第243話 ツキノツルギ

 様々な混乱が渦巻く中、一番冷静なのはユナであり、彼女は龍に向かって一直線に進んでいた。


 能力での防御をすれば後ろに下がって逃げ、普通に防御すれば本気の刺突が龍の鱗を砕く。


 「我が身がいとも容易く」


 「私はこれでもキリヤに教えた立場だから」


 その後、一刀とは思えないスピードで刺突を繰り出した。


 誤差が分からず、同時に数十回の突きを飛ばしたようにしか見えなかった。


 だが、そんな事をすれば能力を使われてしまう。


 「がはっ」


 「ユナっ!」


 ユナが俺のところに飛んで来て、炎で包んで傷を回復させて行く。


 「うん。強い。⋯⋯と言うかこの能力ズルくない? 来るって分かってても対応できなかった」


 「ナナミの突きは後戻りできないからな」


 「それでもやるけどね」


 今度は斬撃の構えを取った。


 「そう言えばご主人様、剣は?」


 俺は自分の右手を見せる。


 「⋯⋯剣は?」


 俺は顔を横に倒して、何を言っているんだお前、と言う視線を送る。


 ユリの方は納得したのかその後は何も言わなかった。ナナミは納得できなかったのか、猫耳が折れている。


 「よそ見か?」


 龍の一閃が同時に俺達を襲う。


 「そんな事は」


 「しないっ!」


 二人とも回避すると、事象が反転した手刀が再び俺らを襲う。


 それも回避して肉薄し、刃を振り上げる。


 「俺の戦い方を見て攻略法を見いだせ!」


 「大丈夫。私は何考えてるのか分かる!」


 ユリとナナミ、両者の声が重なって聞こえた。


 そして、龍は能力を発動させる。合わせて剣を引くと勝手に相手に命中する。


 俺の手刀とユナの魔剣が奴の背中を抉った。


 「ね?」


 「そうだな。そんじゃ、倒すぞ」


 「んっ!」


 『アーシもいるからね。【聖月剣ムーンセイバー】』


 両手に光の剣が顕現する。


 「【雷炎】【黎明】」


 ユナの魔剣が炎と雷を纏う。


 そして三者が同時に接近して己が武器を振るった。


 龍の攻撃は基本回避である。自分を追尾して来る形なので集中力を切らさなければ回避できる。


 ユナの場合はナナミの力もあってすんなり回避して懐に飛び込んだ。


 そしてユリのパワーと技術が組み合わされば大きな一撃となる。


 能力タイミングを本能的に察知したら、『引く』と言う動作に炎の加速を加えて威力を上げた。


 龍の鱗を斬り裂いた。


 「まだまだ!」


 ユリのパワーがある斬撃とナナミのスピードがある斬撃が組み合わさった剣技が龍を削って行く。


 「どうして何度も我が能力を突き破るのだ」


 「猫だから、鬼だから、食い破る!」


 ユナの攻撃に刺突も追加した。


 能力の発動タイミングは斬撃にし、無い時は刺突に集中している。


 二つを瞬時に切り替え扱えるのはユナの大きな特徴かもしれない。


 「そろそろ墜落する頃だぜ?」


 龍の背後に飛び、右の剣と左の剣を合わせる。


 「終わらせよう。この戦いを」


 こっちの世界の人達から受け取った魔力を合わせて光の剣に流して行く。


 大きく、どんどんと大きくなる剣。


 「これがサキュバスの出す力だと言うのか」


 「そうだよ。受け止めてみろよ」


 俺は大きな光の剣を振り下ろした。


 太陽すら斬り裂く月光の剣は龍に向かい、奴は能力を発動させる。


 「うおおおおお!」


 同時に俺は全力で刃を振り上げる。すると、動いた方向とは逆に龍の所へ向かう。


 「やはりか」


 龍は手刀で光の剣を受け止めるが。限界なのか押されて行く。


