第48話 見られなきゃバレないんですよ

 「いつまで人間の姿でいられるかな!」


 シオトメのなった種族は獣人族、剛力羅ゴリラ種だ。


 人間の身体と言う機動力を持ちながらも、ゴリラの高い握力を備えている。


 非常に厄介と言えよう。


 捕まったら最後、骨は一瞬で砕ける。


 ⋯⋯ま、捕まったらの話だがな。


 「なにっ!」


 「力は使い方だ」


 直線的な攻撃なんて簡単に受け流せる。


 「硬いな」


 流れるように俺はシオトメの顔面に踵を落とす。


 鈍い音は響いたが、相手に与えたダメージを数値で表せるならゼロだろう。


 「俺を踏みつけるな!」


 乱暴に振るわれた拳を回避し、男達の攻撃も避けては反撃する。


 「このままならジリ貧でお前が死ぬだけだ」


 「⋯⋯そこまで戦えるのか」


 確かに、俺がいくら攻撃してたって人間である以上、種族になった奴らに致命的な一撃は与えられない。


 俺に攻撃が当たらない反面、奴らには攻撃が通らない。


 「別に構わない。時間を稼げれば警察が来る。そしたらお前らは終わりだ。自分から己の悪行を語ったのだからな」


 「なるほど、端からそれが狙いか」


 しかし、その言葉を聞いてシオトメは目線を右斜め上に一瞬動かし、戻す。


 そして、何を血迷ったか廃工場内に響き渡るくらいに高い声で笑い出した。


 「バカめ。もう既に限界は近いんだ!」


 ◆


 シオトメは心底面白くて笑っていた。


 この空間には身体を麻痺させる毒霧があり、暗い空間で月明かりだけが光源となるこの空間では視認不可能。


 さらに、錆び付いた鉄の臭いが毒の臭いを消して気づかせない。


 特殊な薬を最初に服用していなければ、その毒を吸って蝕まれ、いずれ身体は動かなくなる。


 種族になっていたならば抵抗できたかもしれない。


 一般人に毒耐性なんてのは基本備わってないし、毒が回ったら後から種族になっても遅い。


 動けなくなった瞬間に全員でリンチし、ストレスを発散させながら殺し、最後は女で楽しむ。


 シオトメの頭はそれでいっぱい⋯⋯いや、もしかしたら脳は下半身の方についているのかもしれない。


 勝ちを確信して未だに気づいてない。


 キリヤは一度も動きを止めるどころか鈍らせてない事に。


 「バカバカしいな。狙いが分かりやすいぞ」


 「あ?」


 「ピリつくような臭いだよな」


 「ッ!」


 男達全員が息を呑んだ。


 それは毒の臭いの特徴の一つだったからだ。


 わさびに近いような、嗅ぐと鼻奥がツーンとなるような臭い。


 「それが臭ってから俺は一度も息を吸ってないぞ」


 「⋯⋯ば、馬鹿言え! 息を止められるにしても限界はある! ずっと息を吸わずに動けるなど、ありえん!」


 そう、普通ならありえない。


 だが、探索者に憧れたキリヤは普通ではなかった。


 幼い頃から肺活量を鍛える訓練も、当然していた。


 「そもそも臭いを嗅ぎ分けるなど、貴様は犬か」


 普通の人間ならば錆び付いた鉄の臭いによって嗅ぎ取れない毒の臭いを嗅ぎ分けている。


 そんなのは考えられないだろうが、キリヤは五感を鍛えるおかしな発想によりそれを可能にした。


 「警察が来るまでの時間稼ぎなら問題ない。種族にならないのは、完全な正当防衛が認められた上で、少しでもお前を殴るためだ。手加減でも舐めプでもなんでもない」


 種族になる必要が無く、ならないからこそ生まれるメリット。


 「ふ、ふざけるな」


 楽しみを邪魔をされて怒りを覚えているのはシオトメだけでは無い。


 この場にいる誰もがキリヤを殺したいと心から思っている。


 だけど悲しいかな、キリヤに攻撃は届かない。


 探索者の訓練を経験するまでの幼少期から彼は色々な方法で様々な所を鍛えて来たのだから。


 「それに、お前が俺の限界を決めるな。限界は⋯⋯この世に存在しない。諦めない限りな」


 それが彼の自論である。


 シオトメは考えた。


 暴れすぎたら楽しみが無くなってしまうから手加減をしている。


 だけどその状態では邪魔者は排除できない。


 どうにかしてキリヤに攻撃を当てる手段、それは案外近くにある。


 アリス、キリヤが助けに来た幼馴染。


 シオトメは裏社会でも外道に位置する人間だ。


 確証を持ったらなんでもやる。


 「こうすれば良いよなぁ!」


 怯えきったアリスの瞳に写るのは、シオトメが握った石のような硬い拳。


 単純明快、助けに来た対象に攻撃をすればどう動くか。


 それだけである。


 ◆


 「アリス!」


 シオトメの拳がアリスに向けられた。


 クソっ!


