第8話 偽パーティー、魔牛君と協力する

 俺は確かに魔牛君に魔王だとバレたくないとは言った。

 だがしかしどうしてどうして人間に化けたあんたが俺の前に現れると思うよ?


「ヒタキ君、良かったちょうど良い時に会えて!」

「ちょうど良い時?」


 ダッシュで俺の所にやって来た魔牛族のお頭は、ブイとセロンからのジト目にも怯まずに……というか完全無視して勝手に俺の両手とパチンパチンと無駄に何度もハンドタッチしてウキウキしている。こんな姿からは彼が泣く子も黙る魔牛族のお頭、族長、トップって立場だとは誰も思わないだろう。うん、俺も思わない。本当に誰これ?


 全くモー、上手く化けたなー。


 元々の髪と肌の色はそのままに、瞳の色だけは変えて無難なグリーンだ。これはこれで鮮やかだな。

 半ば感心しているとブイが俺の腕を軽く引いた。


「マスター、聞いています? 彼は誰なんですか?」

「ああ、ええと……」


 何をどう言えば良い? 微塵も魔牛族長の設定がわからないんだが?

 逆の腕をセロンが引いた。眼鏡をキラーンとさせている。


「勇者様のお知り合いのようですが、どういうご関係で?」

「どういう関係って言われても……」


 真っ正直に邪悪な主君と臣下でーすって言うわけにもいかない。そもそもこんなフレンドリーな王と臣なんてどこにいる。いや、何故かここにいるがっ。

 うーん、よし、故郷の友人とかにしておくか。


「あー、実は近所の友人――」

「――元カレだよ。ね、ヒタキ君!」


 …………うん?


「「元カレえええ!?」」


 今にも卒倒しそうな二人以上に俺も卒倒するかと思った。


「一つ屋根の下で過ごした日々もあったよね」


 あー、城で大人数でな。


「「同棲えええ!?」」


 そう取るかー、……くっ、設定に難があり過ぎるっっ。


「いや違うから。大人数での合宿的なもんだよ」

「あっはは~ヒタキ君は相変わらずうっとりしちゃうくらいにクールだね! そんな君になら何度でも、一晩中だってこの体を差し出すつもりだよ。いつでも遠慮なく上に乗っかってきていいからね!」

「「一晩中上に乗っかるううう!?」」

「えーっとだなっ、単に椅子に……いやこいつの筋トレに付き合って重り代わりになっただけだ!」


 いちいち言い方が際どいんだよ、この魔牛椅子め。一体俺をどうしたいんだ。


「あはは、そこそこ無難にかわすなあ」

「は?」

「ううん……ところでさ、この蟻んこ共は何? 放つ空気がうざくない?」


 直前までえへへと笑っていたのが嘘みたいに魔牛君はブイとセロンを見て極寒の眼差しになった。声も低くなって抑揚が消え、無感動無表情に豹変したのも強烈だ。

 そうだよ、彼は基本人間と戯れるのをよしとしない厳格な魔族だったよ。たぶん正体を知らないんだろうが勇者と聖皇帝を蟻んこ呼ばわり。俺はどこまでフォローできるだろうか。何事も起きない自信はない。


「こっこら彼らは俺の仲間なんだから、失礼をするんじゃない! あんたちょっとこっち来い」


 ブイとセロンをその場に残し、俺はプンプン怒ったふりでやや離れた位置まで魔牛君を引っ張っていく。ここなら会話は聞こえないだろう。


「あのな魔牛族長、これはどういうつもりだよ? 人間のふりして何がしたいんだ?」

「そりゃあ魔王様のお力になりたくてですよ。あ、私めの事はウシオとお呼び下さい。牛君でも結構です。このウシオは魔王様と、つまりはヒタキ君とかつて冒険者バディを組んでいて家の相続事情で一度バディを解散したのに、やはりまた冒険者をやりたくて、でも自分から解散した手前ヒタキ君には意気地がなくて言えなくて、結局は一人で始めた人間です。因みに紆余曲折あって家は継ぎませんでした」

