第148話 リサーチ不足

 夏祭りの帰り、夜道を一人で帰っている。


 アリスとキリヤが家まで送ってくれると言ったが申し訳なかったのでお断りしている。


 夏祭りで私はキリヤと元の関係に戻りたくないと思った。


 それが憧れや友情とは違う感情なのは理解している。


 「⋯⋯楽しかったな。また行きたい」


 来年まで待つしか方法は無い訳だけど。


 そう考えて歩いていると、殺気を感じたので左手を前に出す。


 何かを掴んだ。


 「なにこれ?」


 注射針のような突起物が着いた銃弾だろうか?


 麻酔弾と言う物かもしれない。


 自分の心の整理と祭りの余韻に浸っていた所に水を刺され、少し機嫌が悪くなる。


 「あの攻撃を受け止めるとは、中々になるや」


 髭は濃いけど輝く頭の大人⋯⋯年齢は三十代後半と予測できる。探索者としては年配の方だな。


 しかし、いきなりの攻撃だ。警戒する以外に選択肢は無い。


 「抵抗せずに付いて来てくれ。そしたら悪い事はしない」


 「なぜ? 何者?」


 「そうだな。端的に言えば⋯⋯あのオスサキュバスを殺す者だ」


 悪魔のようにニヤリと笑う男の顔からは嘘だと感じない。


 私の中で知る男でサキュバスはただ一人。


 ⋯⋯そうか。


 ならば従うのは無理だな。


 「むしろ、情報を聞きたくなった」


 「俺様とやろうってか? 相手が悪いぜクジョウさんよぉ」


 「苦情入れてあげるから、上の人の名前を言いなさい」


 強烈な威圧が全身を包む。


 ダジャレを会話に混ぜてみたが、気づいてはくれなかった。


 ただ笑い飛ばして、否定も肯定もせずに臨戦態勢に入る。上の者はいるのかな?


 戦闘狂か、組織的な誘拐犯なのか、何にしても怖いな全く。


 街中だと言うのに戦うか。人気が無いのはコイツの仕業か?


 何はともあれ戦える準備は⋯⋯できてないか。


 「どうした、来ないのか?」


 「ちょっと待って」


 お土産用に買った食べ物を道端に置く。ビニール袋に入っているので直に置いても許して。


 浴衣を脱いで、畳んでその上に置く。動きにくいしね。


 下駄も脱いでおこう。


 「がははは! もしかしてそっちで相手してくれるのか? それでも目的は変わらんがな!」


 そっち?


 良く分からないが、私も構えを取る。


 「なんだ。ただ動きにくいから脱いだのか」


 なぜガッカリする?


