第113話 魅了失敗

 グールを倒しつつ、八層へと向かっている。


 進む上で問題になったのは、仲間達が張り切って進もうとしている事だろうか。


 敵が可哀想に思える程に瞬殺されている。


 しかもジャクズレが倒されたグールを復活させて仲間にしている。


 アンデッドの場合、死者蘇生の配下化でデメリットが無い。


 身体能力の低下や魔石の消失が無くなり、本来のグールの力を出せている。


 ジャクズレにそんな能力がある事を最近知った。皆は既に知っている様子だった。


 なんでか知らないが、情報共有があまりされない。悲しいぜ。


 魅了するよりも倒して仲間にする方が速く、数回しかグールの魅了はしていない。


 視聴者もオークの魅了に集中して欲しい様子だった。魅了後の反応がオークの方が良いかららしい。


 感情豊かなオークだが、俺自身の魅了能力が強くなっている可能性がある。


 魅了が一度も失敗した事ないのはもちろんなのだが、オークを魅了した後がおかしいのだ。


 皆が皆、罵られたいだの踏まれたいだの、変わった欲望を持っている。


 「⋯⋯あれ? オークって視聴者と変わらない?」


 「姫様どうしたの?」


 「あ、気にするな」


 今の俺はライムに大きめの畳になってもらい、アイリスに運んでもらっている状態だ。


 誰かに運ばれるってかなり楽なので、この状態が最近は多い。


 アイリスは訓練になるし、俺は現実逃避及び精神統一ができる。


 ゴロゴロしているだけ、とも言えるけど。


 “最近のサキュ兄は不貞腐れてサボり気味よな”

 “まぁ上層のモンスター相手だと訓練にもならんか”

 “手を抜くし逆効果だもんな”

 “魅了機械になりつつある”


 “誰か強い人サキュ兄の相手してあげたら?”

 “半端な相手だと一方的に負けるんじゃね?”

 “魅了されて終わりだよ。生で魅了されるとか最高かよ”

 “あー”


 “魅了されたい”

 “魅了されに行くか”

 “ギルドの場所は分かってるからな。ありだな”

 “サキュ兄の奴隷なら良いかな”


 “私もなりたいかも”

 “皆で行くか!”

 “掲示板で続きを話そうな。今はライブに集中しようぜ”

 “そろそろ八層に到着”


 「なんか悪寒が⋯⋯風邪か? いや。俺に限ってそんなミスを⋯⋯」


 ユリがスマホを見た後に俺の方にチラッと振り返る。


 スマホの電源ボタンを押して消していた⋯⋯うん。悪寒の理由はなんとなく分かったわ。


 「なぁユリ。最近の俺ってどう思う?」


 「唐突ですね。それはもちろん可愛く、美しく、お綺麗で、カッコ良いです。どこまで行っても主様は私の、いいえ。私達の憧れであり目標です」


 「めっちゃ褒めるやん。じゃあさ。今度からユリが魅了してみる?」


 「主様と一緒なら嬉しいですね。私一人でやっても意味が無いですし。私自身に魅了の能力はありません。意味が無いんですよ」


 大事な事なので二度言われてしまう。


 まぁ確かに。意味は無いよね。魅了的には。


 「ユリ、コメントを見てみ」


 そう、魅了的にはユリが一人でする必要は無い。


 だがしかし、俺がSNSを使って勝手にやった人気投票にてユリは堂々の一位。


 俺は殿堂入り扱いで外せ要求が多く、入ってない。


 人気投票一位のユリが一人で魅了、それは視聴者にとって最大の価値がある。


 「えっと、凄く嫌な予感がするので、今は良いですかね」


 「何かのアドバイスがあるかもしれない。見るべきだ」


 「今はただの移動中です。意味は無いかと思われます」


 ふ、ユリもだいぶ嫌な感覚を掴めるようになったんだな。


 だがなユリ、君の近くに今の俺の味方はいるんだよ。


 「ローズ、スマホを使ってコメントを読み上げるんだ!」


 「申し訳ありません主人」


 「何っ!」


 既にペアスライムを使って手錠をされていたローズ。くっ、ユリに俺の思考を先読みされていたと言うのか。


 ⋯⋯ん?