「……設定細かいな。家を継がなかった紆余曲折が気になるし」

「形からきっちりしたい性格ですので。紆余曲折は話すと三時間程かかりましょう」

「じゃあいいや。それで? 周りをうろついてたと思えば俺に先んじてこの村に来て広場で何を演説していたんだ?」


 ウシオはにっかと無駄に白く輝く歯を見せて笑った。


「この村を悩ませている魔物に、村人を総出でけしかけようかと」

「は……?」


 意味がわからない。けしかけるって意味わかってんの? 大体村人をけしかけて成功するならとっくに村は平穏だ。百年も苦しんでない。


「魔物は、あんたが既に追い払ったんじゃないのか?」

「あんた……他人行儀は嫌だなあ~。釣られてうっかり魔王様って呼んじゃったらどうします?」

「……。ウ・シ・オ・が退散させたんじゃないのか?」

「村周辺の雑魚はそうですけど、ボス戦は残しておきました! 偽・勇者様の活躍の場を是非にと思いまして!」


 主人に褒めてほしい犬みたいにするな。


「そこわざと偽を付ける必要なかったよな? な? って言うか偽物勇者やってんの知ってたのか」

「当たり前ですよ。ヒタキ君から盛大にぶっ飛ばされてから詳細を調べましたからね。本物の勇者があのウサギ蟻なのも、もう一人の眼鏡蟻が聖皇帝なのも把握済みです」

「あの時は加減間違って悪かったよ……」

「いえいえ悪かったなんてとんでもない。ヒタキ君の掌の跡がくっきり残った鎧はもう一族の宝です」

「弁償するからそれはやめて?」


 にしてもウサギ蟻と眼鏡蟻……笑うな俺っっ。


「あのさ、冗談抜きにくれぐれも口を滑らせるなよ。城に帰らないといけなくなる」

「え!?」


 ウシオは今は赤くないグリーンの瞳を大きく何度も瞬いて驚きを示した。それと同時に喜びも。


「このウシオはてっきり、ヒタキ君は勇者ごっこをどうしてもやりたくなって魔王城を出奔したのかと。なのでこの大陸に散る不忠魔族共をやっつけるまでは、何があろうと城には帰って来ないんだと思っておりました」

「確かに人間の土地に用はあるが、勇者は俺が望んだわけじゃない。魔族領を許可なく出て好き勝手している魔族を倒すのは、臣下への躾けとしても有効だろうからついでだよ」


 ウシオが何を嬉しがっているのかはよくわからないが、俺は今思い付いた事を同族の討伐理由してみたよ。魔王の威厳を示すためにもな。


「……ボロを出せば城にお帰りに。そうすればもう目障りな蟻んこ共が周りを這わなくなる。けれど露骨にしては怒られてしまいますかね」


 ウシオは口の中だけで何かを呟いて唇をにんまりとさせた。


「ウシオ? おーいウシオ? 急に考え込んでどうしたよ?」

「いいえ大した事ではありませんので。ああそうそう、この地に出没する魔族は村外れにある洞窟の奥に棲んでいる竜族です。竜族の中でもお馬鹿な下位なので、魔族ではなく魔物ドラゴン扱いが妥当ですね」


 魔族はウシオのような魔獣族や魔物の総称でもあり、言葉的には人族と対をなす。


 加えて、魔獣族と魔物にも案外意味の違いはほとんどない。


 しかし魔物と言われるのを魔獣族の中には極端に嫌う者もいて、そういう者は自らを専ら魔族と呼んでいる。言動からしてウシオもその一人なんだろう。


 まあ、俺も確かに魔族と言うと知的な感じに聞こえ、逆に魔物だとなりふり構わず汚く暴れ回る姿が思い浮かぶ。善でも悪でもイメージって大事なのかもしれない。


「ふうん。ドラゴンか。嘆願書だと凶悪な魔物としか書かれてなかったんだよな。ドラゴンなら凶悪で納得だ。……ならそいつが村人を襲って食べたりしてるのか。嫌な話だ」

「食べる? いえいえあれは美食家ですから細っこい人間の肉なんて食べませんよ。酒の肴にもならないでしょうね。このウシオもそうです。蟻んこは食べません」

「へ? だが討伐願いが出されてるんだし、何かはやらかしてるんだろ?」


 俺にはドラゴンと言えば人を襲ってバリバリ食べる想像しかできない。


「それがその、派手に暴れ回るわけではなく肉体労働と言うか、最低な奉仕というか、その……主に夜の方面でのあれこれを強いているようです。三年に一度、生け贄を一人捧げるのだとか。それも男女問わず」


 ウシオは、こいつにも少しは羞恥心があるのか少しだけ言いにくそうにした。そこはどうでもいい俺は微妙に怪訝にする。


「え、話はわかったが、人がドラゴン、と? は? どうやって? 踏み潰されるだろうに? あ、そういう残酷なのを求める系なのかそいつは?」

「いえ、普通にこのウシオのように人間の姿に化けてベッドインですよ」

「あ、あーっ、そうかなるほどなるほどーっ」


 思わず赤くなってしまった。本当にどんな最低なエロドラゴンだっ!

