冒険者たち

 地表に大きく濃い影が落ちている。晴れ渡った昼間の平原に射す日の光を遮るその影はゆっくりとその平原の上を動いている。影を作っているのは空に浮かぶ大地とその大地を掴んでいる巨大な樹。ジュラとマデオは空を漂うように浮かんでいた。

 平原の動物たちは空を見上げてその存在を一瞥しては、すぐに興味を他に移したが、人間たちは驚き恐れおののいて、騒ぎ立てたり慌てたりした。空を飛ぶ大樹があるという噂はすぐに大陸全土に行き渡った。


 ジュラとマデオは思いつくままに空を行き、時折地表に降りては色んな事を話した。世界を体感するというジュラの思いは果たされているが、世界は広く、世界を巡れば巡る程にジュラの好奇心はますます高まり、マデオにも答えられない疑問がジュラの中に次々と湧いた。


 ジュラの根が掴んでいる大地には元より暮らしていた動物たちがそのままに生きていた。鹿やキツネやリスや鷹、虫も生きていれば、ジュラに比べればはるかに小さい木々が生きていた。人が遠くからジュラを見たならば空を飛ぶ大樹と映ったが、実際には空を飛ぶ森と言った方が正しかった。

 ジュラの森は時折、山間の谷や崖の横に降り立った。そういった時にジュラの森の住人の入れ替わりがあった。多くの動物たちの出入りはその殆どが偶然に行われた。ただし、人間だけはジュラの森を目指し、その意思を持ってジュラの森に入ろうとした。


 ジュラもマデオも森の動物たちの動向を気にかける事など無かった。入れ替わりを良しとも悪ともせず、ただ気の向くままに地表に居座り、ただ気の向くままに空を行った。だから、入れる時は容易く入れるが、入ろうとしても入れないのがジュラの森だった。


 ある時、三人の人間がジュラの森に入って来た。入ろうとして入って来た人間だ。彼らは慎重に歩みを進め、ジュラを目指した。自らが掴んでいる大地の上を蠢く動物に大きな関心など寄せないでいたジュラは彼らの都合など考えない。三人の来訪者を乗せたまま、ジュラの森は浮き上がり空の旅の続きを始める。


「うお、もしかして、動き始めたんじゃね?」

「帰れるのか、オレ達」

「覚悟決めなさいよ、男でしょ。アンタたち」

 ジュラの森の振動を感じ取った彼ら三人は口々に言った。森の端とジュラの丁度真ん中あたりにいた彼らからはジュラの森が浮き上がっているその様を確認する事は叶わない。水平方向に目を走らせても森の端が高度を上げている様子は見えない。木々と草、薮が彼らにそれを見せない。

「上を見て見ろよ。雲が近づいているように見えないか?」

「あー。ホントだ。飛んでるなー、オレ達ごと」

「もう、分かってた事じゃない。この森が飛ぶって」

 二人の男と一人の女。無骨な防具を身に纏い、大きい荷物をそれぞれ背負って彼らはジュラの森を行く。

「方向は合ってる?」

「あぁ。あの大樹の幹は木々の切れ間がある度に見えてる。間違えようがない」

「あー。楽しみだなー。宝あるかな、宝!」

「どうだかな。前人未到の地の一番乗りだったらその名誉こそが宝だけどな」

「この森に人が入った事がないんだったら、宝なんてないよね。なんだったら、ここで私たちが全滅でもしたら、私達が持ってるこの装備こそが後から来た人達にとっては宝になるんじゃない?」

「ハハッ!オレのこの安物の戦斧が宝か。浪漫がねえな」

「天空の大樹の森で拾った戦斧って箔がつきゃ、高く売れるぜ。その箔……浪漫に誰かが大金を支払うだろうよ」

「じゃ、アタシがちゃんと拾って箔つけて売っぱらってあげる。安心して」

「殺すな殺すな!」

 彼らの笑い声は森に吸い込まれ、そして、彼らの目の前に巨大な根が姿を現す。民家程の高さを持ったその根は蛇のようなうねりを見せている。彼らがその奥の幹へ辿り着くにはまだ時間がかかりそうだ。

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