スノードロップの花束

堕なの。

あなたにあげたスノードロップ

 パタパタという足音が遠ざかる音が耳に入って玄関のドアを開けてみれば、真っ白な可憐な花が一輪置かれていた。スノードロップ。希望の花言葉を持つ花だ。置いて直ぐに立ち去ったらしく、誰が置いたかは分からない。

 花をリビングの花瓶に生けた。それは質素な部屋に、ぽっと明かりが灯ったような存在感を放つ。

 ラッピングされた袋の内側を見れば、手紙がつけられていた。真っ白な封筒にハートのシールがつけられている。ラブレターと言われたら一番に浮かぶ様相をしていた。開けて読んでみれば一言、

「愛しています」

と書かれていた。


 翌日、また足音が聞こえて玄関に行けば二輪のスノードロップが置かれていた。それを同じ花瓶に生けて、またラッピングの内側を見た。昨日と同じ封筒がつけられていた。

 封筒を開けて中を読む。

「愛しています。あなたの万人に与えるその優しさを」

一文増えたそれを手近な箱に保管した。そこには昨日の封筒も入っている。この様子だと明日も届きそうだと思った。


 翌日、玄関には三輪のスノードロップが置かれていた。花の数も増えていく方式らしい。これもまた花瓶に生けて、ラッピングの中につけられている封筒を開ける。

「愛しています。あなたの万人に与えるその優しさを。逆境に立ち向かうその精神を」


 翌日、玄関には四輪のスノードロップが置かれていた。枯れ始めた最初のスノードロップを抜いて、これを挿し直した。中の手紙は今までと何も変わらない。

「愛しています。あなたの万人に与えるその優しさを。逆境に立ち向かうその精神を。例えば父親がどれだけクズでもめげないその心が」


 この奇怪な現象は、何日も何日も続いた。一日ごとにスノードロップが一輪増え、そして手紙の内容も一文ずつ増えていく。そんな中、仕事による転勤が決まった。

 手紙を書こうと思った。いつも玄関にスノードロップを置いていく誰かへ。


 玄関から足音が聞こえる。しかし、いつもと違ってスノードロップはない。その代わりに置いてあった自分からの手紙が持ち去られていた。


 引越し当日、手紙が持ち去られたあの日から、スノードロップを置いていく誰かが来ることはなかった。もう家具などは転勤先に運んでいて、後は自分が行くだけだった。

ピーンポーン

 呼び鈴が鳴る。モニターに映ったのは俯いた見覚えのない人。そして、大量のスノードロップ。

 ドアを開ける。その瞬間に、お腹には鈍い痛みが走った。手を当てれば、赤い液体がついて、、、

「あなたが悪いんですよ。私に愛される以外価値なんてないのに」

 泣いた顔を見て思い出した。彼女は自分の父親が殺した人間の遺族だった。

 彼女は最後に大量のスノードロップを置いた。

「スノードロップの花言葉知らなかったんですね。希望ともう一つ、あなたの死を望んでいる」

 彼女の足音が遠ざかっていく。中には、封筒のない生身の手紙が入れられていた。

「愛しています。あの日、父親の過ちによってあなたが全てを失った日、私も文字通り全てを失いました。あなたの父親のせいで。しかし、私はどうすればいいのか分からなかった。どうしようもなくあなたが好きだった。だから、思ったんです。加害者親族に生きている価値なんてない。それでも、被害者遺族は私で私はあなたが好きだから。だからあなたは私に愛されるために生きればいいと。そうでしょう。なのに私から離れるだなんて。どうして生きてこれたかなど考えもせず突き放すから。死ねば分かるかな、と思いまして。最後に、やっぱり愛していますよ。呪いも込めて」

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スノードロップの花束 堕なの。 @danano

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