アボイド・クライシス〜前世で幸せになれなかった俺が村の看板娘と結婚しちゃってもいいんですか?〜

ただの通りすがり

第1話 始まり、それは終わりの始まりでもある

大学受験に失敗した。


都内に住む18歳の男、三島涼平は大学受験に向けて人並み以上の勉強をしてきた。


が、受験の15日前になって、突然両親が大量の借金を残して蒸発していった。


自分で言うことではないのかもしれないが、実家はそこそこお金があると思っていた。


父親は起業家。IT関係の仕事に携わっている。母親は社長である父親の秘書。


昔からお小遣いが欲しいと言えば、欲しい分だけくれるような両親だ。なので尚更、大量に借金を作っていた理由がわからなかった。


が、原因はすぐに明白になった。

後日、税務署の人間が家に訪ねてきた。父親は巨額な脱税を行っていたようだ。受験のことばかりだった俺には税金の話とかはよく分からない。もう考えるのも面倒になった。


さらに後日、闇金が取り立てに来たのだ。話を聞くと、両親共に、繋がりのあった会社の人らにうまい話を持ち出され、まんまと詐欺に遭い、そして闇金からとんでもない額の借金を背負わされてしまったわけだ。


そして俺は、蒸発した両親の代わりに殴られ、「働くか死ぬかを選べ」と言い残して帰っていった。


「嘘だろ…どうすりゃいいんだよ借金なんて。俺に返せるわけねぇだろうが」


テーブルの上には置き手紙があったので、読んでみる。


『すまない、涼平。俺たちの人生は詰んだも同然だ。俺たちは何らかの手段を使って海外へ行くつもりだ。父さんたちはお前に自由にさせてきただろう?これ以上は面倒見切れそうにないから、お前はお前で逞しく生きろ。』


おいおい、それはないだろう。まさに勝手に死ねと言っているようなものだ。騙されたのはともかく、脱税まで行っていただと?


この出来事は最初の試験の15日前。もちろんこの状況下で勉強に集中出来るはずもなかった。


もうじき俺はこの家から出て自分自身を売るか放浪しなければならなかった。


(もう詰んじまったな…)


残り15日はもはや勉強をしていたかどうかも忘れた。机に座ってただぼーっとしているか、通信を止められたスマホの画面を眺めるだけ。


それかとてつもなく情けない顔で口をぱくぱく開けながらオ○ニーをして15日を過ごしていただろう。

だが、一気に絶望へと急降下していったことにより俺の息子も機能は停止している。ふにゃふにゃになったままの息子をいじくり回しているだけだ。


そしてスマホの充電も途中から尽きてしまった事により、真っ暗な画面には、目元にはクマだらけで、無精髭ぶしょうひげを伸ばしっぱなしにした情けない顔が映った。


受験料に関しては、詐欺に遭う前に払ってあったので、とりあえず大学を受けた。


こんな状況で試験場まで向かったのは何故なのか分からない。何かしら希望を求めて外に出たのだろう。


受かったところで入学金なんて払えるはずもないが、もしかしたら特待生になることが出来れば免除されるかもしれないとか、淡い期待でも抱いていたんだと思う。


そして5個の大学を受けたわけだが、両親が蒸発してからの15日間、まともに勉強していない俺が受かるはずもなく、当然のように落ちた。次もまた落ちた。その次も落ちた。落ちた。落ちた。また落ちた。落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた。