 頭の中にノイズが走る。


 眼に映るテロップが変わった。


 『アリス死亡100%』


 俺はまだ頭の隅に置いていたのかもしれない。


 合理的に考えるなら、サキュバスの状態で不意打ちでアリスを助ければ良かったのだ。


 だけど、俺は人間の状態で正面から入った。


 証拠を作り出す必要があったのは確かだが、アリスを確実に助けるならその選択は良くなかったでは無いだろうか。


 また俺は選択を間違えるのか。


 ⋯⋯なんで。


 「邪魔だ!」


 俺の前を阻む男達。


 「邪魔だああああ!」


 そうだよな。


 幼馴染を助けるのに、羞恥心に縛られて良いのか。良い訳あるか。


 後悔したくない。だから今だけ、今だけは、俺は自分の種族を受け入れる。


 ズドン、アリスに向かって落ちた拳は空を殴った。


 「き⋯⋯」


 「大丈夫だ。もう俺は迷わない」


 服が破けようとも、恥ずかしい格好になろうとも、性別が変わろうとも、守りたいモノがあるのだ。


 信念と覚悟を持ち、貫くのが俺の昔から憧れている探索者の像だ。


 「ちょっと待っててね」


 コンテナの上にアリスを置いた。


 「どこ行った!」

 「消えたぞ!」

 「ヤジマ! どこ行った!」


 下では奴らが俺が消えた事に慌てていた。


 空を飛んで、新鮮な空気を深く吸う。


 「スーーハーー」


 月の輝きがいつもよりも眩しく見える。


 心が高揚するのを感じる。


 「身体が良く馴染む。⋯⋯不思議な感覚だ」


 サキュバスやヴァンパイアなどの特定の種族は月の下でその力を向上させる体質を持つモノがある。


 サキュバスの場合は、まぁ性的な方での向上する部分が大きいんだけど。


 しかし、今はそんな興奮が一切感じない。


 「行くか」


 今の俺は、自分が想像する以上にはやかった。


 毒霧を吐き出しているトカゲ男を地面に叩きつけた。


 俺の存在に気づく前に奴は気絶した。


 「何が起こったぐぎやっ!」


 「アイツだ! 一体どこがっ⋯⋯」


 「何が、起こっているんだ」


 サキュバスだったら魅了して、仲間同士で争わせるのが普通だったのかもしれない。だけど、それは怒りが許さなかった。


 一度でも、ユリ達と同様の立場、魅了された立場にしたくなかった。


 一人、また一人と気絶させていく。


 力の加え方、場所や角度を意識して、確実に相手の意識を刈り取る。


 残るはシオトメたった一人になった。


 「ヤジマ、どこに居る!」


 どんなに力が強くても、スピードで追い付けなければ当たらない。


 当たらないのなら意味が無い。度を超えるスピードでは、視界にも入らない。


 「今のお前じゃ、この俺には追いつけない」


 瞬時にシオトメの背後に回り込み、蹴り飛ばした。


 「ぐはっ」


 立ち直ったところで再び背後に移動して、同じように蹴り飛ばした。


 一度上昇して、停止し、シオトメを見下ろしながら垂直に降りる。


 奴の頭を地面に埋める。


 普通の落下とは違い、飛行の加速で攻撃している為、普段よりも何倍も威力は出るだろう。


 「クソが。クソクソ。なんなんだお前は!」


 刹那、怒りに染まったシオトメは遂に全力を出した。


 『獣化』、獣人の種族特有の能力である。


 獣の力を増幅させる事によって、特徴を伸ばす。


 シオトメは上半身がゴリラに近づき、パワーが大幅に上昇しただろう。


 「攻撃力増強パワーアップ


 獣人の種族はランダムに一部の身体能力を向上させる魔法を得られる。


 シオトメは種族に合致した、パワーをアップさせる魔法らしい。


 「舐めやがってぇ」


 筋肉が隆起するシオトメを見下ろしながら、再び問いを投げる。


 「お前に一つ質問だ。なんでアリスを狙った」


 「決まってるだろ! 身体だよ!」


 「そうか。分かりやすい答えだったよ」


 コイツのやって来た事は色んな女性を絶望させただろう。


 だから裁く、なんて事はしない。それは俺じゃなくて法がする事だ。


 俺はヒーローでもなんだもない。高校生の探索者だ。


 そんな奴だから、殴っても罪悪感は一切無いかな。


 だから俺は、これから始まる事実を冷徹に伝える事にした。


 「アリスの心を弄び、女性を食い物にした元凶であるお前を俺は、一方的に殴る」




◆あとがき◆

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