 刹那、男が加速して迫って来る。


 「まずは手始めだ!」


 人間状態だからスピードは見えるが、体躯の差もあるし掴まれたら負けと思って置こう。


 小石などが足にくい込んで痛い。種族に成りたいが相手のが分からない内は我慢だ。


 狙いは私を捕まえる事だ。


 掴み攻撃を無理なく躱して、崩拳を叩き込む。


 「はっ!」


 「ぐふっ」


 武術もある程度はやっているので、自信がある。


 「正直私は何も知らない。だけど、友を狙うのなら手加減はしない。話して、何が狙い?」


 「面白れぇ。俺の種族は獣人族チーターだ。てめぇのスピードで追いつけるかなぁ!」


 ダメだ会話が成立しないタイプだ。


 私も種族になる。猫耳と尻尾が生える。多少毛も生える。


 重要なのは足裏が分厚くなり痛みが無くなり、手に力を込めれば爪を出せる事だ。


 それは相手も一緒だけど。


 獣人族の強みは近接戦闘において有利な点が多い所。


 「行くぜ!」


 相手がゆらりと動き、加速する。


 「確かに⋯⋯速い」


 バックステップで回避したが、相手のパンチ力は高くて風圧が凄い。


 一回り身体も大きくなっている気がするし、もしかして私の爪じゃ効果ないかもしれない。


 剣を持ってるからダンジョンではあまり使わない爪ちゃん、活躍の日が来たと思ったのに。


 「まだまだ行くぜ!」


 「もう見たよ」


 パンチの力が強いのは良い事だけど、私の前ではパワーだけじゃ意味がないんだよ。


 拳を受け流して、その力を利用して腹に拳を叩き込む。


 「⋯⋯」


 生身で鉄を殴った感覚だ。まるで感触が無い。


 「今、何かしたか?」


 「パンチが分からない程の脳筋だとは思わなかったわ」


 これ程に頭の悪い相手をしないとならないのか。


 無駄な動きも多いし、戦闘は不得意なのか? ただの狂戦士なのか。


 距離を取りつつ考える。


 「そういや知ってるか?」


 「いきなり何?」


 「ヤガミって奴とその他有象無象、オスサキュバスが殺したって話をよ!」


 キリヤが人殺しをした、そう言いたいらしい。


 「私について知っている口振りで警戒したけど、あんまり知らないのか」


 「ああん?」


 私がその程度の事で動揺する事は無い。たとえそれが真実だとしても、私はキリヤを信じる。


 少なくとも、いきなり麻酔弾のような物を放って来る奴の言葉は信じない。


 私の中で相手の警戒度が少し下がった。


 「さっさと終わらせるか」


 獣人族の特徴は大まかに二つ、ランダムで強化系魔法を持っている事。もう一つは獣の力を解放する能力。


 この戦いにおいて獣の力を全力で解放する必要は無い。二足歩行の利点を消してまでする必要はね。


 でも、能力を使い慣れると常に半分『獣化』できる。


 人型でありながら身体能力を大きく上げる事ができる技術だ。


 私も相手も種族になったと同時に常に半『獣化』状態。


 体毛に半分近く覆われているのがその証拠だ。


 「【加速】」


 チーター⋯⋯単純に走るだけなら私よりも速いだろう。そこにスピードを上げる強化魔法を使う。


 もちろん、私も【加速】を使う。


 「そのほぼ全裸の身体を完璧にしてやるよ!」


 上下の下着は着ているので、別にほぼ全裸では無い。


 直線的に走って来る。うん、速い。


 「だけど私は猫だよ」


 ジャンプして誰かの家の屋根に足を乗せる。


 「ほう。あのスピードにも対応するか」


 「やっぱり、警戒する程じゃないか」


 「だが、猫がチーターに勝てるはずがない。全てにおいて俺の方が上だ。諦めろ」


 一撃も与えられてないのに何を言っているのだろうか?