ただ『落ちた』という言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。

もはや両親が蒸発した事さえどうでもよくなるほど、俺の精神は壊れていた。


俺は自分の運命を呪った。バカな両親のせいで自分まで苦しめられることになる。この先、自分に自由はないのだと悟ったが、この憎悪をどこに向ければいいのかも分からない。


そして俺は眠ることすらできなくなり、食わず寝ずの生活を何日か過ごしていた。


小説や漫画みたいな感じで、『これこそ人生だ』と胸を張って言えるような人生を送りたい。


思えば俺は、それほど両親には愛されていなかったのだろう。

必要な分だけお小遣いをくれると言ったが、それは両親共に仕事で帰ってくるのが遅いから食事代及び必要最低限の生活費を幼い頃から渡されていただけだ。


遊びに連れて行ってもらったこともなければ、小学校の運動会だって来てくれたことは一度もない。


学校で描いた絵や、頑張って作った図工の作品を見せても興味は示さない。学校の成績だけはよく聞いてきたものだが。


うちの両親は平気で息子との関係を切るような薄情者だ。もし俺に来世があるとして、生まれ変わって結婚できたとしたら、絶対に子供の事を全力で愛そう。


「あぁ…クソみたいな人生だ」


そう吐き捨てた直後、激しい睡魔に襲われ、何も考えることが出来なくなり、目の前が真っ暗になった。


◆◆◆◆◆


目を覚ますと、そこには見慣れた光景が目には映らなかった。なぜか自分は、寝心地の良いふかふかな布の上で横たわっていた。


昨晩は睡魔に襲われ、そのまま顔を机に突っ伏したまま寝たはずなのだが。


いつもの自分の部屋は部屋は壁も天井も白いはずだが、見渡せば壁も天井も茶色っぽい。


(これは…木製の家か?)


そして照明は、見慣れたLEDシーリングライトではなく、ランタンの灯りである。


そう疑問に思っていると、二人の男女が俺を見下ろしてきた。


(なんだ?こいつらは)


俺が寝ている間に誰か親戚が引き取りにでも来てくれたのかと思ったが、見たこともない顔だ。


「************」


(なんて?)


男が喋り始めたが、どこの国の言語だろうか。それとも自分が寝ぼけているだけなのだろうか。


あ、分かったぞ。俺はついに業者の人間に連れられて外国人にでも売り飛ばされたに違いない。


これから毎日、死ぬまで奴隷の身として酷使こくしされるに違いない。ボロ雑巾になるまで。


「*************」


今度は女の方が何語かも分からない言葉で話しかけてきたが、あいにく俺は日本語しか喋れない。


受験では英語を使うわけだから多少英語の勉強はしたが、受験の英語と英会話のための英語は別物だ。なので喋れるかというと、喋れない。だが、そんな俺でも、こいつらの話している言語が英語ではないことはすぐに分かった。


とりあえず、何か言い返しておくか。


そう思って声を出そうとするが、なぜだがうまく声が出ない。

オギャア、オギャアと、まるで赤ちゃんのような泣き声を出すことしかできない。


(おいおい、どうなってんだよこれは…喉を潰されてまともに喋れないようにされたのか?)


いや、違うな。この光景には既視感がある。よく小説や漫画で見るような、所謂いわゆる異世界転生だ。


(まさか俺、寝たわけじゃなくて死んじまったのか?)


受験に落ちてから食わず寝ずの生活を続けたから栄養失調か?それとも全然眠れていないのも相まって過労死か?


どちらにせよ、死因なんてどうでもいい。むしろ転生したならしたで良いんじゃないか?


前の人生では彼女に浮気されたし、受験シーズンに入ってからは関わる友人も段々減っていっていたからな、未練はもうない。


まあ、転生したところで、第二の人生で幸せになれるかなんて保証はないが。


でも、夢を見ている可能性だって十分にある。現実逃避ってやつだろうか。


「*************」


(あぁもう!こっちは何を話してるかも分かんないっての)


女は何かを喋った後、俺を抱き上げた。

女の顔を見るに、歳は20代後半くらいだろう。


(この人が俺の…新しい母親なのか?)


母親と思わしきその女性の特徴は赤みがかかった明るめの茶髪で、木製のヘアクリップを使ってポニーテールにしている。ポニーテールの高さはミディアムといったところか。


父親の顔を見ると、見た目は、体格はがっちりしていて、髪型はベリーショートで、前髪を上げている。こちらも赤みがかかった茶髪だ。


とりあえず言語が分からないのは不便だ。「何語喋ってるんだよ!」と問いかけようとしてみたが、やはり、オギャア、オギャアと、赤ちゃんの泣き声のような声しか出せない。


まぁ、言い返したところで日本語が通じるはずもないのだけれど。


人間の脳は成長すればするほど自然と言語や知識を身につける。これは考えなくてもわかる事だ。


つまり、今は対話は言語についてはあまり気にしなくても良い。いずれは自然と言葉がわかるようになるだろうから、今は対話をする事は諦めよう。


それよりも、泣いてばかりいるせいか、疲れてしまった。

そして段々、睡魔に襲われていった。


(頼むから、あんな現実には引き戻さないでくれ…どうせならこのまま新しい世界で生きていきたい)


神様がきっと俺に第二のチャンスをくれたのだと俺は思っている。


母親らしき女性に抱っこされたまま、俺は眠りについた。


◆◆◆◆◆


再び眠りから目を覚ますと、茶色い天井にランタンの灯り。

あぁ良かった、これは夢ではなさそうだ。俺は新しい人生を過ごせるのだろう。


にしても、ここはどこの国だろうか?

