第15話 新生魔王軍との激突! 気に掛けるのは髪の乱れだけ
まだ夜も明けやらぬ樹海門の前には、障壁の守備と、討伐に当たる兵団それに聖女や冒険者らを加えた総勢500人ほどが集まっていた。
灰色の安山岩を四角く加工し、高く積み上げた障壁は、武骨で堅牢な要塞を思わせる。その暗いトーンの壁に、設置された大きな朱色の松明の篝火と、兵士らが掲げた幾つもの
『樹海門』はその名の通り、魔獣が湧き出るゴルディア峡谷の周囲に広がる樹海に最も近い門だ。分厚く重い大扉に頑丈な鋳鉄の
「出立! 出立ー!!」
今回の討伐隊の指揮官となる、領主直下の辺境兵団大隊長が、後方から声を上げる。
それを合図に、討伐隊300人は鬱蒼とした森の広がる樹海門の外に進行を始めた。目指すは、樹海深部のゴルディア峡谷から、こちらを目指して押し寄せつつある『魔王』率いる魔獣の群れ。
わたしとテリーは、行列の中ほどに紛れて進み始めた。
その日の深夜、何の前触れもなく討伐隊と、群れを成した魔獣らは衝突した。
「グルヴァヴァヴォォォ―――!!!!」
雷鳴が轟くような、低く力強い咆哮が先の見えない樹海の中に木霊する。
それを皮切りに松明を掲げるヒトの討伐隊目掛け、暗い木々の間から様々な魔獣が飛び掛かって来た。
「ガルシア!」
逃げるでもなく、その場にじっと立ち尽くして周囲を見渡すわたしの隣で、テリーが長剣を構える。
現れたのは何十頭もの群れが一糸乱れぬ行動を取る三つ目の狼。木々の間を縫って素早く飛び交うのは三本の脚を持つ角の生えた猛禽で、ヒトの成体ほども大きさがある。さらには全身に太い針金状の皮革を持ち、10歩の距離を一息で飛び掛かって来る猪など、瘴気の影響を受けて独自の進化を遂げたモノたちが次々に森の奥から溢れて来る。
「ギャギャギャギャッ(喰え襲え取り込んでやれ)」
「グォォ ガフッ(力が全て 手に入れるんだ)」
「ヴァヴァグルルルゥゥゥ(あいつだけに大きな顔をさせないぞ)」
響いてくる魔獣らの声に耳を傾ければ、どれも他の生き物――ヒトを取り込んで、今以上の『力』を欲するものだった。
なんでヒトを取り込んだら大きな力が得られるだなんて思ってるんだろう?
大きな顔をしている『あいつ』って?
幾つも疑問が沸き上がるけど、とにかく襲い掛かって来るモノの数が多い。落ち着いて考えられず、取り敢えず手の届く場所まで来たものに聞き出そうとするけれど――
ザシュ
テリーが、剣を横に薙ぎ払う一閃を放つ。
あと少しの距離まで近付いていた魔獣らが、致命傷を受けて一瞬で絶命する。
「あきれるくらいの強さね」
「ガルシアのためなら、どれだけでも力を奮ってみせるよ」
軽口を交わすわたし達に反して、周囲には次第にヒトの発する悲鳴と血の匂いが満ち始める。きょろりと見渡せば、300人もが固まって居たはずの討伐隊は、魔獣に追い立てられ、攻められて、斃れ、あるいは逃げ出して、その場で戦うのは半分ほどしか残っていない。
戦い続けているヒトも、手負いの者が殆どで、個々の技量でやっと魔獣と渡り合っているギリギリの状態だ。――つまり、わたしがちょっと動いたところで目に留める余裕はなさそうだ。
「テリー! あのヒトの方、見て! あの魔獣、わたしのこと見てたわ!」
「え? えぇ――」
わたしから注意を逸らす迫真の演技に、テリーは何故か不満げに顔をしかめる。けれど「あっちよ、あっち! 向こう見て!」と彼の背後を指さして訴え続けると、どこか不承不承に後ろを振り返って、わたしから視線を逸らさせることが出来た。
「よしっ!」
呟いて、軽く頭を振れば、ふわりと波打つ金糸の髪が一気に中空に広がる。出来るだけヒトらしい形状は保ったまま魔獣を捕えたいわたしは、縦横無尽に髪を張り巡らせ、巨大な蜘蛛の巣を思わせる網を張った。ただし、張り巡らされているのは糸ではなく瘴気である身体の一部だ。
すぐに、周囲に居た魔獣5体を難なく搦め捕ったわたしは、それらをそっとテリーの眼に入らない死角に引き摺り込んで話を聞く。
「ヴァヴォォ ギャゥゥゥ(ヒトを喰って強くなったんだ こんな糸なんでもない)」
「ヒトを食べたら、なんて誰が言った?」
「ギャギャギャゥ ガァァヴアヴゥゥ(あいつだ 後ろから追い立てて来るヤツ 強くならないと喰われる)」
「なるほど。強くなったモノが、みんなを脅かしてるんだ? それで強くなったモノは、ヒトを喰ったモノを更に取り込んで、効率よく強くなろうって算段でしょうね。どのみちあんたたちは喰われるわ」
「ヴァァァ グルルルヴアァ(ちょっとくらい先に強くなっただけの あいつになんて喰われてたまるか)」
「違うわ。わたしによ」
「ガルシア? そろそろいい?」
テリーが、ゆっくりと振り返る。
「う、うん、大丈夫」
瘴気の靄に戻した髪で、一息に捕えた魔獣全てを取り込んだ。テリーに人外の姿は見られていないはずだ。
「綺麗な髪が乱れているよ」
まだ広げた余韻が残っていたのか、顔にかかるひと房をそっと持ち上たテリーは、そのままじっと見詰めて来る。何を……と疑問を口にする前に、さっき取り込んだ鳥型魔獣の尾羽が一枚絡んでいることに気付いて、慌てて取り込んだ。テリーの目の前だと云うことも忘れて。けれどテリーは何食わぬ顔で、その髪を耳に掛けて後ろへ梳いてくれた。
「よかった、テリーがうっかり屋で」
「そうだね、俺はうっかり見ていなかったり、気付いていなかったりするよ。だから、安心だね」
にっこり笑顔が向けられるけど、なんだか腑に落ちないことを言われた気がするのは、やっぱり気のせい?
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