第225話 【異変】本気のサキュ兄
金星を包み込む静寂を突き破ったのは月光の津波だった。
「あの一撃を受けても普通に飛ぶのか。少し過小評価していたようだな」
「あら。評価は得られていたようね」
まるでサキュバスのような妖艶な声に恍惚の表情を浮かべるキリヤ。
喋り方はもはやレイやツキリともまた違う、サキュバスに近いモノになっていた。
「魂が混ざりあっている?」
「あらぁ。そう視えるのね。つまりコレは混ざろうとしているのね⋯⋯困るわね。一つになる気は無いのだけれど」
「興味無いな」
地中から白金の柱が伸びてキリヤを襲う。その先端は刃のように鋭くなっていた。
「芸が無いわね」
指を弾いてパチンっと音を鳴らすと、柱を砕く光線が天より落ちた。
「コレはどうするのかしらね」
ドリルのように螺旋を描いたレーザーをミダスに放つ。
白金の壁を作り出して防ぐが削られて行く。
「ぐぬっ」
「あら。目を離しちゃいけないわよ」
「いつの間にッ!」
キリヤの飛行技術はこの世界ではトップだ。
瞬間速度の出し方や直角でのカーブも可能にする飛行技術を持っている。
背後に移動したキリヤにミダスの背中から拳が伸びて来る。
「もう見たわ」
「オラッ!」
間にアイリスが割り込み拳を防いで吹き飛ばされる。
「良くやりました」
伸ばした身体をキリヤが切断する。
削られた身体は瞬時に再生できないのか、ミダスの体積が少しだけ減少した。
キリヤの一撃を境に倒れていた仲間達も起き上がる。
「最後の警告をしてあげるわ。魔王因子をよこしなさい。そしたら命は助けてあげる。レイに免じてね」
「お断りだ。申したはずだ。コレは我の力だと」
「違うわね。今日からは俺の力よ」
最近ではめっきり使わなくなり、その存在も忘れていた物を解放する。
未来のキリヤから託されたサキュ兄専用の装備。
V字に空いた正面にほぼ布面積のない背中側。
セクシーセーターである。サキュ兄の本来の全力を発揮させるための装備。
コレを最後に装備したのはいつだったか、もう思い出せないだろう。
魔法の制御や威力を上げつつ再生力なども向上させる。
サキュ兄に対してこれ以上無い最高の装備。露出さえ除けば。
「守る部分を減らして何になる」
「当たらなければ防御の必要も無い。当然の論理よ。【
金星を覆い隠す勢いで出現した月光の弾丸が一直線に向かう。
その一つ一つが音速の回転をしており、貫通力は抜群だろう。
「ほら行きなさい。俺の大切な人達、【エンチャント】」
月光を直接付与された四人がミダスに向かって突き進む。
「あのキリヤ、何か嫌だ」
「分かります!」
「【雷獣の轟雷】」
「【炎龍の豪炎】」
激しい雷と炎がミダスを襲い、その全てが特攻となる月明かりを宿していた。
頑丈なミダスの身体にも傷が入って行く。
「はあ!」
二人を殺す勢いで放たれた伸びる白金の刃。
「アイリス、見てたわよね?」
「ああ! こうだろ!」
アイリスは先程見たミダスの身体を斬る方法をトレース。
自分の身体に取り込んで本番でやって見せる。
当然微調整が必要なレベルだが、それをローズが行った。
マリオネットのように血を使って微調整をしたのだ。
二人を狙っていたミダスの身体を切断した。
「ミダス、勘違いしてはいけないわよ。私達はアナタに評価されるレベルにはいない、相当強いわよ」
「⋯⋯そのようだな」
「レイの悲しそうな顔は見たくないの。できれば友達ごっこ⋯⋯いえ、そう思っているのはアナタだけね。続けてくれないかしら?」
「裏切った我を受け入れてくれる連中だと思うか?」
「思うわよ。そもそも先に俺を陥れようと画策したのはレイよ。だから安心しなさい」
安心できる要素はどこにあるのか、そんなツッコミを入れる人は誰もいなかった。
ただ、返事代わりと言わんばかりに白金の杭が飛ぶ。
「ライム、剣」
剣になったライムを振るい、その杭を切断する。
「【パイルバンカー】」
真上に移動したミダスが自分の身体の一部を杭にして勢い良く放った。
「キリヤ!」
「落ち着きなさいナナミ。この程度、脅威では無いわ」
勢いを殺しつつ周りに被害を出さないように切断し、ミダスに肉薄した。
「アナタは確かに硬いわね。⋯⋯だけど、貫けない訳では無いわ」
ナナミのような刺突の構えを空中で取った。
「皆、力を合わせるわよ」
「はい!」
ユリの炎が勢い良く噴射して加速させ、雷がさらなる加速を産む。
血が限界以上のパワーを引き出させるために細胞を活性化。
「行くぜ姫様!」
「ええ、行くわよ」
最後にアイリスの一撃が剣を叩いて力を合わせる。