少なくとも日本ではないだろう。言語から考えても英語圏ではないだろう。両親と思われる二人の顔を見る限り、ヨーロッパ圏か?


「*************」

「*****」

「*********」


ダメだ、やはり生を受けて間もない俺には二人の話している言語を理解できなかった。


二人とも柔らかい笑みを浮かべていたので悪い話をしているわけではないだろう。


やはり、いきなり転生して赤子の姿になっているわけだから不安がある。


無意識なのか意識的なのかは分からないが、俺はオギャア、オギャア、と泣き始めてしまった。赤子として泣いてしまうのは生命的な本能なのだろう。


すると男は俺のぷにぷになほっぺを優しくつつきながら、今度は視線を俺に向けて言葉を発する。


「…D……ke……kke……Likke……」


デ?ケ?リッケ?何語だろうか。


「Der……ke……」


デル?ケ?やはり分からない。


「Derdolikke」


何度も耳を凝らすうちに、ようやく一つの単語を書きたれた。

デルドリッケ?聞いた事ない単語だな。


「Derdolikke!」


男は、今度は大きめな声でその単語を口に出した。


(?!)


突然のことすぎて、俺はついびっくりした。まさかその、でるどりっけ、というのは俺の名前だろうか?


(少しクセのある変わった名前だな)


言語が分からないので名前の由来ももちろん分からない。

前の世界で異世界転生モノやファンタジーモノはたしなむ程度ではあったが、物語に出てくる登場人物の名前は俺のイメージでは『アレス』とか『エドワード』とか『ルーク』とか、そういった名前のイメージだ。


いや、今の段階でこの世界がファンタジーの世界と断定するのも不自然ではあるか。だが、少なくとも転生して日本以外のどこかに産まれたことには違いない。


(まぁでも、覚えてもらいやすそうだし悪くはないかもな)


せっかく新しい人生で名付けてもらえた名前なのだ。名前を付けてもらう、ということはこの世に存在することの証明になる。


前世で誰かが言ってたっけ、人は忘れられた時に本当に死んでしまうとかなんとか。デルドリッケ、うん、覚えやすそうだ。


日本で生を受けていた頃の、親に存在を否定されたも同然の『リョウヘイ』としての過去はきっぱり捨て去る。今日から俺の名はデルドリッケなのだ。


「***Derdolikke***」

「***!」

「*****!」


相変わらず何言ってるのかは分からないが。二人が楽しそうに話しているから良しとしよう。


(にしても、本当にここはどこの国___)


突然、ガシャンという音が鳴り響いたと同時に、家の中を照らしていた光がプツリと消えた。


「****!!」

「**…***」


どうやら男が盛大によろけてランタンを落として割ってしまったらしい。妻であろう女は男に向かって説教を受けている。男はもちろん言い返せるはずもなく縮こまってしまっている。


どうやら俺の父親は、見た目が厳つい反面、鈍臭い一面があるらしい大学受験に失敗した。


都内に住む18歳の男、三島涼平みしまりょうへいは大学受験に向けて人並み以上の勉強をしてきた。


が、受験の15日前になって、突然両親が大量の借金を残して蒸発していった。


自分で言うことではないのかもしれないが、実家はそこそこお金があると思っていた。


父親は起業家。IT関係の仕事に携わっている。母親は社長である父親の秘書。


昔からお小遣いが欲しいと言えば、欲しい分だけくれるような両親だ。なので尚更、大量に借金を作っていた理由がわからなかった。


が、原因はすぐに明白になった。

後日、税務署の人間が家に訪ねてきた。父親は巨額な脱税を行っていたようだ。受験のことばかりだった俺には税金の話とかはよく分からない。もう考えるのも面倒になった。


さらに後日、闇金が取り立てに来たのだ。話を聞くと、両親共に、繋がりのあった会社の人らにうまい話を持ち出され、まんまと詐欺にい、そして闇金からとんでもない額の借金を背負わされてしまったわけだ。


そして俺は、蒸発した両親の代わりに殴られ、「働くか死ぬかを選べ」と言い残して帰っていった。


「嘘だろ…どうすりゃいいんだよ借金なんて。俺に返せるわけねぇだろうが」


テーブルの上には置き手紙があったので、読んでみる。


『すまない、涼平。俺たちの人生は詰んだも同然だ。俺たちは何らかの手段を使って海外へ行くつもりだ。父さんたちはお前に自由にさせてきただろう?これ以上は面倒見切れそうにないから、お前はお前でたくましく生きろ。』


おいおい、それはないだろう。まさに勝手に死ねと言っているようなものだ。騙されたのはともかく、脱税まで行っていただと?