 すると、ぷふふふっ、と何かを堪え切れなかったようにウシオが笑い出した。


「ヒタキ君はいつお会いしても本当に……可愛いお方ですよね」

「は……」


 はああーーーーっ!?


 これはもしや俺は何気に魔王のくせにお子ちゃまとか馬鹿とか嘲られているそんな笑いか? そうなんだなウシオ!?


「このっ、笑うなよ。笑い過ぎだ!」


 俺は背の高いウシオの首に腕を回して引き寄せて、髪をぐしゃぐしゃしてやった。腹が立つが本気で怒ったわけじゃないような時にふざけながら叱る、羞恥を誤魔化す、そんな感じのスキンシップだ。

 ウシオの方も主君の不興を買いたくないのか大人しく俺からの制裁に甘んじる。

 こんな風な馴れ合いをすると、ウシオとの友人って設定が妙にしっくりくる。

 あはははと俺も終いには笑い出して、現状をすっかり失念してしまった。





 結果、ぷっくーと頬を膨らませる小動物を二人生んだ。

 俺がウシオと話を終えて彼を連れてブイとセロンの所に戻ると、そんなだった。

 ウシオを改めてただの友人だと強調して他は長い設定通りに紹介すると、二人は強張っていた顔付きをやや和らげた。


 ドラゴンの情報も伝え、先に村人をけしかけ……いや協力してこの村の魔物退治をしようとしていたのはウシオなのも伝え、そしてだからこそ彼と協力すると伝えると、ブイもセロンも不満そうにした。

 たぶんパーティー仲間以外が加わるのが嫌なんだろう。

 それでも勇者パーティーだからと獲物を横取りする横暴はできないと、不承不承だが共闘を受け入れてくれた。道理のわかる仲間で良かったよ。


「ああ、念のため確認するが、村の人には俺達の正体は秘密だからな。セロンは俺を呼ぶ時はヒタキで。あくまでも俺達は流れの冒険者一行だって設定を忘れないでくれな?」


 ブイはうっかりしないようにと心してしかと、セロンは何故か「お互いに呼び捨て」とそわそわしたようにして頷いた。

 ウシオは俺の偽事情を把握しているが、そこも二人には伏せておくのが無難だろう。ウシオ本人にも合わせるように言ってあるので下手な言動は慎むはずだ。


 たださ、会話の間、実はセロンはちらちらとウシオを探るように見ていた。まさか彼が人間なのか怪しんでるのか?


 ウシオは俺程には魔族の気配を殺し切れていないが、セロンはまだ魔族だとは気付いてはないはずだ。何しろこのアーシア村一帯は件のドラゴンの魔力が濃く漂っているおかげで、そいつの魔力に紛れさせてぼかしているから、近くにいるのは察知できても曖昧な感覚は決して拭えない。

 魔族をピンポイントで特定するのは難しい。たとえ本人を目の前にしてもだ。

 見ていると、ウシオ自身もそれを計算ずくだな。

 セロンはこの村にいる限りはウシオの正体を見抜けないだろう。ふっ、少なくとも俺もその間は安泰ってわけだ。


 聖剣に選ばれるまでは一般人だったブイに至っては警戒するだけ無意味。まあ聖剣を握ったらわからないが。その時は近くに寄らないでおこう。後でウシオにも一応は注意を促しておくか。


