第47話 人間だからと侮るなかれ

 運命の確率が示す方向に向かって最速で向かった。


 「遅い! もっと、もっと速く飛べよ!」


 もっと飛行訓練をしないと、走る時よりも遅い。


 建物などの障害物が無い分、直線的に進めているがそれでもスピードは遅い。


 風を感じない。スピードを感じない。


 「アリス」


 運命のテロップが示したのは数年前に廃業した廃工場だった。


 右手を上げて、扉を人間状態に戻りながら蹴り飛ばした。


 無事を祈って。


 「あぁん?」


 「⋯⋯」


 ビリビリに破り捨てられたアリスのお気に入りの服、その破いた部分を持っていたのはシオトメ先輩⋯⋯いや、シオトメだった。


 「⋯⋯何しているんだ」


 自分でも驚く程に怒気の籠った声を出した。


 周囲の男達には目もくれずにアリスに歩み寄る。


 「アリス、もう大丈夫だ。安心して良い。帰ろう、今日は俺が飯を作る」


 「おいおい。ヒーロー気取りか?」


 俺はシオトメに視線を送る事無く、アリスに近寄る。


 急いでこんな錆びた鉄の臭いがする場所から離れたい。


 無視したのが癪に触ったのか、シオトメが男達に指示を出した。


 刹那、俺に武器を掲げて襲って来る。


 「大丈夫だ」


 目を見開いたアリスはきっと、今から起こる事に恐怖したのだろう。


 声が出せない中、必死に空気を出している。目で、俺に逃げるように訴えている。


 最初に襲って来たのは鉄パイプだった。


 「馬鹿が。ぶっ飛べや!」


 腹に命中した鉄パイプ、その勢いは俺を吹き飛ばして後ろのコンテナまで行かせた。


 「雑魚がカッコつけやがって。続きやろうぜぇ」


 「痛いなぁ」


 ゾンビの攻撃の方が痛かったな。


 仲間を失った時の方がもっと痛かった。


 それらと比べたらこんな攻撃、赤ちゃんが全力でほっぺをつねっているようなモノだ。


 「へっ。面白い」


 再び鉄パイプを構えて迫って来る。


 ありがたい事に、俺をリンチしたいのかアリスには誰もが手を伸ばさない。


 本当にありがたい。


 「頭砕けとけ!」


 鉄パイプが俺の頭に炸裂した。


 ドンッと言う鈍い音と共に、口から逆流した血を吐き出す。


 「一般人が魔無我琉夢マナガルムに勝てる訳ねぇだろ!」


 「さっさと殺せ!」


 「サツが来たら面倒だぞ」


 よろめきながらも倒れる事はしないで、相手を睨む。


 変わった名前だが⋯⋯何かの組織だろうか。


 極道って風貌じゃないか。半グレか?


 厄介な状況だな。こんなヤツらと関わり合いたくない。


 「それじゃ、女の子を助けに来たヒーロー気取りのボクちゃん、死ぬ時間だぜ!」


 掲げられた鉄パイプを右手で受け流し、持ち上げた。


 「は?」


 全力で持っていたのか、本人ごと持ち上がった。


 合気である。


 相手の力を利用してパイプを投げ飛ばす予定だったのだが⋯⋯武器をそれで手放さいのは只者では無い証拠か。


 それでも俺のやる事は変わらない。


 『アリス助かる100%』


 もう十分だ。俺の視界に入るな。


 「シオトメ、なんでこんな事をする。他にもして来たんだろ」


 「なんでって⋯⋯楽しいからに決まってるじゃないか。知っているかい。絶望する女の子達の顔を。楽しめるだけじゃない。金にもなるんだ!」


 ここでして来た事をペラペラと自分の口で語ってくれた。その恍惚な表情は嘘を言っている様に見えない。


 「全て知って死ねるんだ。良かったね」


 「俺を殺せばお前ら全員刑務所行きだ」


 「大丈夫だよ。お前を殺して、楽しんだ後惨めにコイツも処分する。証拠は残さないさ」


 反吐が出そうだ。


 全てを話し終えて満足したのか、ドスを持った男が俺の背中を突き刺した。


 「あははは! 探索者の集まる部活に入っているから強いのかと思ったら、正真正銘の雑魚じゃないか! ここが分かった理由は知らないけど、なんで来たのさ」


 全員が笑う。


 トドメの一撃としてか、鉄バットが振り下ろされる。


 それを腕でガードしたが、力任せに頭まで打ち抜かれた。


 響き渡る衝撃に俺は地面に倒れる。


 ◆


 嘘⋯⋯でしょ。


 キリヤが、負けたの?


