第8話 森の洞窟に潜む魔物の正体

 休憩を終えて、魔物が棲んでいるという森の洞窟を目指す。

 しかし――すぐに私の膝が震える。


「はぁ、はぁ、はぁ、そろそろ休憩しないか、カリン?」

「さっき! 今さっきしたよね! 日常生活すら心配になる体力のなさだよ!」

「そうは言っても、スタミナというものは急につくものでは…………もう、村に引き返さないか?」

「できるわけないじゃん。まだ、魔物がいるかどうか、どんな魔物かもわかってないのに」


「それならわかっている」

「ほぇ?」


「村からだと距離があって曖昧だったが、さすがにここまで近づけばな。魔物の発する魔力で種族はもうわかっている」

「え、本当に?」

「ああ、本当だ。しかし、こうまで近づかないとわからないとは……これは体力だけではなく魔力も衰えているようだ」

「そういえば、おじさんって魔法使いなの? 魔石の魔力を正したり、魔力で魔物を感じ取ったりしてるし。初めて会った時も何か魔法を使っていたみたいだけど」


「それについては先ほども述べたと思うが、魔法は使えるが専門というわけではない。それよりも魔物の正体だが、なるべく早く村へ戻り――ん? どうやら時を見誤ったようだな」

「時? どういうこと、おじ――え!?」




 巨大な風切り音が空に轟き、私たち二人を覆う巨大な影が一瞬にして通り抜ける。

 カリンは空へ瞳を向けて、過ぎ去っていく三つの翼を指差した。


「おじさん、あれって――!!」

「ああ、龍だ。子連れのな」



 龍――爪と翼と長き尾と太き胴を持つ、トカゲの容姿をした存在。

 しかし、小さなトカゲとは違い、人を一飲みにできる口と、家を影で覆いつくす巨大な体を持つ。

 皮膚は金属のごとき硬き鱗に包まれ、人のわざである剣や槍を寄せ付けず、一たびあぎとを開き乱杭歯らんくいばを見せると、そこから炎を吐き、町や命を焼き焦がす。



 私は鱗の色を見つめ、言葉を落とす。

「深紅の鱗……火龍か。火を司る龍。攻撃力は龍族の中でも群を抜いているな」

「冷静に分析している場合じゃないよ! あいつら、どこに向かって!?」

「そんなものは決まっている。パイユ村だ」

「え!?」


「君も見ただろう。巨大な龍の傍に二体の小さき龍。あれは生まれたばかりの龍だ。親龍は餌場の近くで卵を産み、子が誕生すると早速餌を貪りに向かったのだ」

「そ、それじゃ、村のみん――」

「ああ、貫太郎が危ない!」


「え? ええ~」

「なんだその反応は!? 貫太郎が心配じゃないのか!」

「もちろん、貫太郎ちゃんのことは心配だけど、村の人たちのことも」

「そんなのはどうでもいい!」

「ええ~」

「さぁ、ぼさっとするな! 村に戻るぞ!」



 私は村へ走り向かう――が、すぐに息が上がった。


「はぁ、はぁ、はぁ、おのれ~。貫太郎の一大事だと言うのに~」

「本当に体力なさすぎだよ、おじさん。わかった、わたしが先に戻って何とかする!」

「はぁ、はぁ、何とかとは? 龍相手に勝てる見込みでもあるのか?」


「そんな見込みはないけど、頑張って牽制するなりして村のみんなが逃げる時間を稼いで見せる!」

「できれば、村人を放置して貫太郎と一緒に逃げて欲しいんだが……」

「そんなことできるわけないじゃん! どっちも大事な命、平等に守るべきものなんだから」


「命が平等だと? 何を馬鹿なことを。親しい存在とそれ以外の存在では明確な差があるだろう?」

「それは……」

「もし、命に平等があるとすれば、それは自分にとって興味のない存在の命だけだ」


「違う! おじさんの言うとおり、心の中で命の優先順位をつけてしまうことはある。でも、興味のない命なんて存在しない。救えるなら、どんな命だって救いたい!」



 この彼女が張り上げた言葉を受けて、私はこれ以上言葉を重ねても無駄と思い、声を降ろした。

(人間族や影の民は短命種がゆえに、命を大事にし過ぎるきらいがあるからな。命に対する価値観は、長命種である魔族の私とでは溝があり過ぎて折り合わぬか。ま、これが魔族と人間族の争いの根幹でもあるしな。それはさておき――)



「わかった、問答の余裕がない以上、止むを得まい。村につき次第、貫太郎の助力を仰げ」

「貫太郎ちゃんの?」


「君は親龍を牽制して引きつけろ。子龍こりゅうは貫太郎に任せておけ。生まれたばかりの子龍程度ならば彼女の敵ではない」

「え、え? そ、そうなの? どんな牛なの? 貫太郎ちゃんって」

「いいからさっさと行け! 私もすぐに向かう! それまで二人で耐えてくれ!」

「すぐに向かうって、おじさんには無理でしょ?」


「多少準備に時間はかかるが、ちょっとした足がある。だから、貫太郎を頼んだ!」

「うん、わかったよ。貫太郎ちゃんのことはもちろん、村のみんなのこともね。それじゃ!」

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