この出来事は最初の試験の15日前。もちろんこの状況下で勉強に集中出来るはずもなかった。


もうじき俺はこの家から出て自分自身を売るか放浪しなければならなかった。


(もう詰んじまったな…)


残り15日はもはや勉強をしていたかどうかも忘れた。机に座ってただぼーっとしているか、通信を止められたスマホの画面を眺めるだけ。


それかとてつもなく情けない顔で口をぱくぱく開けながらオ○ニーをして15日を過ごしていただろう。

だが、一気に絶望へと急降下していったことにより俺の息子も機能は停止している。ふにゃふにゃになったままの息子をいじくり回しているだけだ。


そしてスマホの充電も途中から尽きてしまった事により、真っ暗な画面には、目元にはクマだらけで、無精髭ぶしょうひげを伸ばしっぱなしにした情けない顔が映った。


受験料に関しては、詐欺に遭う前に払ってあったので、とりあえず大学を受けた。


こんな状況で試験場まで向かったのは何故なのか分からない。何かしら希望を求めて外に出たのだろう。


受かったところで入学金なんて払えるはずもないが、もしかしたら特待生になることが出来れば免除されるかもしれないとか、淡い期待でも抱いていたんだと思う。


そして5個の大学を受けたわけだが、両親が蒸発してからの15日間、まともに勉強していない俺が受かるはずもなく、当然のように落ちた。次もまた落ちた。その次も落ちた。落ちた。落ちた。また落ちた。落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた。


ただ『落ちた』という言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。

もはや両親が蒸発した事さえどうでもよくなるほど、俺の精神は壊れていた。


俺は自分の運命を呪った。バカな両親のせいで自分まで苦しめられることになる。この先、自分に自由はないのだと悟ったが、この憎悪をどこに向ければいいのかも分からない。


そして俺は眠ることすらできなくなり、食わず寝ずの生活を何日か過ごしていた。


小説や漫画みたいな感じで、『これこそ人生だ』と胸を張って言えるような人生を送りたい。


思えば俺は、それほど両親には愛されていなかったのだろう。

必要な分だけお小遣いをくれると言ったが、それは両親共に仕事で帰ってくるのが遅いから食事代及び必要最低限の生活費を幼い頃から渡されていただけだ。


遊びに連れて行ってもらったこともなければ、小学校の運動会だって来てくれたことは一度もない。


学校で描いた絵や、頑張って作った図工の作品を見せても興味は示さない。学校の成績だけはよく聞いてきたものだが。


うちの両親は平気で息子との関係を切るような薄情者だ。もし俺に来世があるとして、生まれ変わって結婚できたとしたら、絶対に子供の事を全力で愛そう。


「あぁ…クソみたいな人生だ」


そう吐き捨てた直後、激しい睡魔すいまに襲われ、何も考えることが出来なくなり、目の前が真っ暗になった。


◆◆◆◆◆


目を覚ますと、そこには見慣れた光景が目には映らなかった。なぜか自分は、寝心地の良いふかふかな布の上で横たわっていた。


昨晩は睡魔に襲われ、そのまま顔を机に突っ伏したまま寝たはずなのだが。


いつもの自分の部屋は部屋は壁も天井も白いはずだが、見渡せば壁も天井も茶色っぽい。


(これは…木製の家か?)


そして照明は、見慣れたLEDシーリングライトではなく、ランタンの灯りである。


そう疑問に思っていると、二人の男女が俺を見下ろしてきた。


(なんだ?こいつらは)


俺が寝ている間に誰か親戚が引き取りにでも来てくれたのかと思ったが、見たこともない顔だ。


「************」


(なんて?)


男が喋り始めたが、どこの国の言語だろうか。それとも自分が寝ぼけているだけなのだろうか。


あ、分かったぞ。俺はついに業者の人間に連れられて外国人にでも売り飛ばされたに違いない。


これから毎日、死ぬまで奴隷の身として酷使こくしされるに違いない。ボロ雑巾になるまで。


「*************」


今度は女の方が何語かも分からない言葉で話しかけてきたが、あいにく俺は日本語しか喋れない。


受験では英語を使うわけだから多少英語の勉強はしたが、受験の英語と英会話のための英語は別物だ。なので喋れるかというと、喋れない。だが、そんな俺でも、こいつらの話している言語が英語ではないことはすぐに分かった。


とりあえず、何か言い返しておくか。


そう思って声を出そうとするが、なぜだがうまく声が出ない。

オギャア、オギャアと、まるで赤ちゃんのような泣き声を出すことしかできない。


(おいおい、どうなってんだよこれは…喉を潰されてまともに喋れないようにされたのか?)


