番よおおおっこれからは片時も放さぬぞー!」
「ひいっ! おいこの変態っ、いい加減にしろっ。盛ってんじゃねえっ、性的興奮するなら同じドラゴン相手にしろこのアホ! どうせ散々弄んだらポイなんだろ? それかぱくりと食べるのか? 踏み潰すのか? 何にせよ人間を何だと思ってる!」
「ポイ? 踏み潰す? 食べるのは……まあ性的にはそうだが」
「露骨! 昭和なネオンとファンシーなベッドってチグハグな組み合わせも居心地悪いんだよ!」
俺が力一杯ゲシゲシ足蹴にしようともドラゴンは離れない。ウシオの時とは逆で敢えて一切手加減してないのに吹っ飛びもしないとは何てタフな奴だ。腐っても竜族。頭おかしくても基礎体力は侮れないってわけか。純粋に魔法なしなフィジカル面だけで判断するならウシオよりもタフかもな。はあー、これはマジに魔力解放しないと俺の貞操も本格的に危うくなる気がする。
すると予想外にもドラゴンは驚いた様子でするりと俺から離れた。
いきなりどうした?
「つ、番よ、お前は召喚者なのか……?」
「え……?」
もしや召喚魔王だって気付いた? しかし魔力解放はしてないぞ?
「昭和やネオンと言う言葉を知っておるのは、お前が異世界から来た者だからなのだろう?」
うっそこいつ向こうの言葉知ってんの? 意味わかってないと思ってたよ。
偉そうな態度は変わらないから俺を魔王とは思ってなくて単なる召喚された人間だと思ってるんだろうが、眼差しにはどことなくリスペクトの色がある。
そうだ、失念していたが、人間にだって召喚されたのがいてもおかしくはないんだ。やっぱ俺の方向性は間違ってなさそうだ。きっと人間領に希望がある。
その前にこいつをどうにかするのが先決だが。
トボけてもしょうがないので俺は素直にそうだと首肯する。するとドラゴンは羨望の色を宿してキラキラと目を輝かせた。
「そっそうか! わっ我が番よ、いや番様よ! ででではお前様はあのカラフルなマンガやアニメなるものも知っておるのか!?」
「えっマンガやアニメまで知ってんの?」
「ああ、知っておる!」
「へええ~驚いたな。元の世界じゃあれらは世界的に人気な文化だよ」
「おおおっ! でっではあのアニメを知っておるか? 途中までしか観ていなかったものなのだが、主人公は近未来日本の少年で――……」
ぴーちくぱーちくぴーちくぱーちく……。
…………うん、ドラゴンは一つの作品だけではなく様々なタイトルを口に俺を質問攻めにした。続きは、最終回はどうなったのかとの怒涛の問いに俺は知っているものに関しては顛末を教えてやったりしたんだが、え、なに、どゆことこの状況?
現在は気が済んだのか推しキャラが実はどうのこうのと
だがしかしどう見ても生まれも育ちもこの世界のこいつが何故異世界文化を知っている?
何となくもう貞操の危機はなくなった気もする俺は、気を取り直してそいつに向き直るとストレートにその疑問をぶつけた。
「あんたはどうしてマンガやアニメを知ってるんだ? しかも俺より詳しいし。なあ、もしかして――向こうの世界に行く方法を知っているのか?」
俺にとっては重要な問い。
もしも、万が一にも、こいつが俺の求める方法を知っているなら俺のこの旅路は終わりを迎えられる。初討伐でビンゴなんて最高のビギナーズラックだ。我知らずごくりと唾を呑み込んだ。
対するドラゴンは何故かは知らないが急に真顔になってこっちを見つめた。そしてぶつぶつと小さく口の中で何かを呟く。
「……せん」
「え、何?」
「行かせん、行かせん行かせん行かせん、我が番様だけはどこにも行かせんぞ!」
は、急に怒り狂い出した?