 まぁ、良いや。


 そろそろ私も攻撃に移ろう。


 「知ってる? チーターってネコ科なの。ネコが基準なの。つまり、ネコの方が強いんだよ?」


 「あ⋯⋯」


 相手の背後に移動して回し蹴りを放つ。


 攻撃が来る前に離れて、建物の壁などを使って常に背後から攻撃を仕掛ける。


 一撃一撃は重くなくても、いずれは倒れるだろう。


 「ちょこまかと」


 「陸上を走る速度は確かに速いね。でもそれだけだ」


 「ここだろ!」


 私が攻撃するタイミングに合わせたパンチが顔面に迫る。


 ⋯⋯ここか。


 力を流しつつ、爪を食い込ませて肩まで切り裂く。


 「ぐぅ」


 「この程度の強さで私を捕まえられると思ったの?」


 純粋なスペックならば彼の方が高いかもしれない。


 だけど、身体能力に似合った技術が足りないのなら宝の持ち腐れだ。


 「狙うなら、直線的な道のダンジョンの中が良かったね。高さ制限も無く建造物がある街中は私が有利だ」


 ちなみにダンジョンの中ならば天井を利用できるので、制限なんてあってないようなものである。


 そもそもダンジョンの中で捕まえてどうやって連れ出すかって問題もあるのか。


 「がははは。まさかここまで強いとは。少し認識を改めるか」


 ようやく武器を出すか。


 懐に隠し持っていたのは特殊警棒とハンドガン。


 「ガキぃ。もう手加減されると思うなよ?」


 「勝手に舐め腐って手加減していたの間違いでしょ。善意で手加減したみたいな言い方は止めて欲しい。みっともないよ?」


 この言葉がトリガーとなったのか、一瞬で間合いを詰められる。


 躱すと、その先に申し合わせたかのように弾丸が飛来する。


 身体を捻って回避し、着地する。


 「ばあ!」


 追いつかれた。


 振り下ろされる警棒。


 ⋯⋯うん。やはり弱いね。


 「なっ!」


 そもそも爪で切り裂いた手で警棒を力任せに握るなんて論外だろう。


 本来よりも力は入らないし、少しの工夫とダメージがあれば奪い取れる。


 今回は爪で腕を抉って力を弱めて警棒を略奪した。その際に相手の力も利用する。


 「最初から全力でやるべきだった。遅いから、普段の全力よりも力が出せない状態になってる」


 それともまだ、高校生だから倒せるとでも思っているのだろうか?


 舐めプもいい加減にしろと叫びたくなる。


 最初から全ての情報を持っていると思って警戒していたけど、そうじゃないと気づいた今その警戒心は下がってしまう。


 それと男は私が全力を出していると勘違いしていそうだ。


 「観察と舐めプは違うんだよ」


 私は先程よりも加速した動きであちこち動き回り、相手の目で追えなくなったタイミングで警棒を輝く頭に叩き落とした。


 あまり良い音はしない。


 髪の毛が無い分、狙いが分かりやすくて良いね。


 ひたすらに同じ位置に同じ力で叩く。


 「クソがァ!」


 私には無いタフさで攻撃を耐えた、弾丸を放つ。


 武器があるならば躱す必要も無く、撃ち落とす。


 中々に良い警棒だ。丈夫。


 「シュッ」


 相手の正面に瞬間的に移動し、十二連撃の突きを男の急所一点狙いで叩き込む。


 私よりも大きい体だから、結構狙いやすい位置にあった。


 「ぐぅ」


 「刀の方がやっぱり扱いやすい」


 軽くジャンプして、相手の顔面に向かって連撃を叩き込む。


 それでも手を伸ばされたので、叩き落とす。


 今度は高くジャンプして、落下の勢いを乗せた強力な突きを眉間に決める。


 ドンッとかなり鈍い音がした。


 「がはっ」


 うん。強者感出してたけど結構弱い人が私を捕まえに来たな。


 色々と聞きたい事はある。


 「ほら話して。話さないなら、腕の二本か三本折るよ?」


 銃を足で砕きつつ、冷たい眼差しで見下ろし質問する。


 スピードもパワーも私が負けていた。だけど機動力は私が勝っていた。


 攻撃を受けずに攻撃を与える。


 それだけで、相手のプライドはへし折れるモノだ。年齢差もあるし。


 リサーチ不足とでも言っておこう。


 「腕は二本しか⋯⋯」


 「それじゃまずは爪で攻撃してない左腕から行くか」


 丸太のように太い腕を折るのは辛そうだ。でも、脅迫するには仕方ない。


 「い、言えない。言ったら死ぬんだ!」


 「⋯⋯私を殺すつもりで攻撃して来たよな? なのに自分は死ぬのが怖いか?」


 「ひっ」


 「言え。なぜキリヤを狙う」


 「い、言えない」


 はぁ。


 私は何も言わずに警棒で顔面を叩き、完全な『獣化』をする。


 大きな猫の姿となり、相手の上に乗る。


 戦意喪失した奴は半『獣化』すら維持ができてない。


 これならば簡単に腕は折れる。


 「い、痛てぇよ!」


 「言え」


 「い、言いま⋯⋯」


 嫌な感じがしたので、ワンステップで離れる。


 刹那、相手の頭が肥大化して破裂した。


 辺りに撒き散らされる肉片と血が全てを物語っている。


 「まじか」


 どうしよう。


 ⋯⋯ッ!


 な、なんだこの威圧感は。いきなり背後に現れた存在⋯⋯。


 振り向く事すら許されない圧力に押しつぶされそうだ。


 「この事はこちらで処理する。荷物を持って去れ」


 怖い。でも、聞かないと。まだ私の悩みは解決してない。


 「き、キリヤは⋯⋯」


 「問題ない」


 絶対的な強者の言葉を私は信じて、この場を去った。


 一体何者だったかは分からない。


 しかし、何か良くない事にキリヤが巻き込まれているのは分かった。




◆あとがき◆

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