第15話 目覚めた私の目に……。

目が覚めて、誰もいなかったらどうしよう。

そう思いながら、ゆっくり目を開くと彼女が机の上でパソコンを開いてキーボードをパチパチと叩いている。


よかった……。

ずっと一緒に、居てくれたんだ。

私は、彼女の仕事をしている姿を見つめていた。

男の人に負けないぐらい。

かっこいい。


「目が覚めた?大丈夫?」


彼女が私に気づいて声をかけてくれる。


「もう、大丈夫。いつでも行けます」

「わかったわ。少しだけ待ってもらえる?これだけ、やってしまいたいから……」

「もちろん」


彼女は、またキーボードを叩き始めた。

私もこんな風にキャリーウーマンになれたら違ったのかな。


「終わったわ。行きましょう」

「はい」

「立てる?」

「大丈夫。あの、これ……。ありがとう」

「いいのよ」


彼女は、優しく笑って毛布を受け取ってくれた。

彼女の笑顔に時々、胸が締め付けられる。


「車を回してもらってるから。旦那さんの職場に行くのは初めて?」

「あっ、はい」


仕事モードのままの彼女は、すごくかっこよくて……。

彼女が男だったら、「好きです」って言ってしまいそう。


会社を出ると運転手さんが降りて、ドアを開けてくれていた。

やっぱり、彼女は住む世界が違う。

わかっていたのに……。

少しだけ、寂しい。


「ありがとう。しほりさん乗って」

「はい」


車に乗り込むと運転手さんは、すぐにドアを閉めて発進してくれる。


「夫と結婚した日から、いつか、こんな日が来るんじゃないかってわかっていた気がする」

「どうして?」

「夫は、優しい人なのよ。だから、私の事も傷つけたくなくて結婚しただけなの」

「そんな事ないと思う」

「そうかしら?私に良いところなんてないもの」

「あります。短い間しかいないけど。さっきの仕事してる姿とか、物事をちゃんと自分の意思で決めれるところとか……」

「うっ、ハハハ。ごめんね。何かあまりに真っ直ぐに怒って言うから……つい笑っちゃった」

「何よ!それ」

「ごめんね……」


彼女が笑ってくれるだけで嬉しい。

だから、もっと褒めたくなる。

それに、どこか懐かしくて……。


「つきました」

「ありがとう」

「警備会社?」

「隣にある警備会社が、このビルの警備をしてるの。もちろん、防犯カメラの管理もね。行きましょう」

「はい」


ここに残ってある防犯カメラ映像は、見てはいけないものの気がしている。

開けてはいけない箱。


「また、帰る時に連絡するわ」

「わかりました」


私と彼女は並んで警備会社のビルに入る。


「連絡した栄野田です」

「あーー、はいはい。どうぞ、どうぞ」

「失礼します」

「ビルが閉まってからの防犯カメラ映像はね。よほどの事がない限り見ないんですよ。特に、会社フロアわね」


白髪のおじいさんが穏やかに話ながら、ディスクを持ってくる。


「これを全部見るのは大変ですよ。これは、今年の分です。去年や一昨年のもありますけど、かなりの量ですからね。まずは、これだけにしておきました」

「ありがとうございます」

「いえいえ。あっ、そうだ。隣で見ますか?」

「見れるんですか?」

「何かあった時に確認する為の部屋です。幸い何も起こった事はありませんから使っていません。お時間あるなら、どうぞ。使って下さい」

「そう言っていただけると助かります。では、お借りします」

「どうぞ。どうぞ。好きなだけ使って下さい」


彼女と私は、おじいさんに深々と頭を下げて隣の部屋に入る。

60センチの段ボールに入れられたディスクは彼女が持ってくれた。


「今年だったら、まだ記憶はあるわよね。旦那さんが遅かった日とかわかる?」

「二週間前の木曜日は、残業してくるって言ってた」

「二週間前ね。わかった」


段ボールの中から彼女は、二週間前の日付の書かれたディスクを取り出した。


「再生するわ。大丈夫?」

「これって、音声も……」

「もちろん、入ってるわ。嫌なら、やめましょうか?」

「ううん。大丈夫だから、再生して」

「わかったわ」


彼女は、目の前にあるプレーヤーにディスクを入れる。

大きめのモニターに映像が映り始めた。

彼女は、リモコンを持って早送りをし続ける。

時刻は、どんどん進んでいき。

社内にいる人達が減っていく。

夫のいるフロアだけを映している防犯カメラ映像は……。

仕事をしている夫を映していた。


『あっ…………!!!』


二人で同時に声をあげた。

社内に残っているのは、

それに気づいているように人影はゆっくりと近づいてくる。

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