 「【雷炎獣龍の気息】」


 ユナのブレスまで対応できる余裕のなかった龍は直撃を受ける。


 力が弱まったら最後、月光の刃が奴の身体を切断する。


 「グアアアアアアアア!」


 「終わりだ。全部な」


 身体が真っ二つになった龍の身体は力無く落ちて行く。


 「⋯⋯まじかよ」


 「そんなっ」


 落ちて行った龍の身体が浮かんで来て、切断された部分がくっ付いて行く。


 時間が巻き戻っていく様な、異様な光景だ。


 時間の龍の時間操作でも無い。


 「⋯⋯おいおい。そんなのってありかよ」


 『生存100%』『敗北0%』


 くたばったはずの龍から運命のテロップが伸びて来る。


 耳の奥で何かがガラスのようにパリン、と砕けた音が響いた。


 「お前は⋯⋯」


 こいつの能力はもはや神の領域だろう。


 「自分の死すらも逆にする事ができんのかよ」


 「こんなの、どうやって勝てば⋯⋯」


 俺達が感じたのは絶望だった。


 膨大な魔力量を持つ龍と長期戦? そんなのこっちが不利だ。


 倒すために魔力をかなり使う。もう俺の魔力も六割まで減っている。


 一回倒すのにユナの力を借りて四割の魔力を使ったのだ。


 少ないように思えるが、地球全体から集めた魔力も含めている。


 ⋯⋯龍の消費された魔力は⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯0だ。


 0になった。


 「これが理不尽の頂点、最強の龍の力だと言うのか」


 「世界の理すら奴には通じない⋯⋯」


 龍の肉体が完全に元に戻る。


 「絶望したか。無理も無い。我にもこの力はどうしようもない。我を倒す事は確実に不可能。そして、我が絶対に勝つ」


 死すらも逆転させる。魔力すら減った事を無くす事もできる。


 生命として俺達の次元からかけ離れている。超越した力だ。


 「己の限界を悟ったのなら、ここで眠るが良い。貴公が護りたかった者達と共に逝ける事を祈ろう」


 龍が構えを取り、絶望している俺に肉薄した。


 星を断つ絶大な威力を誇る手刀の横薙ぎが俺を襲う。


 「⋯⋯そこまでするか」


 「絶望的だよ。さっきまでの戦闘が無かった事にされたからな。⋯⋯でも、そんなんで諦められるメンタルはしてねぇんだよ!」


 俺は龍を蹴飛ばした。


 「どんなに絶望的でも攻略法はあるんだ。俺が諦めるのは魅了会議の結果のみ、そう決めてんだ」


 どんなに絶望的な状況でも諦めない。諦めたら負けなんだ。


 負けたくない。誰にも負けたくないんだ。


 誰かの上に立ちたいとかそんなんじゃない。


 磨いた強さを誇りに思っているから、負けたくないんだ。


 「お前の弱点は分かっている。そこを突く」


 こいつの弱点は単純。


 能力を発動させたら後戻りができない事だ。


 そんな事ができるなら能力を使っても攻撃が通る事なんて無かった。


 だけど⋯⋯。


 「どうすりゃ良いんだよ」


 生きた状態で自分の生死を反転させる事なんて可能なのか?


 不可能だ。


 アイツは自分の意思とは関係無く無意識に死を反転させた。


 よって意図的に反転させて自爆させる方法は取れない。


 「なぜ諦めん」


 「負けたくないんだよ! お前にも、俺自身にも!」


 俺と龍の手刀が交わり、ユナが攻撃をしかける。


 「私だって負けたくない。新たな世界を見せてくれた。世界がこんなにも美しいと教えてくれた。ずっとご主人様の君の隣に居たい。それがどんなに茨の道でも、地獄への片道でも!」