 ごめん。私のせいで。


 私を助けに来てくれたのに、こうなってしまって。


 せっかく忠告してくれたのに。もっと冷静になって話し合えば良かった。


 他人を悪く言ったり思ったりするキリヤが初めて、気が動転して⋯⋯言い訳か。


 小さい頃から家が隣でずっと一緒に育って来た、家族のようなモノ。


 家族を巻き込んでしまった事に、深く後悔する。何もできない自分が悔しい。


 声が出せないし全く身体に力が入らない。


 ⋯⋯どうしてこうなってしまったのだろうか。


 キリヤの忠告がここまで的中する事になるなんて⋯⋯思ってもみなかった。


 ごめんね。私のせいで。


 心の中で謝る事しか無力な私にはできない。


 ただここから起きるだろう、非人道的な行為を想像して涙を零した。


 ━━ごめんなさい、キリヤ。


 しかし、月光に反射した球体を見た瞬間、私の中に一つの希望が芽生えた。


 ◆


 「どうするコイツ?」


 「そのまま放置しておけば良いよ。目の前で幼馴染が汚される姿を見れば良いさ」


 「あんたも鬼畜だねぇ」


 コイツらのやって来た悪行の証拠は十分に集まっただろう。


 俺もだいぶダメージを受けたし。


 「そろそろ、正当防衛は成立するかな?」


 「あぁん? がぐっ」


 俺はドスを突き刺して来た男の喉を肘で強く打った。


 強烈な一撃によってソイツの意識は刈り取られる。


 何が起こったのか分からない半グレ共はその動きを止めた。


 「あー痛い。凄く痛い」


 ダンジョン帰りで包帯を身体に巻いてなかったら、もっとやばかったかもね。


 そんな冗談はさておき、俺は殺意を込めて奴らを睨む。


 「かかって来いよ。こっからは本気で抵抗してやる」


 「カッコつけやがって」


 シオトメのボソリと呟いた一言によって、一斉に襲いかかって来る。


 地の利は相手にあるだろうが、そんなのは関係ない。


 全ての攻撃を躱し、受け流し、反撃に強めの拳をねじ込む。


 「何してるお前ら!」


 「黙れ! 今は黙れ」


 一枚岩じゃないのか、仲間がシオトメを叱咤する。


 「なんで当たらねぇんだ」


 「避けてるから、ただそれだけ」


 全ての攻撃の軌道を掌握できなければ、正当防衛を成立させるための演技はできない。


 それができたのなら、反撃は容易だ。


 「ちぃ。めんどくせぇな。さっさと終わらせる!」


 そう言った鉄パイプを持った男は手の甲を掲げて、種族に変身する。


 種族は獣人族の犬種である。


 「お前らのようなゲスには立派な種族だな」


 全員が種族持ち、つまりは探索者の資格を持っている訳だな。


 だけどさ。


 いくら速くなろうが、いくら力が強くなろうが、基礎がなって無いのなら意味が無い。


 拙い武芸では俺に届かない。


 速いのならば予測の時間を早めれば良い。相手が動いた瞬間に避ければ良い。


 力が強いのならば、普段よりも余裕を持って回避すれば良い。


 受け流しとは柔よく剛を制す事。


 どんなに力が強くたって、技術の前には意味が無い。


 返って己に来るダメージが大きくなるに過ぎない。


 「なんでだ。なんで当たらねぇ!」


 「戦い方が乱暴だ」


 乱暴に振るわれた鉄パイプを回避して、反撃の拳を顎に打ち込む。


 人間のパワーでは種族になった奴を怯ませるのは難しい。


 だけど、それもやり方次第。


 こうなれば、殺害以外の抵抗は基本正当防衛となる。


 だから俺も手加減はしない。


 相手の頭を握って、膝を顎に打ち込む。


 「ぐっ」


 「これ借りるな」


 相手の鉄パイプを奪い取り、股間を狙って強く振るった。


 「ぐっぅぅぅ」


 「種族になっても、急所は変わらんよな」


 他の奴らが束になっても俺には叶わない。


 種族になったせいで耐久性が上がり、何回攻撃しても立ち上がって来る。


 「一体、どうなってやがる」


 ◆


 シオトメは混乱していた。


 いきなり現れたバカだと思っていた。


 自分の道具に成り果てるだけの女を助けに来たヒーロー気取りの頭お花畑のバカが来たのだと。


 最初は優勢だった。


 ただ一方的に攻撃を受けていただけだった。


 だが、今はどうだろうか。


 攻撃を全て受け流し、反撃を繰り返し、武器さえ奪い取って使っている。


 種族を使って人間の限界を超えた、殺人をいとわない奴らの集まりが、⋯⋯ただの人間に負けているのだ。


 その光景が何よりも驚きであった。


 (まずい。コイツがここに来ているのならサツに通報されている可能性は高い。時間をかけると面倒だな。俺はまだ楽しみたいんだ)


 人間状態と言う舐めプの内に勝負を終わらせるべく、シオトメは種族を解放する。


 「所詮お前は袋のネズミだ。確実にここで死ぬ」


 それは確信めいた言葉だった。


 しかし、見落としていた部分がある。


 アリスが動けなくなるまでの時間を既にキリヤは過ぎ去っていた事に。


 それで尚、動きが衰えてない事に。



◆あとがき◆

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