 俺の場合、逆に自分も同じ力を源とするからこそ小さな差異も見抜きやすく、魔王の能力は臣下より遥かに高いがために何だその粗末な韜晦とうかいは、と見抜けたんだと思う。


 とは言え疑いを持たれているなら、セロンが確信を持つリスクは長くウシオと過ごせば過ごすだけ高くなる。


 ウシオが身バレすれば芋蔓式に俺の正体にも疑問を持たれる。魔族の友人は魔族だろうって感じで。


 故に、短期間でドラゴン討伐を成し遂げ、ウシオにはさらばいしてもらわねばならない。


 そんな決心を胸に秘めつつ、村の広場で俺達も加えてもらっての討伐計画を練った。


 いやもうさ、正直に言うと時短のためにも俺一人で頼も~っと洞窟に乗り込んでいってさっさとドラゴンを倒したい。しかしそれをすると魔族だとバレるからできない。

 しかも、勇者として動くなら聖剣をそれっぽく扱わないとならないから、聖剣の力を引き出すためブイにも手伝ってもらう必要も出てくる。

 はあ、気が重い。

 そう言えばウシオに一斉突撃を煽られてやる気になっていた村人達は、あたかも夢から覚めたようにして冒険者の俺達に討伐を任せてくれた。


「ウシオ、さっきは熱心に何を演説していたかと思えば、彼らを洗脳してたんだろ。いくら魔力を紛れさせられるからって、身バレするリスクを取るなよな。今はセロンもいるんだし」


 こっそり告げてウシオを横肘で小突くと彼は「あはっそうだよね」とにこにこした。警っ戒っ心っ薄っ。


「マジに頼むからその手の悪行はやめてくれよ?」

「悪行? どこがです?」


 ハハハ、そうだった彼は魔族だった。人間は蟻んこなんだっけ。気にするなと言い置いてドラゴン対策を詰める話し合いを再開する。


「俺としては早々に今夜にも決着をつけたい。皆はどう思う?」

「私は賛成です。早いに越した事はありませんからね」

「僕も異論はありません。マスターの決定に従います!」

「このウシオも大賛成だよ! ……蟻んこと同意見なのはムカつくけどね!」


 ウシオ、裏表っ!


 彼の問題のある性格には二人も慣れたようでいちいちキレたりはしない。大人だよ。いや適応早いな。


「ウシオ、あんた幾つだよ。もう子供っぽく突っ掛かるのはやめてくれ。この二人は俺の仲間なんだから」

「そんなっ、子供だなんてヒタキ君は酷い。ウシオはこれでももう十五になったんだよ!」

「は……? じゅう、ご? 十五歳? ははは嘘だろー、俺より下? 冗談言うんだなウシオもー」


 魔牛族最年少の族長とは知っているが、十五? いやいやいやいや~、本当の姿はあの強面に鎧にマントのごっついプロレスラーみたいな筋肉戦士だよ? 腕とか丸太だよ? あれで十五歳とか、マジで?

 マジらしく、ウシオは拗ねたような目ですっかり黙ってしまった。


「え…………本当に?」

「十五だよ!」

「じゃあ、セロンと同じくらいなんだ?」


 すると今度はセロンが憤慨した顔になる。


「これでも私はもう二十二です!」

「え……?」

「あ、僕はもうすぐ二十一です。だからまだ二十歳。そう言えば聞いていませんでしたけど、マスターは何歳なんですか?」


 ブイのは見た目通りだとしても、ウシオとセロンは見た目とのギャップが半端ない。しかもセロンは五つも上だし。


「ははは、十七」


 時に人の外見と年齢って、わからないものだよな……。

 気を取り直した俺は後は無になって作戦を詰めていった。

 その結果、エロドラゴンの油断を誘ってその隙にグサッとやってしまおうという話になった。


「だが、どうやって油断させる?」

「生け贄に扮して誘惑すればいいんじゃない? そして隙を見てグシャッとやっちゃえば? 都合良くも、そろそろ三年に一度の生け贄を差し出さないといけない時期みたいだし、どうかな?」


 ウシオがさも当然のように宣った。

 ……それは一理ある、一理あるが、誰がそんな役を買って出るよ? 万一の際に自力で逃げられない村人は論外だ。あとグシャッとって何だグシャッとって。普通はグサッとじゃないのか? 潰すのか? この腕力馬鹿牛め。怖いって。


「うーんまあ、有効っちゃ有効だろうが、とりあえず村人の話をもっと詳しく聞いてから決めようか」


 三人は同意したが、些か残念そうなのは何故だろう。


 因みに、戦力外の村人達は親切にも夕方になって少し涼しくなる前に会議場所を広場から屋内集会所へと移すように親切心で言ってくれて、ドラゴン退治に来た俺達を大歓迎。ご馳走まで用意してくれた。ありがたや。


 ドラゴンが討伐対象だと標準的な冒険者にも敬遠されるのと、そもそも村や周囲を物理的に破壊して暴れるわけでもなくかなり限定的だったのもあって優先度も低く、百年間、今日の今日まで討伐に来た組は数える程だったんだとか。結局は討伐できずに逃げ帰ったようだしな。