いや、違うな。この光景には既視感がある。よく小説や漫画で見るような、所謂いわゆる異世界転生だ。


(まさか俺、寝たわけじゃなくて死んじまったのか?)


受験に落ちてから食わず寝ずの生活を続けたから栄養失調か?それとも全然眠れていないのも相まって過労死か?


どちらにせよ、死因なんてどうでもいい。むしろ転生したならしたで良いんじゃないか?


前の人生では彼女に浮気されたし、受験シーズンに入ってからは関わる友人も段々減っていっていたからな、未練はもうない。


まあ、転生したところで、第二の人生で幸せになれるかなんて保証はないが。


でも、夢を見ている可能性だって十分にある。現実逃避ってやつだろうか。


「*************」


(あぁもう!こっちは何を話してるかも分かんないっての)


女は何かを喋った後、俺を抱き上げた。

女の顔を見るに、歳は20代後半くらいだろう。


(この人が俺の…新しい母親なのか?)


母親と思わしきその女性の特徴は赤みがかかった明るめの茶髪で、木製のヘアクリップを使ってポニーテールにしている。ポニーテールの高さはミディアムといったところか。


父親の顔を見ると、見た目は、体格はがっちりしていて、髪型はベリーショートで、前髪を上げている。こちらも赤みがかかった茶髪だ。


とりあえず言語が分からないのは不便だ。「何語喋ってるんだよ!」と問いかけようとしてみたが、やはり、オギャア、オギャアと、赤ちゃんの泣き声のような声しか出せない。


まぁ、言い返したところで日本語が通じるはずもないのだけれど。


人間の脳は成長すればするほど自然と言語や知識を身につける。これは考えなくてもわかる事だ。


つまり、今は対話は言語についてはあまり気にしなくても良い。いずれは自然と言葉がわかるようになるだろうから、今は対話をする事は諦めよう。


それよりも、泣いてばかりいるせいか、疲れてしまった。

そして段々、睡魔に襲われていった。


(頼むから、あんな現実には引き戻さないでくれ…どうせならこのまま新しい世界で生きていきたい)


神様がきっと俺に第二のチャンスをくれたのだと俺は思っている。


母親らしき女性に抱っこされたまま、俺は眠りについた。


◆◆◆◆◆


再び眠りから目を覚ますと、茶色い天井にランタンの灯り。

あぁ良かった、これは夢ではなさそうだ。俺は新しい人生を過ごせるのだろう。


にしても、ここはどこの国だろうか?

少なくとも日本ではないだろう。言語から考えても英語圏ではないだろう。両親と思われる二人の顔を見る限り、ヨーロッパ圏か?


「*************」

「*****」

「*********」


ダメだ、やはり生を受けて間もない俺には二人の話している言語を理解できなかった。


二人とも柔らかい笑みを浮かべていたので悪い話をしているわけではないだろう。


やはり、いきなり転生して赤子の姿になっているわけだから不安がある。


無意識なのか意識的なのかは分からないが、俺はオギャア、オギャア、と泣き始めてしまった。赤子として泣いてしまうのは生命的な本能なのだろう。


すると男は俺のぷにぷになほっぺを優しくつつきながら、今度は視線を俺に向けて言葉を発する。


「…D……ke……kke……Likke……」


デ?ケ?リッケ?何語だろうか。


「Der……ke……」


デル?ケ?やはり分からない。


「Derdolikke」


何度も耳を凝らすうちに、ようやく一つの単語を書きたれた。

デルドリッケ?聞いた事ない単語だな。


「Derdolikke!」


男は、今度は大きめな声でその単語を口に出した。


(?!)


突然のことすぎて、俺はついびっくりした。まさかその、でるどりっけ、というのは俺の名前だろうか?