全ての力を一点、切っ先に集中させてミダスの中心を貫かん勢いで進む。
その速度は光に到達する。
「グオオオオオオ!」
防御に徹したミダスだったが、盾にした腕が砕けて地面に吹き飛ばされた。
何回もバウンドして転がる。
「グオオオ。若造に、負けるようでは、立つ瀬が無いな」
「今更それを気にするのね」
「矜恃を失った訳では無い。全てが造られただけの我だが、それだけは失う訳にはいかない。こんな我を認めてくださった魔王様のためにも」
「不思議ね。そんな魔王様は皆に平和で仲良くして欲しいと思っていたでしょうに。裏切るような行為に及んだのだから」
「そうだな。言い訳のしようも無い」
腕を失ってもミダスは立ち上がり、戦意を表す。
その態度にキリヤは口角を上げた。
「そうでなくては。これこそが戦いと言うものよ」
キリヤは二刀流に戻り、二本の剣に月光が宿る。
「耐えてみなさい」
身体を小さくして腕を用意したミダスは即座に剣に変える。
同時に放たれたレーザーの魔法を破壊しながら、背後に移動したキリヤの回転斬りを防御。
畳み掛けるように襲いかかる斬撃の海を捌く。足をローラーにして高速で移動するが飛行速度には敵わない。
「最弱と自称してもさすがは魔王ね。こんなにも攻撃を防ぐなんて」
「反撃に移らせて貰う」
「お断りよ。コレはタイマンじゃない。戦争なのよ」
ミダスの背中に二人の気配が現れる。
移動をしていたがキリヤの攻撃を捌くのに集中して意識していなかった。
「【黎明】【爆炎刃】」
「【天雷】【装電】【雷獣】」
ユリの強烈な斬撃とナナミの穿つ刺突が同時に襲う。
「グオオオ」
防御も間に合わない。反撃すら遅い。
「ローズ!」
「言われんでも」
アイリスの首にかぶりつき、血を吸い上げる。
「⋯⋯美味」
「それは何より」
吸血した吸血鬼は力を大きく上げる。同じ血液型と言う条件もローズならば無いに等しい。
なぜなら、その辺の調整も今や自由自在だから。
「【鳥血】」
血でできた怪鳥がミダスを喰らい上に飛行して行く。
「砕くまでよ」
「それはさせねぇな」
鳥の上にはアイリスが乗っていた。無防備なミダスに斧を一直線に叩き落とす。
「星割!」
ミダスの身体を砕き、亀裂を全身に広げながら地面に叩き落とした。
立ち上がろうとしても既にキリヤがそこにはいるのである。
「八咫烏」
トドメの一撃。自分の死を覚悟したミダスは抵抗を止める。
「魅惑のキス」
「何?」
「「「「え?」」」」
ミダスの額(?)に位置する場所にキリヤの唇が重なった。
「ん? な、んだこれ」
「ゴーレムは言わばプログラムされたロボットと同じなのよ。人形なのだから。裏切るように最初からできていた、意志とは関係なく⋯⋯きっと命令を下した奴がいる」
「何を、した」
「命令権の上書きって奴よ。今からアナタは俺に絶対服従。なぜか? 簡単よ。アナタには今、愛が芽生えた。それが俺に向かれている。それだけよ」
「あ、い、だと?」
「そう。圧倒的平和的解決⋯⋯まぁ、当分身体の再生でアナタは動けないでしょうけどね」
その言葉と同時にミダスは顔だけ残るようにバラバラになった。
魅了できるように限りなく弱める必要があった。
皆が攻撃をして亀裂を入れた。そこに刃を通して相手の身体を斬ったのだ。
魔法も剣も今まで以上に扱えるサキュバスのようなキリヤ。
地面に転がる魔王因子だと思われる球体を手に取る。
「少しは頭を冷やしなさい。アナタにとって、レイ達は本当に忌むべき相手なのか。真剣に友情と向き合いなさい。俺からのアドバイスはコレだけよ」
「お主は⋯⋯強いな。技も器も」
「当然よ。大切な人の未来を背負うのは、他人が蔓延る世界を背負うよりも重いんだから」
帰るべく皆の所へ歩くと、強い目眩に襲われる。
二つ存在する魂は完璧に混ざり合う事無く、反発し合う。
本気の服装に対して片方の魂が強い拒絶反応を示したのだ。それを知るのはミダスのみ。
「ああああ! 頭痛い!」
キリヤがサキュバスの身体で出す声で叫ぶ。
「⋯⋯なんじゃこの格好!」
否定したい格好に驚くキリヤ。
「そうだミダス! ⋯⋯あれ?」
頭だけになったミダスに臨戦態勢を解いた四人の姿に動揺する。
「えっと⋯⋯終わったの?」
「「「「うん」」」」
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
一つになろうとしていたキリヤの中身、本気を出したら本能的に拒否反応を示したのか、再び分離しましたね
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