 ユリの耳にピアスが残ってる。つまりはペアスライムを使ってない。


 俺はアララトやジャクズレと言った他のリーダー級に目を向ける。


 全員が即座に自分のペアスライムを使って手錠をしていた。


 「ふざけんなよお前ら! もしも俺の場合だったら問答無用、そして本気でコメントを読み上げるだろ!」


 シーンっと静かな空気が広がる。


 「ローズ!」


 「⋯⋯」


 目を逸らしたな。閉じてるけど。


 顔を逸らしたので目も逸らしている。


 「おい黙るなよ」


 「申し訳、ありません」


 なんでだよ。


 なんで、ユリには皆甘いんだ。


 ⋯⋯俺は知らなかった。ユリのプライベートを。皆に対しての教育を。


 茶番をカメラに見られながら行い、八層へと到着した。


 八層の主なモンスターはリザードマンと言うトカゲを人型にしたようなモンスターだ。


 ただ、鱗は宝石のように輝いている。


 ⋯⋯さて、まずは俺が戦って情報収集をするか。


 それが俺達のやり方だから。


 「行くか」


 えーっと、一分経過したのだが目の前に魔石が転がっている。


 一体なんの魔石か。簡単だ。リザードマンの魔石である。


 「こんな事もあろうかと血を使ってリザードマンを一体先に倒しておりました」


 ローズの解説を聞き入れる。


 つまり、ローズがいる限りリザードマンは敵では無い。簡単にあっさりと倒せるレベルと。


 “優秀!”

 “すげぇな。相変わらず目は閉じてる理由を聞けてないけど”

 “うん。魅了するしかないね”

 “戦力が⋯⋯戦力がおかしい”


 うぅ。


 仲間が強くなって行く事は嬉しいけど寂しい気持ちがある。同時に訓練できない授業中の時間を思い出す。


 早く終わって欲しいと思う時間。


 勉強嫌いな学生なら誰もが授業を嫌い、さっさと終わって欲しいと思うだろう。それと一緒。


 「あ、コメントでユリとローズの二人と一緒にして欲しいって来てます」


 「ならまずは班を分けずに皆でやりましょう!」


 ローズがノリノリだぁ。


 「俺はダメなのか」


 アイリスが寂しそうである。


 どーして魅了に参加したがるんだよ。俺、あれちょっとトラウマだからね?


 ユリとの魅了、あれは恐怖だ。


 アイリスだけではなく、アララトやジャクズレもしょぼんとした顔をしている。


 まぁ、後輩だからと納得している部分はありそうだ。


 その後、新たなリザードマンを高速で発見して魅了会議が始まった。


 アイリスと本気で戦い訓練する事にした。俺は手加減している。


 俺が本気を出してしまったらスピードで圧倒してしまうからだ。


 ただ、パワーはアイリスの方が上な気がする。


 さすがに鬼人に対してサキュバスでは力不足を感じる。


 「終わりました!」


 「おっしゃ行くぞアイリス!」


 「いきなり加速!」


 俺はノリノリで加速しアイリスへと攻撃を仕掛ける。


 刹那、刀を抜いたユリが俺の一撃を止めた。同時にアイリスの斧を足で押さえつけた。


 「ッ!」


 「会議、終わりました」


 ルンルンで戻って行くユリを俺は呆然と眺める。


 「姉御、強くなったよな。誰よりも努力してんだぜ」


 「だろうな。良く見てやってくれ。成長速度が異常だ。身体が持たない程の訓練をしている可能性があるからな」


 「無理はしてないと思うけどな。月の都やレイ様って凄いんだ」


 一体何が起こっているんだろうか。


 俺の知っているユリの強さじゃない。あの速度の一撃を正確に防がれてしまった。


 “サキュ兄が真剣だ”