「おわっ!? ちょっと何すっ……――あ!?」
全く俺も馬鹿だよな。敵陣では油断大敵だってのに。大人しくしていたかと思いきや不意に飛び掛かって来られて避けようもなく、ベッドに押し倒されて馬乗りになられてしまった。
こいつは当初の欲望を満たさんと俺の浴衣の合わせに手を掛けるや大きく左右に引っ張った。いや引ん剥いたってのが正解だ。
必然さ、俺は半裸になったさ。ああなったさ。
夏場友人達と海に遊びに行ったら普通に海パンになるから、普段だったら上半身裸になるのに然して抵抗はない。
しかししかーし、今は違う。
人間何でこんなかえって半端に布のある状況だと羞恥を感じるんだかな! ああくそっ、いっそ堂々と浴衣を脱ぎ捨ててババーンとパンツ一丁になった方がメンタル的に楽じゃねって思えてきた。だがこいつの前では薄くてもスケスケでも布一枚物理的にないよりはあった方が安心できるのもまた事実!
「お前様はどこにも行かせーんわしのものだあっ!」
「くっ、馬鹿力ドラゴンめ。今止めないと後悔すんよ?」
「後悔などするものかあーっ年の差ラブものも向こうでは沢山あるではないかあーっ!」
ドラゴンが覆い被さってくる。
無駄にたらこな唇のちゅーが迫る。おい待てこらっ!
俺のファーストちゅーはこんなおっさんに奪われるのか!?
「嫌だあーっ、こいつとならブイとかセロンとか最悪ウシオの方がまだマシだあーーーーっ!」
猛烈な嫌悪感と同時に俺の魔王の力が爆発し――
「マスター!」
「ヒタキ!」
「ヒタキ君!」
――そうでしなかった。ちゃんちゃん。
ネオン通路の向こうから三人が駆けてきたからだ。
い、色んな意味で助かったあぁ~。
ブイが息を切らしているのは全力で走ってきてくれたからだろう。俺のために。間に合うようにって。健気な奴だよホント。セロンとウシオは体力があるから涼しい顔だ。まあだが感謝だ。
ピタリと俺は両手で顔面を押しやるのを止めて、駆けてくる三人を潤んだ目で見つめた。感動と、恥ずかしながらもホッとしたらマジで涙が出てしまった。
一度立ち止まった三人は俺とドラゴンを見て、その位置関係と主に俺の被服度と表情を見て、目尻に光るものを見て、大爆発した……ように見えた。殺気立ったとも言えるかも。
いや、それか唖然としたのかもしれない。いつも仕切ってて強気な俺の情けない姿にさ。だって表情を消して揃って押し黙ってしまった。
どうするかな、マジに気まずい。
そんな微妙な沈黙を破ったのはいいとこを邪魔されたドラゴンだ。
「ぬわぁーんだお前らはー!? よもや命知らずにも我が番様を奪いに来たのではあるまいな? そうはさせーんっ!」
俺から離れ激怒するドラゴンは本性に立ち返った。間近に現れた巨躯に一瞬息を呑むセロンだが、そこはかつてドラゴン討伐をやり遂げた男、キッと目尻を吊り上げて激おこハムハムになると持参した聖剣を布から出し俺へと投げてくる。
「ヒタキー! 早くこれを!!」
剥き出しの聖剣が俺に向かって一直線。
ひいいいーーーーっ!!