 故にこそ何年ぶり、いや何十年ぶりかの冒険者パーティーの俺達に期待を寄せてくれている。


 ……はあ、この国の横着ぶりには心底呆れる。いくら優先度がどうとか言っても百年も放置? ふざけてる。


 ここの詳しい事情は初耳だったらしいセロンは思うところがあったのか表情は終始浮かなかった。まあ世の中、下からの情報が全部上がってくるかって言われたら、すんなり肯定はしかねるもんな。聖皇帝も中々実は苦労してそうだ。


 更に村人達は、ご奉仕と言うか生け贄達に過去どういう格好をさせて送り出してきたか、如何にドラゴンが酷い魔物かを涙ながらに話してくれたり、生け贄服を見本にと持ってきて広げてもくれた。


 生け贄服は、男女問わず同じデザインのようで、スケスケヒラヒラな丈の短い浴衣と表現して障りない代物だった。美脚が問われるデザインでもある。え、ドラゴンは脚フェチとか言わないよな?

 ウシオはスケスケ服を手に取って検分するようにすると、目を輝かせた。


「ねっ、ヒタキ君これなら生け贄作戦絶対に上手くいくと思わない?」

「いやさ、誘惑作戦はいいが生け贄役はこれを着るんだってわかってるのか?」


 これならむしろ堂々とパンツ一丁で参上した方がまだマシだ。マントがあるとむしろ様になるかもしれない。


「こんなの誰が着るんだよ?」


 無言の視線が俺に集まったのはどうしてだろうな。


「夜まで時間もないですし、この際多数決でサクッと決めてしまいましょう」


 真面目な様子のセロンの提案に他二人からは即座に賛成の声が上がった。

 ……いつになく猛烈に嫌な予感。

 民主主義って、多数決って、時に酷だ。


 俺が着る羽目になった。


 実は俺三人から酷く嫌われているんじゃなかろうか。口惜しや口惜しや~こんな屈辱生涯忘れまじ……!


 後は、嗚呼どうしてこんな事にと悩み悶々として過ごして夜になった。


 そろそろ出発だと覚悟を決めたと言うより色々諦めた俺は、さっさと破廉恥浴衣に着替えた。


 暗い顔付きで集合場所たる村広場に登場した俺を見て、三人はしばらく目を見開いて絶句していたっけ。少しくらいは罪悪感が湧いたのかもな。

 俺は深い溜息をついて額に手をやった。あんたらが見るに耐えないって思っているのはわかっている。わかってはいるんだが、露骨にそんな衝撃の表情をされるとさすがに凹む。

 誘惑作戦は既に頓挫しているんじゃなかろうか。溜息。


「おい、俺にかなり失礼だろうに」


 不機嫌丸出しで睨むと三人はハッとしたように我に返り、明らかに焦って誤魔化す咳払いをした。想像以上とか何とか目配せし合って呟くのが聞こえたが揃って愛想笑いを浮かべる。ははっ、想像以上に痛い見た目って? 自分でもわかってらあっ。


「ヒタキ君すっごく様になってるね! 可愛いよ!」

「マスターは実は神だったんですね! 神々しいです!」

「ヒタキ、誰よりも素敵で美しいですよ! 祝福します!」


 けっ。このこれみよがしなご機嫌取り達を張り倒してもいいだろうか。

 他人事だと思ってさ。スケスケ浴衣を着た俺は我が身の見せ物ぶりに憤りでわなわなと震えたが何とか堪えた。


「三人共、ドラゴンが油断したら合図するから攻撃を頼むな。セロンはとりあえず聖剣を持ってきてくれ。……ブイもいざって時には嫌だからって逃げるなよ」


 俺の台詞はブイにとっては意味ありげなものに聞こえただろう。

 聖剣を使用中にするのはブイにしかできない彼の仕事だ。彼は俺の力を使わずにドラゴンを倒すのに最も大事な役割を担っているんだ。

 オッドアイを揺らして不安そうな顔をしたが、そこは頼むからちゃんとしてくれよ?