 “ちょっとカメラの性能がユリのスピードに追いつけてませんよ”

 “うん。速い”

 “並の探索者なら相手にならんな”


 リザードマンの前に出る。ライムに王様が座りそうな大きな椅子になってもらう。


 そこの中心に魔王のような黒いマントを羽織った俺が座り、両サイドにユリとローズが座る。


 二人の肩に手を回して寄せる。


 「⋯⋯」


 「スンスン」


 え、ローズ匂い嗅いでる?


 ユリはずっと赤面だ。


 ⋯⋯ふぅ。落ち着こう。


 俺は足を組んで、とにかく偉そうな態度を取る。


 「お前も私の下僕となれ」


 魔王ムーブのカッコつけ。今回の魅了はこれである。


 うーん。なんかジワる。


 こう、心の奥底でゾワゾワとする感覚がするのだ。


 “複雑そうな顔”

 “サキュ兄ってちょっと厨二くさいところあったから恥ずかしさを感じてないのか?”

 “俺らが二度目の敗北をすると言うのか”

 “いや、まだだ”


 ⋯⋯そう言えば、魅了が成功した時の感覚が得られないな。


 いつもなら成功したなぁって感じるのに。


 「あ、コレ失敗したヤツや」


 初の魅了失敗を俺は経験した。


 刹那、赤面していたユリと匂いを真剣に嗅いでいたローズが動く。


 ユリが素早くマントを剥がし、ライムがフリルの多いドレス姿へとなる。⋯⋯細かい装飾にもこだわっている気がする。


 かなりの女の子らしい格好に戸惑いが隠せない。しかもまるでお姫様のような格好だ


 ローズが血を使って背後に大量のハートを作り出す。


 二人が俺に寄って、ユリは照れながら頬にキスをする。


 ローズがユリとは反対側の手をギュッと握って、二人まとめて抱き寄せる。握り方は恋人繋ぎ。


 まるで姉が二人の妹を包み込むようである。


 「貴方も」


 「こちら側に来ないか?」


 ユリ、そしてローズが呟いた。


 刹那、いつもの感覚に包まれる。魅了成功した感覚。


 リザードマンは騎士のように膝を折って頭を垂れる。


 「な、なな」


 「いーなー二人とも。今度は俺も姫様とやりたいぜ」


 「ななな、なんで。何が、どうなってるんだあああ!」


 “ナイスファインプレイ!”

 “俺様魔王ムーブからのお姫様姉妹ムーブに切り替えた!”

 “妹にデレデレのユリ姉と二人の妹をクールに優しく包み込むローズ姉!”

 “ハートを作り出して物理的愛情アピも忘れないローズは流石”


 “(色々と)一番大きいのに一番幼く見えるサキュ兄”

 “このふわふわ空間には確かに入りたい”

 “尊い。この尊さをリザードマンは理解している”

 “ああ。心が浄化される”


 なんだこの何とも言えない感情は。


 ユリのいきなりの行動に戸惑った。ローズに抱き寄せられる感覚に心が一瞬ホワホワと暖かくなった。


 しかし、その二つを全て包み込んだフリルの多いドレスよ!


 大人びているサキュバスの見た目からは考えられない可愛らしいドレス姿。豊満な胸も隠されているために幼さアップだ。


 「な、なんか今回の魅了、俺の年齢段々と下がってないかなぁ」


 地面に額をグリグリと擦り付けて、項垂れたのは言うまでもない。


 クッソ。予定外のトラブルで感情がぐちゃぐちゃだぁ。


 「ぬあああああああ!」


 「感無量」「恐悦至極です」


 ユリ、ローズは満足そうだ。


 喜ぶ二人にドレス姿で項垂れる主、ここは地獄かもしれない。





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます


次回は掲示板です。久しぶりですね。

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