ツヴァイトレアル

成葉弐なる

1 αテスト

「……お願いします」


 スマホを掲げ、当選を表示している抽選アプリの内容を見せる。

 抽選アプリには周防藍那という私の名前と住所が表示されている。


「はい。ツヴァイトレアルαテストですね? ようこそお越しくださいました」


 綺麗な受付嬢が笑いかけてくれ、私のスマホを凝視。


「ご本人様の確認できる公的書類や身分証明書はございますか?」


 問われ、私はマイナンバーカードを差し出すと暫くして確認は終わった。


「それでは、今からお渡しする受付証がテスタールームへ入るゲートと自室への入場に必要になりますので、決して無くさないようよろしくお願いします。

 事前にお伝えしている通り、テストは七日間もの長期間に及びますのでよろしくお願いします。日用品の類はすべて事前にお伝えしていた通りにご用意させていただきましたが、何か足りないものがあればテスタールーム備え付けのマイクよりご要望ください」


 受付嬢からの説明が終わると、私はテスタールームを目指しエレベーターへと乗り込んだ。


「私のテスター番号は77番と……」


 私が割り当てられたのは34階のテスタールームだ。テスト自体は他の階でもテストが行われるらしく、エレベータのボタン部分にはテスター番号の範囲が振られたシールが貼り付けられていた。どうやら1階毎に20人のテスターが割り振られているらしい。

 シールは35階までのボタンに貼り付けられていた。


「へぇ……じゃあ100人も当選していたんですね」


 そう呟きながら34階のボタンを押す。

 すると、エレベーターのドアが閉まる直前、女の子が入ってきた。


「すみません……」


 あたふたとエレベーターに乗り込んだ女の子は、どうやら見てくれだけで言えば同年代らしかった。腰まであろうかというきっちりと整った長い黒髪、そしてシャツの上からでも分かるような豊かな胸の膨らみが特徴的な少女だった。

 きっとこの子もツヴァイトレアルのテスターだろう。


 女の子はエレベーター内を見回すと、操作盤を見つけたのか再び「すいません」と私に断りを入れながら34階のボタンを押そうとして、既に押されていることに気付いたらしく、


「あ、やっぱり大丈夫です」


 と言った。どうやら同じ階でテストするテスターらしい。仲良くなれるといいな。


 そして動き出すエレベーター。

 高速で動くエレベーターは即座に回数を刻んでいき、すぐに34階へと到達した。

 私はエレベーターを降り、テスタールームへ入るためのゲートを潜るために受付証使うと、77番と書かれているテスタールームを探し始めた。


「ありました。ここが私のテスタールームですね」


 77番のテスタールームを見つけると、再び受付証をスキャンして中へと入る。

 中はダイブ用神経接続VR機器とベッド、そして小さめのクローゼット、それにマイクの置かれた小さな机だけという簡素な佇まいだった。クローゼットの中を確認すると、簡易的なルームウェアが上下数着用意されていた。

 風呂やトイレ、食堂と言ったスペースは各階に共用で備え付けられているらしく、そちらを使って一週間のテスト生活を行うらしい。

 現在時刻は9時。まだテスト開始までは1時間ほど時間がある。食堂やトイレなどをチェックしてきた方がいいかもしれない。


「しかし聞いてはいましたが、自室への入場にも受付証がいるのですね。しっかり首から掛けて無くさないように注意しないと……」


 そう言いながら下着などの入った荷物を置いて自室を出ると、私は食堂らしき共用スペースへと向かった。食堂にはケースが所狭しと並べられており、中には食品が並んでいた。あとはそれをレンジで温めて自由に食べろということらしかった。


「作りたてとは行かないか……まぁ各階に備え付けられているらしいからそんなものかな」


 まだ開場して人が疎らな食堂で一人呟きながら食堂をあとにしてトイレへと向かった。


 トイレには5個の個室が設けられていて、中には洋式便座が並ぶ。小便器の類は無かった。

 これがどうやら階の端と端とで2箇所あるらしい。


 そして北側のトイレの隣にはシャワールームがあった。

 6個のシャワー室が並んでいて、バスタオルや部屋にもあった着替え用のルームウェアの他、各種アメニティが置かれていた。


「事前の説明通り、アメニティも充実してるんですね」


 再びそんな独り言を漏らし、シャワールームをあとにすると私は自室へと戻った。


「まずはマシンが動くかどうか確認しとかないとな……!」


 いざテストが始まった時に、不運にも不具合持ちのVR機器を引いていたとなっては、スタートダッシュに出遅れてしまう。それだけは避けたかった。

 私はベッドに横になると、VR機器を頭部へと装着。

 視界にはインストールされたアプリケーションが表示される。


 ツヴァイトレアルの他にテスト用とばかりにあったトランプゲームを選択すると、ダイブを開始。問題がなくダイブできていることを確認すると、私はVR機器を頭部から外した。


