四十路女はチョロインにはなりません! と思っていたのにバーテンの若いにーちゃんと言い合っていたら、いつの間にか食われてしまった件
長岡更紗
四十路女とバーテンの男
「四十歳、全然ありですけど」
比較的新しいバーで一人カクテルを飲みながら、目の前のバーテンに冷笑する。
二十五歳のイケメンにそう言われた私は、『全然あり』という言葉に違和感を覚えてしまう不惑女だ。でもうるさいやつと思われたくないので、わざわざ指摘したりはしない。
「まぁ四十歳も色々いるしな」
気の若い人、美魔女、そういう人は四十だろうが五十だろうがモテるものだろう。
残念ながら、私はその範疇外だけどな。いろいろ面倒くさくて半分以上枯れていると思う。
「
「寝言は寝て言いな、坊や」
ちゃんちゃらおかしくなって、そんな言葉でぶった斬った。
「じゃあ寝言で言うんで、一緒に寝てください」
そんな返答に、ついていた肘がカクッと落ちる。カッコよく決めたつもりが全然かっこよく決まらなかった。
予想外の反応だ。なんかちょっと、天然系かなとは思っていたが。
「あのさ、たけるくん、だっけ」
「たけるんって呼んでください」
「いや呼ばねーよ」
真面目な顔でとんでもないことを言い放つ青年だ。わざとなのか天然なのか……
多分、天然の方。
「じゃあ四宮さんのこと、しーちゃんって呼んでいいですか」
「嫌に決まってんだろ」
「しーちゃんの下の名前、なんて言うんです?」
「呼ぶなって言ってんのに! ミカ子だよ!」
「なあ、ミカ子」
「いきなり呼び捨て?!」
「だって、しーちゃんって言ったら怒るじゃないですか」
「たけるん、常識って知ってるかな?!」
あ、思わずたけるんって言ってしまったじゃないか! たけるくんって呼ぶより呼びやすいから仕方ないな。
「俺、明日なら休みなんで、ミカ子の家に行けますよ」
「だから呼ばないから」
「あ、俺の家でも全然いいです!」
あああ、全然いいという言葉がやっぱ気になるんだよ!
「ちなみに聞くけど、たけるんの家で何すんの?」
「そうですね、ゴム跳びとかします?」
「あんた不惑舐めてんの?」
ゴム跳びは大得意だったよ! 今は十センチも飛べないけどな!
「あはは、さすがに冗談です。俺、ゴム跳び知らないですし」
それはそうだろうよ。
「たけるんは、幼少期は何して遊んでたの。あ、テレビゲーム以外で」
「ゲーム以外でですか? ベイブレードですね! 空前の大ブームでした!」
「ベイブ……ああ、ベーゴマのことね」
「ベーゴマってなんですか?」
おう、ジェネレーションギャップ。
まぁ私もベーゴマなんて見たことないんだけど。親の世代だわ!
「じゃ、これ俺の住所なんで」
「こっから近っ!」
「通勤時間五分です。俺、起きるの遅いから」
「ここ、開店時間午後七時だよね?!」
「はい、いつも六時五十分に起きます」
「もっと早く起きろよ?!」
「じゃあ、これからはミカ子が起こして」
「いや、だからなんで一緒に寝る前提なんだよ!」
「ベイブレードでもします?」
「しないわ! もう帰る!」
「分かりました、明日待ってますね!」
たけるんは人の話を聞きゃあしねー。
よくこれでバーテンダーなんてやってられるな。
でもなんでか、ついつい来ちゃうんだけど。
そして翌日……来ちゃったよ、たけるんの家の前に!
いつ行って良いかわかんなかったもんだから、お昼ご飯を食べ終わった午後一時に来てみた。
扉の前に立つも、ちょっとチャイムを押す勇気がない。なにやってんだ、私。
チャイムに指を当てて押そうか押すまいか悩んでいたら、後ろを通っていた人にぶつかられて押しちゃったよ! ふざけんなぁ!
このまま逃げるか?! 四十にもなってピンポンダッシュ?! それでいいのか私の人生! ってか多分走れないわ!
「ふぁあ……ミカ子、いらっしゃいませ……」
なんだかとっても眠たそうな人出てきた。そういや寝てるわな、夜の仕事なんだし。そして完璧寝ぼけてる。いらっしゃいませて。
「いや、悪かった、ホント。帰るわ」
出来心で来てしまったことを反省して踵を返すと、後ろからたけるんが乗っかってきた。重い。
「ちょ、たけるん?!」
「ぐーっ」
見事な寝息。立ったまま寝るか、普通。
「こんなとこで寝るな! 起きろ!!」
たけるんに反応はない。くそ、放り出すわけにも行かないじゃないか。
返した踵をまた返して、勝手に部屋の中に入ってやる。
ワンルームだからすぐそこにベッドがあって、たけるんを放り投げた。
「はぁ、はぁ! 四十路の体力舐めんなよ! 明日は筋肉痛だぞ!」
聞こえているのかいないのか、幸せそうに口をむにゃむにゃ動かしているたけるん。
くそ、めちゃくちゃ寝顔かわいいな! イケメンめ、さぞおモテになるんだろうて。
こちとら生まれて四十年間、彼氏なんてできたことねーわ!
