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───空中銀花は、地球という星の気候と混ざり合い、ある奇跡を産み落とす。
***〈疎開民〉一花いのりの場合***
黒く長い艶めいた黒髪をリボンでポニーテールにまとめあげた少女──一花いのりは、今日も青い粒子に覆われた空を見上げる。空はいつも通り、青かった。
「いのり! いつまで外出てるの! 家に戻りなさい!」
「はーい、ごめんなさーい!」
彼女の一家は《天使》たちの《選別》が行われてそうそうに、実家のあるとある田舎に疎開した。しかし、元いた場所よりはBP濃度は低いとはいえ《怪化》の恐怖から完全に逃れることはできない。それに耐える日々は続いている。特に彼女の母親などは青い粒子に怯えて家から一歩も外に出ないようになった上に、家の中でもゴーグルとマスクを外さなくなってしまった。明るかった性格も変わってしまい、外に出る娘を叱責するのが日常になった。が、いのりはどうしてもこの青い粒子が嫌いになれなかった。だからこうして母親の目を盗んでは外に出て空を見上げている。
「ほんとにこの娘は……出ちゃだめって言ってるでしょ!!!」
「ごめんなさい……でも──」
「でもじゃないッッ!!!! 汚染された空気に触れないで! さっさとシャワー浴びてきなさい!!!」
母親はゴーグルとマスクを着けたまま半分ヒステリックにいのりを叱り付ける。いのりは不服だった。誰があれが悪いものだと決めたというのだ。
(私は、天使に会ってみたい……)
いのりはそう思うのだった。
***
「いのり、今日は父さんと一緒に出ないか? 予報によるとBP値が低いんだ。危険は少ないよ」
いのりの父親は母親と違って理解がある方だった。普段は仕事に行っているが、その日は休みらしかった。いのりは快く承諾する。玄関まで来ると、母親が後を追ってやってくる。
「私は嫌よ! いのり行かないで!」
「お母さん、ごめんなさい。でも私外に出たいの」
「そういうことだ。お前は家で待ってなさい」
「あなたねぇ! もう──!!!!!」
金切り声をあげる母親をよそに、いのりの胸は高鳴っていた。玄関を開け、外に出て車庫に行く。そして停めてある父親の車の助手席に乗り込む。父親はエンジンをかけ、慣れたハンドル捌きで車を発進させる。しばらく車を走らせる父親がふと口を開いた。
「すまないな、いのり。不自由な思いをさせて。俺がちゃんと母さんを見てやれたらいいんだが……」
「いいの、お父さんが頑張ってるの知ってるから」
「そうか、ほんとにありがとう。いのり──今日は山菜採りにでも行くか」
「うん!」
近くの山林に着くと、早速いのりは山菜を探し始めた。父親のあまり遠くに行くなよ、という言葉を受けてできるだけ近場で。久しぶりに山の空気を吸い、良い気分になる。鼻歌を歌いながら歩いていく。しばらくすると、山林の中のギャップに辿り着く。切り株に光が差し込んでいる。いのりはそこに座って一息ついて空を見上げた。相変わらず薄青い空である。すると、青い粒子が目の前で渦を巻くように回転し始める。回転は周りの粒子を巻き込んで大きくなっていく。いのりは底から目を離せない。粒子はどんどん濃くなっていき、やがて人の形を成していく。美しい顔が形成され、首、胴体、両腕、両足と回転しながら創られていった。
やがて、いのりの目の前には、青白いワンピースを着た女の子が立っていた。彼女は眠そうに目を擦る。いのりは思わず聞かずにはいられなかった。
「もしかして、あなた、天使?」
「……天使? なにそれ」
少女は欠伸をしながら、眠そうに答えた。いのりは内心がっかりしたが、構わずに続けて質問する。
「名前は? あなた、なんて言うの?」
「名前──わからない。あなたが決めてよ」
「私が……?」
いのりは決めてと言われて、不思議な気持ちになる。ぱっと心に浮かんだ言葉を口にする。
「──アオイ。アオイはどうかな……?」
「アオイ……うん、いい名前。それにする」
「おーい! いのり!」
唐突に父親の声が聞こえて、姿が見える。と同時に少女──アオイは霧散するように消えた。
「あっ! 待って!」
いのりは手を伸ばして制止しようとするが、青い粒子の残滓に触れただけで、感触はなかった。
「いのり、どうしたんだ? 誰と話してたんだ?」
「待って、お父さん──ねぇ、この人私のお父さんなの。悪い人じゃないよ! ねぇ!」
その言葉が届いたのか、再び青い粒子が集まって、アオイが形成される。目を開けたアオイは品定めするように父親を観察する。
「……なんだ……? どういうことなんだ? いのり、説明してくれ」
いのりは戸惑う父親に先程の経緯を説明する。父親は、時々相槌をうちながら、考え込むように腕を組んでいる。話し終えると、父親が口を開く。
「なるほどな、この子は青い粒子から生まれた、存在。《怪化》した人間とは違うというわけか……」
「そうなの、だから──」
父親は、頷く。
「いいか、母さんには内緒だ。これは村の人間にもだ。わかったな、いのり」
「──うん、わかってる」
こうして、一花いのりは、父親とともに重大な秘密を抱えることになった。
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