 ユナから雷炎が迸る。


 「【鳳凰のつるぎ】」


 濃密な魔力を秘めた刀が斬撃と刺突を組み合わせて龍を襲う。


 能力にもしっかり対応する。


 「そうだ。俺達は諦めない。どんなに絶望的で理不尽な相手だろうと。前に進む足は絶対に折れない。後ろには、護るべき全てがあるから」


 俺の手刀も龍に入る。同じように鱗を削っても意味が無いだろう。


 「ぐぬっ」


 龍が苦悶の声を漏らす。


 「そうよ!」


 「「ッ!」」


 上側から聞き覚えのある声が響いた。


 空間を突き破り、見覚えのある月がやって来る。


 「いてもたってもいられなくて来ちゃった!」


 「レイ!」


 「キリヤ、これを受け取りなさい!」


 レイが月を俺に向けて投げた。


 都に居た仲間達の気配がしない。置いて来たのだろう。


 月と半分同化したダイヤとレイが新たに参戦した。


 「月⋯⋯」


 俺は月を受け取った。


 大きな星だ。俺がちっぽけに思える。


 「この力、借りるぞ」


 俺は全ての魔力を月へと注いでその形を変える。


 自分を剣としたのだ。ならばできるはずだ。


 「月を剣にする」


 奴の能力ごと斬る。


 復活も回復もさせない。必滅の刃。


 「頼む。俺に、力を貸してくれ!」


 月を通じて流れて来る魔力があった。そこには様々な人々の感情が乗っている。


 憎しみ、悲しみ、恐れ、怒り、喜び、愛情、幸せ、様々な感情だ。


 その想いも一つにする。


 「させるモノか」


 きっと龍が触れれば終わるだろう。


 だけど、俺は一人じゃない。


 一緒に戦ってくれる仲間がいるのだ。


 「アイリス、最後の力を振り絞るよ!」


 「もちろんだぜ!」


 「邪魔をするな」


 「邪魔だと思ってくれてありがとうよ」


 「それでこそ自分らの価値がある証拠」


 アイリスとローズが龍に攻撃する。


「ブラッドネスト!」「豪空撃!」


 血で相手の動きを制限させ、アイリスの強力な一撃が飛ぶ。


 能力を使われれば反射されてアイリスに深い一撃が加わるだろう。しかし、ローズが操作して攻撃を命中させる。


 「ダイヤ、行くわよ」


 「ははっレイ様!」


 「ワタクシの愛する家族を民を奪ったお前は絶対に許さない。ここで素直に散れ【天月】【天地崩壊】!」


 「【月喰らいムーンイーター】!」


 月が龍に墜落し、月を喰らう顎が襲う。


 「ぐおっ」


 強力な助っ人の大きな一撃で足止めされた龍。そして俺は剣を手にした。


 「月の星剣」


 『月剣げっけんね』


 「でも」


 『まだ足りないわね』


 ツキリ、全ての魔力を解き放ってくれ。


 俺の身体が耐えられなくても構わない。


 奴の能力を突き破る、全身全霊の一撃を放つ。


 『嫌な役回りね』


 許せ。


 『仕方ないわね。最後まで付き合うわ。アーシは君だから』


 俺はお前だ。


 さぁ、最後の一撃と行こうか。


 「【勇者覇気】」


 『【魔王覇気】』


 二つの大いなる力を魂の奥底から解放する。溢れ出す膨大な魔力を月剣に込める。


 月光よりも眩い神々しい輝きが空間の狭間を照らす。


 「ご主人様。キリヤ。一緒に」


 「ありがとう。行こう」


 「はい。【炎龍覇気】! うん。【雷龍覇気】!」


 月剣と魔剣を重ね掲げ、同時に渾身の力で龍に向かって振り下ろす。


 「「【能力貫通アビリティパス】!!」」


 「我は⋯⋯負けん!」


 雷炎と月光を纏った剣と魂を乗せた剣が衝突し、空間の狭間に亀裂を広げた。


 耐えられない空間は砕け、両方の世界を露出させた。


 「「はあああああああああああ!!」」


 「ぬおおおおおおおおお!!」


 「俺は負けない。皆を護る。そのためにお前を倒す!」


 「皆を護って隣に立つために私達は勝つ!」


 「我は⋯⋯我は負ける訳には行かないのだ!」


 最後の信念のぶつかり合い。


 「ぐふっ」


 限界が先に来たユナが脱落し、分離する。


 「ご主人様、⋯⋯最後に」


 「私達の力を⋯⋯」


 心を優しく包み込む炎と激しく背中を押す雷が魂に流れ込んで来る。


 それだけじゃない。


 レイ、ダイヤ、アイリス、ローズの魔力も流れ込んで来る。


 「⋯⋯逆創の龍、最後の龍、世界と共に散れ!」


 剣に込める魔力が上昇し、龍の手刀を押し返す。


 そして、奴の腕を消失させ光が全身を呑み込んだ。


 「我は⋯⋯」


 「俺達の勝ちだ。眠れ、世界と共に」


 最後に俺は直接、光の中で龍の身体を斬った。


 「⋯⋯我の、負けだ」


 光に呑まれ塵も残らずに龍は姿を消した。




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます


次回が最終回となります

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