(少しクセのある変わった名前だな)


言語が分からないので名前の由来ももちろん分からない。

前の世界で異世界転生モノやファンタジーモノはたしなむ程度ではあったが、物語に出てくる登場人物の名前は俺のイメージでは『アレス』とか『エドワード』とか『ルーク』とか、そういった名前のイメージだ。


いや、今の段階でこの世界がファンタジーの世界と断定するのも不自然ではあるか。だが、少なくとも転生して日本以外のどこかに産まれたことには違いない。


(まぁでも、覚えてもらいやすそうだし悪くはないかもな)


せっかく新しい人生で名付けてもらえた名前なのだ。名前を付けてもらう、ということはこの世に存在することの証明になる。


前世で誰かが言ってたっけ、人は忘れられた時に本当に死んでしまうとかなんとか。デルドリッケ、うん、覚えやすそうだ。


日本で生を受けていた頃の、親に存在を否定されたも同然の『リョウヘイ』としての過去はきっぱり捨て去る。今日から俺の名はデルドリッケなのだ。


「***Derdolikke***」

「***!」

「*****!」


相変わらず何言ってるのかは分からないが。二人が楽しそうに話しているから良しとしよう。


(にしても、本当にここはどこの国___)


突然、ガシャンという音が鳴り響いたと同時に、家の中を照らしていた光がプツリと消えた。


「****!!」

「**…***」


どうやら男が盛大によろけてランタンを落として割ってしまったらしい。妻であろう女は男に向かって説教を受けている。男はもちろん言い返せるはずもなく縮こまってしまっている。


どうやら俺の父親は、見た目が厳つい反面、鈍臭い一面があるらしい。


先が思いやられそうな二人だな…と思っていたとき、

一瞬、目を疑うような光景を目にしてしまった。


「**********」


男が何かを唱えるような身振りを取りながら言葉を口にした瞬間、床に砕け散っていたガラスの破片が一斉に集まり、元の姿へと形を形成し、もう一度家の中に明かりを灯した。


(俺の…見間違いか?)


今、魔法を使っているように見えた。もし今のが『修復魔法』だとしたら、この世界は魔法が存在する、異世界に違いない。


魔法なんて前の世界の人間にとっては夢のようなものだ。空想上のものだからこそ、人間は魔法やファンタジーに憧れる。もちろん俺も魔法の世界には胸を躍らせていた時期もあった。


(ということは、俺も成長すればいずれは魔法を使いこなせるのか?)


そうとなれば、この世界の秩序についてもっと知っておくべきだろう。外の世界はどうなっているのか。魔法以外に、剣技も発達しているのだろうか。人間以外の種族がいるのだろうか。


何よりも、この世界での俺の両親は、俺のことを愛してくれるだろうか。俺自身は幸せな家庭を築くことができるだろうか。


(これは試す他ないな)


俺は胸に期待と夢を膨らませ、眠りについた。


◆◆◆◆◆


それから、10年の年月が過ぎた。


10年もこの世界で過ごしたから、この世界での言語はもう習得済みだ。


「リッケ〜!おはよう!よく寝れた?」

「うん、よく寝れたよ、母さん!」


母親が寝起きの俺に抱きつく。


「おう、リッケ。今日の朝ごはんは目玉焼きにベーコンだ。焼きたてだから冷めないうちに食べとけよ!」

「おはよう、父さん!今日の朝ごはんも美味しそうだね!」

「だろう!」


俺は両親からしっかり愛を注がれて生きてきた。二人ともいい人だ。


母親の名はフローラ・ファルティジア。そして父親の名前はブライス・ファルティジア。二人共、今年で34になるようだ。


母は飾り気のない、明るい性格である。家で家事をしていることが多い。父親は村の護衛兵の教官をしていて、今日は休みのようだ。


そして俺の名はデルドリッケ・ファルティジア。両親や村の人からは『リッケ』という愛称で呼ばれている。


10歳になった俺はいくつかの情報を入手できた。これまで分かったことを簡単にまとめると、


・この世界は異世界である

・この世界では魔法が当たり前のように使える

・この村は王都から遠く離れた村で、村の名前は『ルーロ村』というらしい

・俺は両親にちゃんと愛され、大事に育てられてきた

・村には大きい宗教団体があり、外から来た者をこころよく思っていない


こんな感じだ。この村が外界からの人間を受け付けない理由は分からないが、そのせいで外界の情報を全く知らない。村には文化や芸術、歴史などに関する書物がほとんどない。

そのせいか、10年も生きているというのに、まともにこの村について何も知ることができていな。


(今日は何を調べようか…)


とにかく、ここ最近は、なぜ村の人間が外界の人間を嫌うのか、手がかりが欲しかった。単純な好奇心だった。


「リッケ、さっきから神妙な顔をしてるが、何かあったのか?」


目玉焼きを食べているとき、父親からそう言われたので、俺は一つ質問をしてみた。


「父さん、なんでこの村は他の村の人達をいつも追い返すの?」


俺が疑問を口にした途端、ピリついた空気が流れる。


「リッケ、お前は知らなくていい」

「な、なんで?」

「とにかく、お前はその考えを絶対村の人たちに言っちゃダメだからな」

「う、うん」


(おいおい、どういうことだ)


この話題はタブーに触れるらしい。この村には知られてはいけないことでもあるのか?


