コーヒーがのめない

緋盧

コーヒーがのめない

最近、近所にひっそりとした、雰囲気の良い喫茶店ができた。


店の入口のどこか古めかしい感じや、その敷地面積から想像するに、店内はそこまで広くないと思う。


しかし、どうも興味をひくのは、喫茶店のドアの郵便うけの隙間からさえ流れてくるコーヒーの豊潤な香りだ。


ここの豆はうまいんだぞというのを、こちらにひしひしと感じさせてくる。


私は特段コーヒーが好きというわけではないし、むしろ甘党のため、砂糖やミルクをなげいれなくては飲むことすら叶わない。


ただ、この身近に訪れた自分の成長のチャンスに心が踊らないわけがなかった。




木製モビールが軽やかな音で歓迎する中、入店。


店内は想像通り、カウンター3席、テーブル2席とこじんまりしている。


だからこそだろうか。充満したコーヒーの香りはこれまで以上に身体の内側にまで流れ込んでくる。


「いらっしゃい。」


声をかけられてハッとする。店主だろうか。


「そこのカウンターで良かったかな?」


白いひげを蓄えたいかにもという店主が席に案内する。


「はい。メニュー表だよ。」


メニュー表は裏表の作りで、表面にはお店の看板メニューなのであろうコーヒーがのっていた。コーヒーというだけでも、これほどまでに色んな種類があるのかと驚いてしまう。



「わぁ!!」



思わず声をあげてしまった。裏面、そこにはコーヒーなんて霞んでしまうような色とりどりのパフェやケーキがのっていた。


「あたし、このショートケーキ、ください!!!」


さっきまでの背伸びした気持ちは、ふっと消え去り、頭の中がショートケーキという何ともおめでたい響きでいっぱいになる。


店主は奥の部屋に下がると、食器のかちゃかちゃという音をさせていた。


「あ、こーひー。」


ふと漂ってくる香りが、私の頭にコーヒーのことを思い出させる。そういえば、目的をもってこの店に入ったはずだった。


しかし、握りしめてきた小銭は一番大きな硬貨一枚である。ケーキかコーヒー、どちらか一つ頼むことができても、二つを同時に注文することはできない。


おずおずとしているうちに、ケーキが机の上におかれていた。


「はい。ショートケーキだよ。」


ふわりと漂ってくる優しいクリームの香りと、上にのった新鮮な真っ赤な苺の香りが次々と流れ込んでくる。


「い、いただきます!」





口にケーキを運んだ時には、甘酸っぱさが身体を満たしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コーヒーがのめない 緋盧 @4n2u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