彼は俺が勇者だと思っているからそうしたんだ。その機転と絶対に勇者に聖剣を渡すぞとの強い執念いや懸命さは非常に勇者パーティーとしての鑑だが、マジごめんっ、回り道になってるんだそれっ。
まずは近くにいるブイに渡して欲しかった。しかしつべこべ言っている暇はない。剣は放物線を描いて迫っている。
俺は浴衣の前を掻き合わせるや、ベッドから跳んで勇者っぽく空中を無駄にカッコ良く回転しながら見事に片手でキャ~ッチ。こいつらと別れたら旅路では曲芸で日銭を稼ぐのもありだ。
「ぐっ」
言うまでもなく聖なる剣からは瞬時に大反発されて手が痛いが、今は魔力で対抗するわけにもいかない。掌は火傷を現在進行形で負っていく。これでは指が消し炭になって砕け落ちるのも時間の問題だ。っつーか非常に激痛なんですがあああ!? 魔王の特技の一つで痛覚を一部遮断するもそこはやっぱり力を隠していて完全じゃあないせいか、一気に額に脂汗が滲んで滴った。
これはもう早期決着しかない。
一撃必殺で倒したように見せかけてやろうじゃないの。
「ブイ!」
俺は、俺と共に戦えという意図を込め、剣を握っていないもう片方の手を差し出した。
いやさあ、ドラゴン本体の威圧感のせいかブイは蒼白になって棒立ちになってるんだよ。戦闘慣れしたセロンとそもそも魔牛族長のウシオは全然平気そうだが、ブイには免疫がないんだろう。これだと遠隔で聖剣の本領発揮は無理っぽいし、冗談じゃなく手がもげるから早ーくこっちきて剣握れっ握ってくれよおおおーーーーっと、心で叫ぶ俺の目が血走ったからか、ブイは余計にビクッとして体を強張らせた。くっ、失策だ。
「ぐぁはははは無駄な抵抗はやめよ。こやつらはお前様の知り合いなのだろう? この不敬も可愛いお前様に免じて見逃してやろう。さっさと尻尾を巻いて逃げ帰るように伝えるのだ。仕置きとして、今夜はわしのミルクをたーっぷり飲ませてやるぞ。がははははは!」
下ネタに胃が痛くなった。あと、俺ではない誰かさん達の殺気が再び膨れ上がった。
ブイの感情も強まったようで俺の手にある聖剣がいつになく強烈で目映い光を放出する。きっとついさっきも布の中で光っていたんだろうなあ。
ははは、案の定いっっってえええーーーーっ!!
はい、だよな、こうなるよな! もう少しだろうから耐えろ俺……!
「ヒタキ君はさすがに我慢強いなあ。もういい加減暴露しちゃったら? 魔王城に一緒に帰ろうよ?」
俺とドラゴンとの間に入るように素早く傍に来たウシオが、二人には見えない絶妙な位置から耳元に囁いてくる。おい、聞かれたらまずいからそうしたのはわかるが擽ったいんだが? その際俺の耳たぶに唇が掠めた。たまたまだろう。
「城に帰る? 無理な注文だな」
簡単に諦められるならそもそもここには居ない。
俺も声を落として返すとウシオは眉尻を下げて残念そうにした。そうかと思えばドラゴンへと突っ込んでいく。
え、ちょ、まさかの同士討ち?
ウシオ、あんたはそれでいいんか!?
痛みも忘れて唖然として見ていると、ドガンと重い音がしてドラゴンが地面を激しく揉んどり打って転がってった。
人に擬態していても発揮されるウシオの逞しい肉体ポテンシャルを駆使した蹴りを見舞われたからだ。
……絶対食らいたくないなああれ。
え。でもでもうそん? さっき俺はドラゴンを全力で蹴って離そうとして出来なかったのに、あんな易々と?
もしや神殿でのあれは演技だったのかもって改めて考えてしまった。
それにしても洞窟内部が広くて頑丈で良かった。戦闘の衝撃で崩落なんてしたら目も当てられなかった。
「さすがはヒタキのかつての相棒、やはりお強いんですね、ウシオさん。ベストな場所に飛ばしてくれて感謝です!」
生理的な涙を浮かべ呻いて体を起こしたドラゴンの元へと今度はセロンの放った光の矢のようなものが飛んでいく。
あれは、初見だがたぶん聖魔法だよな?