いつもは笑顔を見せていた両親の顔からは考えられないような表情を見せてきたから、俺はこの話題をしないように気をつけようと思った。



◆◆◆◆◆


朝ごはんを済ませた俺はこの村の散策を行うことにした。この村は結構広い。どれほどの広さなのかはまだ断定できないが、俺が調べきれていない洞窟や建物がまだまだある。


さあ、今日はどこを調べようか。


そう考えていると、後ろから声が聞こえてきた。


「リッケ!」


振り返るとそこには、同じ村に住む幼馴染の、ユーベルがいた。


ユーベルは村の長老の孫であり、天真爛漫てんしんらんまんな性格なので、村の看板娘のような存在だ。小柄で、見た目はパッチリとした目に、綺麗な黒髪のショートカット、サイドは編み込んである。


「ユーベル」

「リッケ、あーそぼ!」

「今日は行きたいとこがあるから…」

「じゃあ私も行く!」

「ダメ!大事なことなんだ」

「うぅ、最近のリッケ、つまんない!」


ユーベルが泣きそうな顔になる。

まずい、と思った俺は


「ユーベル、あとで遊ぼうね」


と言い、頭を撫でると、


「ほんと?絶対だよ、えへへ」


と喜んでくれた。笑った顔は女神そのものだ。


転生し、村で可愛い幼馴染ができる、なんて物語の中でしかあり得ないと思っていたが、案外そうでもないらしい。


「ユーベルは私と結婚するんだからね!だから私との約束は破っちゃダメだよ!」

「けっ結婚??」

「リッケは私のものだから!」

「う、うん」


そんな村の看板娘に結婚まで迫られてしまっている。と言っても、所詮は子供の会話だ。大人になればきっと、自然と俺から離れていってしまうのだろう。そう考えると寂しくなる。


ユーベルは同い年でよく遊んだりしているから仲はいい。けれど、最近は構ってあげられなかったな。


ここ数日、村のあらゆるところを散策しているが、特に成果は得られなかった。たまには羽を伸ばすのも大事だろう。散策が終わったら約束通りユーベルと遊ぼう。


(でも、将来本当にユーベルと幸せな家庭を築きたいな…って何考えてんだ俺は)




_____だが、村に戻ると、どこを探してもユーベルの姿は無かった。村の人間に聞いても誰一人ユーベルの居場所を知らなかった。


先が思いやられそうな二人だな…と思っていたとき、

一瞬、目を疑うような光景を目にしてしまった。


「**********」


男が何かを唱えるような身振りを取りながら言葉を口にした瞬間、床に砕け散っていたガラスの破片が一斉に集まり、元の姿へと形を形成し、もう一度家の中に明かりを灯した。


(俺の…見間違いか?)


今、魔法を使っているように見えた。もし今のが『修復魔法』だとしたら、この世界は魔法が存在する、異世界に違いない。


魔法なんて前の世界の人間にとっては夢のようなものだ。空想上のものだからこそ、人間は魔法やファンタジーに憧れる。もちろん俺も魔法の世界には胸を躍らせていた時期もあった。


(ということは、俺も成長すればいずれは魔法を使いこなせるのか?)


そうとなれば、この世界の秩序についてもっと知っておくべきだろう。外の世界はどうなっているのか。魔法以外に、剣技も発達しているのだろうか。人間以外の種族がいるのだろうか。


何よりも、この世界での俺の両親は、俺のことを愛してくれるだろうか。俺自身は幸せな家庭を築くことができるだろうか。


(これは試す他ないな)


