第29話 サイバーパンクと旅立ち
「それじゃあ行ってくるね」
イクシーがレイドアーマーの手を振ると、子供たちが振りかえす。
ラボトレーラーとレイドアーマー用トレーラー、防衛ドローンとロボットが詰まった専用車。それより一回り小さいトラックが走り出す。
シャロはレイドアーマーのトレーラーに、トラックにはバイセンが乗っている。ガレとオーフは留守番だ。防衛ドローンとロボットを村に配備しているが、戦力は多いほうがいい。それに二人は同行したいとも言わなかった。
「しっかしスゲエなこいつは。馬車の何倍も速い」
バイセンは運転席のシートでつぶやく。
彼は自分の馬車で行くつもりだった。しかしイクシーにとって馬車の移動速度は遅すぎた。なのでプリンターで出力したトラックを提供することにする。
バイセンは自動車を見たことがないので、この鉄の塊が馬なしで動くとは信じられなかった。なのでまず動くところを見せた。
「うおおおおぉ」
バイセンはハンドルを握るイクシーの横で、思わず声を出してしまった。トラックは信じられない速度で走り、地面のくぼみや隆起をものともしない。速度もあって車体が少し跳ねる。
「だっ!」
バイセンの体が揺れる。馬車だったら自分の体だけでなく、馬車そのものが壊れるほどの衝撃だっただろう。しかしトラックはスピードを緩めることはない。
「とんでもねえ……」
トラックの速度と頑丈さ、そしてサスペンションの衝撃吸収力は馬車を遥かに凌駕している。平地であればほとんど尻に衝撃を感じないのだ。馬車であれば車輪がちょっとした段差を踏むだけで、尻の骨に響くほどの痛みがある。慣れたとはいえ痛いものは痛い。
「これなら今まで数日かかけて行く距離も、下手すれば一日で行けるぞ」
バイセンは前を走るラボトレーラーを見ながら、最初にトラックに乗ったときを思い出す。
「なんとしてでも、こいつを手に入れるぞ。金貨百枚でも安いぐらいだ。だが、あいつが金で頷くとは思えねえ……」
イクシーにどうやって話をつけるか悩んでいると、ラボトレーラーとの距離が離れていたことに気づき、アクセルを踏む。バイセンは最低限の運転方法は教えられていた。ただもし何かあっても、常に監視しているAIフィアが操縦権を奪うことができるので危険はない。
「フィア。魔物や盗賊とかはいない?」
『周囲に危険な存在は確認できません』
複数台のドローンで周囲を警戒していた。
「この前はすぐに魔物が襲ってきたのに、おかしいな」
「おかしくねえ。おかしいのはあの森だ。こういう開けた場所にはほとんど魔物はいねえ。そもそも魔物が出ない場所だから道になってるんだ」
レイドアーマーの中でバイセンの声を聞く。通信が繋がっているのだ。シャロとも繋げているが、彼女はひどく無口だった。
今走っているのはなだらかな丘陵地帯だった。遠くに山と木々が見えるが葉が少なく、丘も草がほとんど無いのでどこか寂しい。
「そういえば今って冬なの」
「そうに決まってる。寒かっただろ」
全身をサイバネ手術しているイクシーには、この程度の低温は問題にならない。気温の高低は意味がなく、常に適温に感じられる。
「雪って降るの? あとどれぐらいで春になる?」
「雪は毎年積もる。まだ冬になったばかりだから四ヶ月は続くぞ」
「そうなんだ。もっと冬用のもの置いておけばよかったかな」
イクシーは子供たち全員に服を配っていた。冬用インナーと高機能ジャケットと下着など。粗末な服しか着ていなくてひどく寒がっていたからだ。さらにはエアコンも設置した。
「十分だろ」
バイセンも同じ服だ。試しに着てみたらあまりの暖かさに手放したくなくなった。店を開けるほどインベントリには在庫があったので、イクシーは無料でプレゼントした。
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