突き刺さるのかと思いきや光は爆裂して無数の針へと転じた。クラスター仕様か。エグい。
全部の針が突き刺さってドラゴンなのに針ネズミになったドラゴンは「グワアアアアアアアーッ!」とか涙目で酷く悶絶する。
そんな様を遠くから眺めるセロンは「一番に私が泣かせたかったのに」とか何だかとても怖い笑顔が炸裂中。
え、でも泣かせたいって、俺……? いやいやまさかな。敵の事だよねえ? 穏やかで控えめなセロン君に限ってそんな意地悪っ子なわけないよね。
ドラゴンは憤怒してがばりと身を起こす。そんな楽に倒されてくれるとはこっちも思っちゃいない。
「にっにににに人間共めえええーっ!」
うち一人は人間じゃないがな。
ドラゴンの相手をとりあえずセロンとウシオに任せて俺はブイに傍に来るようにと手招いた。ブイはおっかなびっくりしつつも素直に俺のとこまでやってくる。
「あ、あの、マスター、すぐに役に立てなくてすみません」
「そう言うなよ。ほらこれ、一時的でもいいから本来の力を出せないか?」
差し出した聖剣は先の余韻で薄くまだ光を纏っているが、偽物と疑われずドラゴンを斬るには本領発揮が望ましい。
そんな半端な聖剣を見下ろしてブイは触っていいものかと躊躇っている。こいつが剣の力を制御するのを見られたら俺達の嘘が即座にバレると心配してるんだろう。
俺は溜息をつきそうなのをどうにか堪えた。いつまでも隠れ蓑になってやれるわけじゃない。俺も騙し続けたいわけじゃない。こいつらとは別れて最速マイペースで旅がしたいだけだ。
どんな形であれ、いつか偽勇者旅は終わる。
たとえそれが今でも何らおかしくはない。
そもそも敵の大将同士がパーティー組んでる時点で色々と無理がある。俺は何故か苦労して自分にそう言い聞かせた。
それに、ドラゴンを前にした様子を見ても演技ではなく本当に戦闘素人でおそらくは剣の扱いにも慣れてないに違いない。そんな奴が魔王の寝首を掻こうなんて百年早いし、そんな卑怯な輩ではない……と、決して長くはないが共に過ごして思う。
だからこそってのもあるんだろう。
彼を弱いまま放り出せない。
せめて人並みになるまでは、なんて考えてしまう。
早く離れたいとも思うのに、我ながら矛盾してる。
「ブイ、一緒にドラゴンに接近しよう」
「え!? で、ですけど」
「共同作業なら誤魔化せるだろ。これも将来あんたが一人前になるための修行だ」
「そ、そんな……一人前になる自信なんてありません。僕はマスターがいないとダメなんです」
いやいや卑下するのはもういいって。こちとらホントマジに手が痛いんだよッ。早く腹を決めておくれ!
「勇者は生まれや育ちや性別は関係ないんだろ。大体な、あんたは神殿に忍び込んで自らこの剣を握った、違うか? 厳しい事を言うようだがその時点で責任が発生してるんだよ」
「そ、れは……」
彼は初めてその点を省みてか項垂れた。軽い気持ちや運試し、興味本位だったとしても勇者に選定された今となってはその使命からは逃れられない。
……死にでもしない限りは。
「案外思い切って踏み出してみればどうにか世界は回っていくもんだ。選択したそのすぐ後ろから、驚きとか悟りとか後悔とか満足とか色々なものが付いてくるかもしれない」
「勇気も意気地もなくても、ですか……?」
「まあ勇気のあるなしはこの際置いておいて、思う通りに勢い余ってもいいから前に飛び出してみろって言ってんの。できる限りは俺も鍛えるのに協力するからさ」
「勢い……前に……」
「何でもいいからとにかくレッツゴーだ。安心しろって今は俺が付いてるだろ。これマスター命令な、なんて?」
「マスター……っ」
ストンと何かが心に落ちたのか、ブイは顔を上げて暫し俺を見つめるとこくりと頷いた。
「確かに、そうですよね。僕が抜いてしまったんですから、きちんと僕が責任を取るのが筋ですよね」
「そうだその意気だ! ブイならできる。己を信じろ!」
「はい! きっとドラゴンを倒せると、この剣を信じます。僕の事は僕の事でマスターにきっちり人生の責任を取ってもらえると信じていますしね!」
「そうだその意気……え? は? 人生のってどういう意味? 言葉のあや?」
「マスター行きましょう! 手取り足取り教えてもらって是非とも強くなりたいです!」
「手取り足取りって……」
何が何だか話の半分はよくわからなかったが、俺は決意を固めた目をする勇者ブイと共に駆け出した。聖剣を持つのは俺だが……。そっちが持てよって内心思ったがやっぱやーめたって拗ねられても困るから我慢だ。
ふっふっ、まあしかしこいつも少し頼もしくなったか? それでこそ勇者だよな……って敵に塩送ってどうする。
まあいいか。これでやっと一区切りできると思うと涙出そう。
だってさあ、くどいようだが、手が痛えーっんだよマジに!
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