俺は胸に期待と夢を膨らませ、眠りについた。


◆◆◆◆◆


それから、10年の年月が過ぎた。


10年もこの世界で過ごしたから、この世界での言語はもう習得済みだ。


「リッケ〜!おはよう!よく寝れた?」

「うん、よく寝れたよ、母さん!」


母親が寝起きの俺に抱きつく。


「おう、リッケ。今日の朝ごはんは目玉焼きにベーコンだ。焼きたてだから冷めないうちに食べとけよ!」

「おはよう、父さん!今日の朝ごはんも美味しそうだね!」

「だろう!」


俺は両親からしっかり愛を注がれて生きてきた。二人ともいい人だ。


母親の名はフローラ・ファルティジア。そして父親の名前はブライス・ファルティジア。二人共、今年で34になるようだ。


母は飾り気のない、明るい性格である。家で家事をしていることが多い。父親は村の護衛兵の教官をしていて、今日は休みのようだ。


そして俺の名はデルドリッケ・ファルティジア。両親や村の人からは『リッケ』という愛称で呼ばれている。


10歳になった俺はいくつかの情報を入手できた。これまで分かったことを簡単にまとめると、


・この世界は異世界である

・この世界では魔法が当たり前のように使える

・この村は王都から遠く離れた村で、村の名前は『ルーロ村』というらしい

・俺は両親にちゃんと愛され、大事に育てられてきた

・村には大きい宗教団体があり、外から来た者を快く思っていない


こんな感じだ。この村が外界からの人間を受け付けない理由は分からないが、そのせいで外界の情報を全く知らない。村には文化や芸術、歴史などに関する書物がほとんどない。

そのせいか、10年も生きているというのに、まともにこの村について何も知ることができていな。


(今日は何を調べようか…)


とにかく、ここ最近は、なぜ村の人間が外界の人間を嫌うのか、手がかりが欲しかった。単純な好奇心だった。


「リッケ、さっきから神妙な顔をしてるが、何かあったのか?」


目玉焼きを食べているとき、父親からそう言われたので、俺は一つ質問をしてみた。


「父さん、なんでこの村は他の村の人達をいつも追い返すの?」


俺が疑問を口にした途端、ピリついた空気が流れる。


「リッケ、お前は知らなくていい」

「な、なんで?」

「とにかく、お前はその考えを絶対村の人たちに言っちゃダメだからな」

「う、うん」


(おいおい、どういうことだ)


この話題はタブーに触れるらしい。この村には知られてはいけないことでもあるのか?


いつもは笑顔を見せていた両親の顔からは考えられないような表情を見せてきたから、俺はこの話題をしないように気をつけようと思った。



◆◆◆◆◆


朝ごはんを済ませた俺はこの村の散策を行うことにした。この村は結構広い。どれほどの広さなのかはまだ断定できないが、俺が調べきれていない洞窟や建物がまだまだある。


さあ、今日はどこを調べようか。


そう考えていると、後ろから声が聞こえてきた。


「リッケ!」


振り返るとそこには、同じ村に住む幼馴染の、ユーベルがいた。


ユーベルは村の長老の孫であり、天真爛漫な性格なので、村の看板娘のような存在だ。小柄で、見た目はパッチリとした目に、綺麗な黒髪のショートカット、サイドは編み込んである。


「ユーベル」

「リッケ、あーそぼ!」

「今日は行きたいとこがあるから…」

「じゃあ私も行く!」

「ダメ!大事なことなんだ」

「うぅ、最近のリッケ、つまんない!」


ユーベルが泣きそうな顔になる。

まずい、と思った俺は


「ユーベル、あとで遊ぼうね」


と言い、頭を撫でると、


「ほんと?絶対だよ、えへへ」


と喜んでくれた。笑った顔は女神そのものだ。


転生し、村で可愛い幼馴染ができる、なんて物語の中でしかあり得ないと思っていたが、案外そうでもないらしい。


「ユーベルは私と結婚するんだからね!だから私との約束は破っちゃダメだよ!」

「けっ結婚??」

「リッケは私のものだから!」

「う、うん」


そんな村の看板娘に結婚まで迫られてしまっている。と言っても、所詮は子供の会話だ。大人になればきっと、自然と俺から離れていってしまうのだろう。そう考えると寂しくなる。


ユーベルは同い年でよく遊んだりしているから仲はいい。けれど、最近は構ってあげられなかったな。


ここ数日、村のあらゆるところを散策しているが、特に成果は得られなかった。たまには羽を伸ばすのも大事だろう。散策が終わったら約束通りユーベルと遊ぼう。


(でも、将来本当にユーベルと幸せな家庭を築きたいな…って何考えてんだ俺は)




_____だが、村に戻ると、どこを探してもユーベルの姿は無かった。村の人間に聞いても誰一人ユーベルの居場所を知らなかった。

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