第27話 side 叔母

「お久しぶりね、花井」

「佳代子様……どうしてここに?」

「栄野田を離れたら私には力はないと思っていた?見くびらないでちょうだい」

「そうだとしても……。わざわざ、病院まで、ご足労いただいて申し訳ありません」

「花井。そんなにかしこまらないでいいのよ。私は、もう栄野田の人間じゃないのだから……」



ずいぶん見ない間に、花井の体は一回り小さくなってしまった。

私が、ここに来たのは、夕貴の言葉だった。






「叔母様。私は、コウキと別れる事になりました」

「そうですか……。あれが役に立ちましたか?」

「いえ。防犯カメラに映り込んでいただけです」

「君千嘉さんも、そうですが……。男の人って、最後の爪が甘いものね」

「そうですね。あの、叔母様には話しておこうと思うのですが……。実は、コウキの好きな人は、男の人なんです」

「まさか、男なの?」



驚いた私に夕貴は、微笑んだ。

まさか、『男』だとは思わなくて私は驚き、それ以上何も言えずにいた。



「コウキは、優しいから。私を捨てられなかっただけだったんだと思うんです」

「優しいから?それは、どういう意味なの?」

「それは……何と言えばいいのかわかりません。ただ、彼女が会社にやってきた時に、見せてもらった動画にまさかとは思ったけれど……。それと同時にやっぱりって思ったんです」

「やっぱり……ですか?」

「私の友人の一人が、コウキの友達と密に連絡を取っていたんです。まだ、付き合っていた頃、彼女が私に言ったんです。「コウキ君、昔、男の人と手を繋いで歩いていたらしいよ。彼が見たっていうのよ。大丈夫?夕貴、騙されてない」って……。私は、ずっとその言葉が引っ掛かっていたんです」



夕貴の言葉に胸が痛むのを感じる。

私は、何も言えずにそっと夕貴の手を握りしめた。



「叔母様。コウキと過ごした日々は幸せだったと今は思えるの。コウキは、私をあの人から守ってくれたかったんだって。きっと、自分と似ていたから」

「そう思えているならよかったわ。似た者同士は、うまくはいかないものね。私と君千嘉さんも似た者同士だったから、よくわかる」

「叔母様……実は……。私は、今好きだと思える人がいるんです」

「やはり、そうでしたか。さっきから、夕貴の様子を見ていてそうではないかと思ったわ。今度は、どんな男の人なの?」

「男の人じゃないんです……」

「それって……」

「叔母様と花井のようなものです」

「そんな事……」

「してはいけない事ではないでしょう?」

「一時的な感情で血迷ってはならないわ。今は、冷静になれていないだけで……。いずれ、間違いに気づくわ」

「私は、冷静ですよ。一時的な感情ではないです。彼女と共に生きて行きたいと深く思っています」



私は、夕貴に何も言う事ができなかった。

あの頃の私は、花井の手をとる勇気がなかった。

だから、一時的な感情だと自分に言い聞かせ……。

栄野田のお屋敷の中の事だからと言い聞かせ……。



「もう今は、多種多様なんですよ。叔母様の生きていた時代とは違うんです。叔母様、どうか花井に会いに行ってあげてくれませんか?もしも、会って少しでもときめきを感じたなら花井の最期の時までそばにいてあげて欲しい」



夕貴は、鞄から小さなメモを取り出し私に握らせた。



「私は、花井にも叔母様にも後悔して欲しくないんです」

「どうして?」

「あの時の叔母様は、叔父様といるよりもとても綺麗だったから……」

「夕貴……」

「あっ、私もそうなれていますか?」


スマートフォンの待受画面には、小さな女の子を間に挟み。

ニコニコと微笑んでる夕貴と女の人。


「とても、綺麗よ。夕貴」

「叔母様にそう言ってもらえて、とても嬉しいです。それでは、仕事なので失礼します」

「また、何かあったらいつでも来なさい」

「はい」


夕貴の顔は、幸せに満ちていた。

私も花井といる時、あんな顔をしていたのだろうか?





「ずっと入院なの?」

「明日には、退院です。どうやら、もう出来る事はないようです」

「そう」

「退院したら、どこかふらふらと死に場所でも探そうと思っているんです。栄野田の家を出て何も残っていない私にお似合いの場所を……」


……。

…………。

………………。


「それなら、私の家が相応しいわね」

「えっ?」

「何者でもない花井にとって相応しいのは、私の家よ」

「どういう事ですか?佳代子様」

「佳代子でいいわ。敬語もいらない。もう、私は栄野田の人間ではないもの。あなたもそうでしょ?花井」

「そんな佳代子様の家に行くなんて……。駄目です。そんな事は、絶対に許されません」

「誰に許されないの?」

「それは……」


花井の黒目が左右に揺れる。

許されない相手を探す事を必死にしているのがわかった。


「花井。今の時代、女同士の恋愛は当たり前なのよ。だから、堂々と手を繋いで歩けるのよ」

「佳代子様……」

「様は、いらないわ。智子さとこ

「佳代子さ……」


様をつけられたくなくて、私は花井の唇にそっと唇を重ねた。

あの写真の夕貴のように、私も幸せに満ちていたい。

花井の最期の時まで、寄り添っていたい。


「夢みたいです……まさか、こんなこんな事が……。病気になってよかったです。そうじゃなかったら、私は佳代子……さ」

「様は必要ないわ。治る病気なら、よかったのに……。それなら、私は智子と最期まで一緒にいれたじゃない?私の最期を看取ってくれるって約束したじゃない」

「ごめんなさい。私だって、そうしたかった。佳代子を看取って私が死にたかった。これから先の人生も、佳代子の傍にいたかった……」

「お金があっても、治せないないなんて皮肉よね。私は、智子が治るならいくらだってお金を出すのに……」

人間ひとは、平等な生き物であると教えてくれる病気なのかも知れない」

「そうかも知れないわね」



花井の体を蝕んでいく病魔をとめる事が出来るなら、いくらだって払うのに……。

花井が言う通り、平等だと教えてくれるのが病気なのだろうか?



「それなら、私達の関係も平等ね」

「そうしていいのですか?」

「そうして欲しいわ。恋人に敬語なんて不自然でしょ?様つけもね」

「はい」

「明日、迎えにくるわ」

「待ってます」


花井に別れを告げて、病院をあとにする。

花井に残された時間は、あとどのくらいだろう?

その時間で、私は花井に愛を伝えられるのだろうか?


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