堕なの。

どうせ一人だった

 大通りから二つほど離れた通り。そこは静かで、何処か、人を寄せつけない雰囲気を発している。陽の光はぼろぼろの廃ビルに遮られ、無骨に剥き出しになった鉄骨の冷たさが肌に染みる。

 中に入り込んでみれば、一体何時から使われていないのか分からないほどに、瓦礫で散らかっていた。抜けた壁からは柔らかな光が入り込んで、粒子がきらきらと漂っている。そこに飛び込みたい。でも、飛び込めば見えなくなる。

 ポケットから煙草を出した。親の机の中から抜き取ったものだ。未成年喫煙がバレて停学になった。親にも、煙草を見える場所に置くなという指示が下った。この程度で隠し通せると思っている見通しが甘い。

 ライターで火をつけた。シュボッという音が静かな所に響く、この瞬間が好きだ。煙草を思いっきり肺に吸い込む。

「不味、」

 今でこそ噎せることは無くなったが、美味しくないことに変わりはない。それでも吸ってしまうのは何故だろう。タールだかニコチンだかの中毒症状だろうか。それとも単なる憧れだろうか。若しくは元カレへの執着ということもある。

 女々しい男だった。いつもメンソールの匂いがした。気が弱くて、それでよく笑う。私以上に、可愛いという形容詞がよく似合う人、それが私の第一印象で、付き合ってなお変わらなかったイメージだった。間違っても、浮気など、するような人じゃない。あまりにも素直だから。信じてるよ、と言ってもありがとう、と返してしまう人だから。側に居がたくて突き放したのはこっちだ。彼に私は似合わない。

 短くて、タール数の高い煙草が初心者には向かないとは知らなくて取ってしまったこれも、今ではずっとポケットに入っている。最初は咽せた。だが、ずっと吸っていれば嫌でも慣れる。そうしてタバコを吸っている不良少女の図が出来上がった。

 壁に貼り付いた蔦に目を向ける。赤みがかった緑色で、美しいとは言い難い。それでも、蔦が絡まったものを美しいと感じてしまうのだから不思議なものだ。タバコを口から離して、火を蔦に擦りつけてみた。発火はしなかった。押し付けたところが黒く焼き焦げただけた。もしかしたらタバコの煤がついただけで、焼けてすらいないかもしれない。タバコを捨てて、通りに戻った。

 父曰く、昔はこっちの道がよく使われていたらしい。だが、あの大通りが作られてからこちらの道は次第に廃れていった。灰色で仄暗い世界だ。様々な人の記憶には残れど、誰も訪れることのない場所。

 私に、似ている。

 私が停学になってから、通知は多少増えたが誰とも顔を合わせては居ない。つまるところ、私はその程度の存在なのだ。

「また、来るよ」

 誰ともつかない何かに、果たされるかも分からない次の約束を取り付けて、この場を後にした。静かで変わらない道に、少しだけ暖かい風が吹いた。

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堕なの。 @danano

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