「テスト開始まであと10分か……」


 ベッドに横になってスマホで時間を確認する。

 5分前になったとき、ツヴァイトレアルに重いアップデートがあっては大変だということに気付いた私は、すぐにツヴァイトレアルのアプリを立ち上げた。

 ランチャーが立ち上がり、アップデートが開始される。

 しかし思っていたよりも簡単にアップデートが終わり、ログイン待機状態となった。


「もうログインはできるのかな?」


 私は試しにログインしてみることにした。

 あらかじめ登録してあるIDとパスワードを入れてログイン開始。

 ログインは問題なく完了したようで、ゲーム開始ボタンを押すだけでダイブが開始できる状態になった。


 そうこうしている内に時間となった。


「よし! ゲーム開始!!」


 時間ピッタリとなったことをスマホで確認すると、私はゲーム開始ボタンを押した。

 視界が暗転し、明るい白い閃光のようなエフェクトが出現すると、


「ツヴァイトレアルへようこそ!」


 という声と共に、ツヴァイトレアルのPRキャラクターであるもふもふ狸のモフートが画面内に飛び跳ねるように登場。


「やぁやぁみんな。今日からこのツヴァイトレアルの世界で生きていくわけだけど、準備はいいかな? まずは君たちがどんな容姿をしているかを教えてもらえるかな? リアルと同じ姿にしたい場合はそういう設定もあるよ。まずは髪の色からだ」


 モフートに言われるがまま、私は金髪碧眼の美少女にすることに決めていたので、そのように設定していく。髪型はロングのストレートにした。

 別に黒髪ボブカットというリアルでの容姿が気に入っていないというわけではないが、態々ゲームで現実と同じ容姿にするのは個人的に憚られた。

 ちなみに性別は現実と同じもので固定されているのがツヴァイトレアルの仕様だ。変更することは出来ない。


 容姿の設定を終えると、初期の服装にフードを被った服があったのでそれを選ぶ。

 そして初期のクラスやスキルを決める段階になった。


 クラスは警察官、一般市民、冒険者、商人、教会員、王族、魔族などから選べるようだ。

 警察官には予め強力な武器である拳銃が与えられるが、しかし日中は仕事で街の外に出ることは出来ないというように、各クラスごとに特色や縛りがあった。


 私は魔族という言葉に惹かれ、スタート地点が始まりの街から徒歩で1時間ほど離れた森であるそれを選ぶことに決めた。街へは装備を整える為に訪れることになるだろうが、1時間であればそう大したデメリットにはなるまい。


「それじゃあ所持品とスキルを選んでね」


 魔族の初期装備は長剣か弓矢とのことだったので、長剣を迷うことなく選択。

 弓矢は矢が尽きた時に、街に着くまで困るだろうと思ったからだ。

 スキルは初級魔術と片手剣スキルの他、ありとあらゆるスキルが選択肢にあった。

 ざっと見回したところ、有用そうなスキルを見つけたので私はそれを選択した。

 私が選択したスキルは気配遮断だ。


 人や動物などに見つからず行動ができるようになる。

 無論攻撃動作などを行えば気配が露出することになるが、それさえ行わなければほぼ完全なハイドを行えるというわけだ。無論、このハイドに対策するスキルも存在する。

 しかし、初期スキルで対ハイドスキルであるディヴァインライトを習得するというのもとてもコストが高い行動に思えた。他に有用そうなスキルが腐る程あるからだ。


 だからこそ気配遮断は序盤で最有用スキルとなる可能性を私は見出したのだ。

 もし万一、魔族だからという理由で街の入口で足止めを食うことが起こり得るとすれば、それへの対策としても良いだろう。


 準備は整った。

 私はキャラクリの終了ボタンを押した。


「はいはーい。じゃあこれで本当に良いかな?」


 キャラクリで決定した事項が一覧で表示される。


 名前:セージ

 クラス:魔族

 所持品:長剣

 初期スキル:気配遮断

 etc……。


 モフートに確認され、私はキャラクリ最終確認に『はい』ボタンを押した。


「おっけー! じゃあここから2番めの君の人生の始まり始まり~!」


 モフートが画面から消え、キャラクリ画面から世界が暗転する。

 そうして数秒して、私は明るい昼間の森にぽつんと投げ出された。

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