ちょっとだけ写真撮っても良いだろうか。いや、ダメか。せめて瞼に刻んどこ。
「んにゃ……ミカ子、さん……あ、だめ……」
なんだこいつ、どんな夢見てんだ?!
「あ、ああ……しゅ、しゅきぃ……」
とりあえず動画だ!! こんな顔されたら、たまらなくなるだろうが!
え、犯罪? ざけんな、訴えられそうになったらとりあえず土下座すりゃあいいんだよ!! この顔を撮らずにいつ眠ったままのカメラ機能を使うっていうんだ!!
「ミカ子……すきぃ……付き合って……」
いや、こいつ……まじで私のこと好きなの?
なんで? どこが? 理解しかねるわ。
でも……くそ、顔がニヤついてしまう。このやろー。
結局私はたけるんの寝顔をじーって見ていて……いつの間にか眠ってしまった。
「ミカ子……起きてミカ子」
誰だ私を起こすのは。いつものイケボ声優の目覚まし時計にしては、文句が違う。
「ミカ子……携帯で何か撮ってた?」
「うえ?」
眠たい目を擦ると、そこにはイケメンの顔が!
ってか私のスマホ、なにいじってんだ! 私の指を使ってタッチIDのロック解除したなぁああ?!
訴えるぞコラ!! 私もいっぱい寝顔を撮っちゃったけどな!
たけるんは私の携帯から動画を再生し始めた。くそ、もうどうにでもなれ!
『……ミカ子……すきぃ……付き合って……ああ……』
再生された動画が進むほどに、たけるんの耳が真っ赤に染まっていく。面白いな、ゆでだこみたいだ。こいつはこんな顔もするんだな。
「お、俺、こんなこと……っ」
「なんの夢見てたんだよ?」
「そんなの、言えるわけないじゃないですか!」
なるほど、言えないような夢な。
いや四十歳相手にそんなの見るとか、悪夢だろ。かわいそうに。
「あー、まぁ若い健康な男子ならそういうこともあるだろ。あんまり気にするな」
「っく、こんな恥ずかしい動画を撮られて……っ 消させてもらいますからね!」
「やめろぉ!」
私は必死になってたけるんからスマホを取り戻した。
これは、これは、今晩のおかず……いや一生の宝にするんだ!
「返してください!」
「いやだ!」
「じゃあ消してください!」
「全力で断るッ!」
「どうしてですか!!」
「イケメンが私の名前を呼びながら悶えているんだぞ! 尊すぎて消せるか!!」
あ、しまった、うっかり本音が出てしまった。
たけるんは私の言葉を聞いて、キョトンとした後ニヤリと笑った。
「そんなの、いくらでも見せてあげるし聞かせてあげますよ。だから動画は消してください」
「は? 何言ってんだ? つまんない演技なんか見せられても、こっちが萎えるんだよ」
「満足させてみせますよ。演技じゃなく、本気ですから」
「だから何を言っ……」
このやろう、私が最後まで言う前にキスしやがった!
四十路のファーストキスを奪いやがって、こっちはもうメロメロだわ!
唇が離れると、ほうける私の手からスマホを奪ってピピっと操作している。
「じゃ、動画は消しておきましたんで」
「あああ、私の心のオアシスになるはずだったのにどちくしょー!!」
「こんな動画じゃなくって、本物があるじゃないですか」
「いや本物はちょっと」
誰にでも股を開く女と思うなよ!! なんたって経験ないんだからな!
そんな甘い顔したって、イケメンだからってなぁ……!!
「わ、私のことが本当に好きなのか?」
「はい! ミカ子のちょっとぷよったお腹とか、むちっとした太ももとか、安っぽい唇とか、優しい目尻のシワとか、ベイブレードを知らないところなんかもうたまりません!!」
なんかたけるんってやっぱ変だよな?!
人を安っぽいっていうな! 安売りしても売れねーわ!
あ、今売れようとしてんのか。
「くそ、よくわからんが、私のことは好きなんだな?!」
「好きです!! めちゃくちゃ大好き!! こんな好みの人にはもう出会えないってくらいに好きです!」
っく、そんな言葉で私が足を開くとでも思って……
「ミカ子さん……俺を……振らないでください……」
なんだその顔。雨の中の捨て犬か! しかもいきなり『さん』付け?!
イケメンがそんな手に出るとか、ずるいぞ!!
「ミカ子さん……もう、俺……」
「っく……」
足、開いちゃったわ!
モノホンのかわいい声聞けたから満足!! 責任とって付き合ってもらうからな!!
ああ、幸せだよこんちくしょー!
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四十路女はチョロインにはなりません! と思っていたのにバーテンの若いにーちゃんと言い合っていたら、いつの間にか食われてしまった件 長岡更紗 @tukimisounohana
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