 そんなわけで、俺達は村外れにある洞窟に向かった。


 別にドラゴンが突貫工事で造ったわけじゃなく、昔からある天然のものらしい。貯蔵庫としても使われた過去もあったようだが、ここ百年はドラゴンに占拠されている。


 洞窟近くになると皆は隠れて俺一人で進んだ。相手に警戒されたくないからだ。

 アーシア村の中心から少し登った所にあった洞窟の周辺には、洞窟へ至るメイン路以外は木々が生えていて印象としては松林っぽかった。村を囲む森よりはパラけている感じだ。


「お、洞窟ってあれか?」


 林が開けた先には高い崖があり、洞窟はその垂直面にぽっかりと大きな口を開けている。

 ただその正面には既にどでかい何かがいた。


 悪しきドラゴンだ。


 事前に今夜は約束の生け贄が行きまーすと連絡を受けていたドラゴンは、何とまあ三年ぶりの人間を待ち切れなかったのか洞窟の前で舌嘗めずりをして待っていた。

 醜悪な魔物姿のままなのは、初めにその姿で恐怖を植え付け生け贄から抵抗の意思を殺ぐためだろう。そうすれば憐れで無力な生け贄は言いなりになってどんな際どいご奉仕でも受け入れる。死にたくないからな。


 だが結局生け贄が生きて戻った例は数える程らしく、ここ数十年は一人もいないと聞いたっけ。気の毒にも骨すらも返ってこなかったらしい。洞窟奥に山積みにでもなってるんだろうか。


 生きていても最早以前のような日常生活は不可能で、その手の専門病院行きになったようだ。


 村人の泣く泣くの話を思い出したら猛烈に気分が悪くなってきた。

 握り締めた拳が怒りで小刻みに震える。

 それがドラゴンには別の震えに見えたらしい。


「むふふふふそう怖がらずともよいぞ。安心して今夜は――むおおっ!? かっっっわ……!!」


 ドラゴンは恐竜みたいな顔で俺をマジマジと見つめて鼻息を荒くふんがふんがさせた。

 は? 何事? そういう発作持ち? 確かに知能の低くて馬鹿そうな竜族だなこいつは。何もしていないうちから何を興奮しているのかは知らないが、爬虫類系からの嘗めるような視線は気色悪い。

 思わずガンを飛ばしたくなったが、自分は健気な生け贄健気な生け贄、と必死に言い聞かせた。


「あ、あの、ドラゴン様ぁ、まだ中には入らないのですかあぁ? この服で夜風は寒いのですうぅ」


 裏声を使い儚げな生け贄演技で見上げると、むっふーとドラゴンは鼻息を熱くした。


「ああ、そ、そうだな。はは早く中に行こう。めくるめく夜を約束するぞ。これから毎晩腰が立たなくなるくらいにたっぷりと可愛がってやろう。お前だけは失いたくない。殺すつもりはないからそう怯えずともよいぞ。むははは、わしもついに運命の相手と巡り合ったのかもしれんな、ぬあはははは!」


 は、頭沸いてんのこいつ?

 ふんぞり返って大笑したドラゴンは次には人間に化けると、俺の肩を抱いて洞窟へと促してきた。


 人間バージョンはよりにもよって太ったエロ中年オヤジだった。パンティーとかブラを頭に被っていそうな感じのやつ。腐っても竜族ならそこそこ化け幅にも余裕があるだろうに、どうしてイケオジに化けなかったのかは謎だ。


 俺は洞窟に入る際、最後にちらりと後方を振り返った。

 皆、頼むからな。

 木の陰にでもいるんだろう三人の姿はここからじゃあ見えなかったが、俺にはしっかりと三人……プラスワンの存在が感じられた。





「ははっ、あのドラゴンは死刑確実だ!」

「ふふっ、同感です」

「よくもマスターにベタベタと……!」


 洞窟奥にヒタキが消え、しばらく様子見をしていた三人はそろりと洞窟入口へと近付いた。


「あのドラゴンは手が早そうだし、もう入るかな」


 ウシオは口笛でも吹きそうな感じでマイペースに一人で入っていく。遅れてなるものかとセロンとブイも彼を追う。

 ウシオはふとブイとセロンの更に後ろへと目を向け薄く笑んだが、何も言わずに前を向いた。

 奥からはドラゴンのいやらしい話し声が聞こえてくる。ヒタキの声は聞こえない。


「マスター、どうか何事もなくいて下さい」

「彼は本当はとってもお強いのできっと大丈夫ですよ。焦って向こうに気取られないよう、落ち着いて行きましょう」


 ウサギ耳を忙しなくピコピコ動かし音を拾うブイが声を震わせる。宥めるセロンも表情では抑えているようだが、眼差しには焦燥が滲んでいる。


「……我らが魔王様はホント人タラシ」


 聞こえないよう一人小さく呟いたウシオが呆れたように苦笑した。

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