第3話 休眠




 絶対に一生分の涙を今、この時に流し尽くす。

 毒虫から必死に逃げながら、姫は思った。

 もうこの先、涙が流れる事はない。


 城が目前、『がなやんま泉』まではあともう少しという距離で、毒虫が城の出入り口から噴出したかと思えば、姫と秋津に襲いかかったのだ。

 標的である眠っていない人間が自分たちしか居ないからだろうと、姫は考えていたが。


「お~~~。毒虫は酒の匂いに呼び寄せられるって、本当だったんだ~~~。秋津おじさん、か~~んげき~~~」

「はい!?つまりあなたの所為で毒虫に追いかけられているのですか!?だったら早くお酒を捨ててください!!」

「え~~~。無理~~~。だって、全部飲んじゃったんだも~~~ん」


 アハハアハハハハ~と陽気に笑う秋津の手を離そうか。

 刹那、悪魔の囁きが聞こえたが、姫は離さなかった。

 恐らく。確実に。


「秋津さんは『がなやんま泉』に眠っているレッドドラゴンフライを起こす方法を知っていますね!!!」


 『がなやんま泉』は一日に一度は必ずと言っていいほど目にするが、レッドドラゴンフライを見た事など、一度たりともない。他の城のみんなもそうだ。

 秋津の予想が違っていて、そもそも居ない、という可能性も無きにしも非ず。だが。

 もしも本当に居るとしたら、何故その姿を目にする事がないのか。

 それは。

 休眠だ。


 姫にじっと見つめられた秋津は、へらへらよっぱらい笑顔を刹那、引っ込めて精悍に笑ってみせた。


「ああ。知っているよ」


 そう答えるや否や、秋津は姫に握られた手をそっと解いては身体全部で振り返り、毒虫の集団に相対した。


「さあって。じゃあ。起こそうかな~~~」


 『がなやんま泉』はもう目と鼻の先であった。











(2023.10.13)



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