第16話 新旧魔王対決 勇者と共に!?いや、バレたら困るし


 さっき、手近な魔獣を取り込んで分かったことがある。


 あれらは、相当な数のヒトを食っていた。おそらく、今回の討伐隊出陣のきっかけになったであろう偵察隊や先遣隊、狩り目的のヒトたちだ。


 食うか食われるかの峡谷育ちでは、それをとやかく言う資格はないし、悪しざまに言う気も無い。わたしだって魔獣はもちろん、ヒトだって取り込んできたから。


 けれど、それは空腹を持て余していた時だったり、命の危機に瀕した時だったりした。あとは余計な邪魔をされたくなくて、ってのもあったけど。


 それにしたって、今回群れで襲って来た魔獣モノたちは、まるで数多くの命をただ奪うことに意味があるとでも言わんばかりに、目につくヒトを片っ端から食い散らかしていた。それを先導したモノも居て、それこそが今回『魔王』と呼ばれ、わたしが去った後のゴルディア峡谷最強の地位に立ったモノらしい。


「10年前には敵なしだったし、むやみに大挙して食料を狩りに行く必要性も感じられなかったんだけど。どんな意識の変化があったのかしら」


 呟きながら、足元に転がる無残に食い散らかされた兵士の躯を見る。兵士らの武力は、残念なほど魔獣らに及んではいない。


 目の前では、テリーが軽やかに駆け、弧を描く美しい斬影を残して大剣を振るっている。この場で最も脅威で、最も強いのは彼だ。魔獣に絶大な攻撃力を発揮するヒトを『勇者』と呼ぶらしい。とするなら、テリーは間違いなく勇者と呼ばれる存在なのだろう。


 わたしなら他のヒトを捨て置いて、この惹き付けられるヒトのもとへ真っ先に向かう。けれど周囲の魔獣らは、彼に恐れをなして距離を取り、他の戦闘力の劣るヒトを見付けては、中途半端に食い散らかして行く。


「綺麗じゃないわ。無駄に殺して回ってるだけよね」

「ごめん、ガルシアから見ればスマートじゃないよね」


 思いがけず、テリーが返事をしてきてぎょっとすれば、驚いて広がった金糸の髪の先が僅かに黒く変色したことに気付いた。


「あれ? ガルシアの髪」

「気のせいよ、気のせい。魔獣と一緒に広がって来た瘴気のせいで、ちょっと見え方が変わってるだけかも!」


 生き物が瘴気を吸収して、出来上がったのが魔獣だから、彼らの居るところには、瘴気も漂う。


 テリーの目敏い指摘を咄嗟に誤魔化したけど、確実に髪の色どころか身体中の色が瘴気の影響を受け始めている。わたしの髪は瘴気の満ちた谷底で、光をも吸い込む深い闇色となっていた。瞳は、暗く鋭い紅色に。肌は白磁よりもまだ青白い幽鬼の色になってしまう。


 いや。それは別として、わたしから見ればスマートじゃない――とは?


 魔獣の食べ方なら、靄でしかないわたしは、すっきり丸のみ吸収しかできない。けど見られない様、細心の注意を払っているから、そのことではないと思う。けど……


 ―――ざわり


「ガルシア! 俺の傍に来て!!」


 肌に、慣れ親しんだ感覚が急襲する。同時にテリーの鋭い声が飛んで来る。


「なんて段違いに濃い、瘴気と殺気なの。谷底からの招かれざるお客様の登場ね」


 言いながらテリーの傍へ寄るのは、彼の命を惜しいと感じるからだ。今は、あまり落ち着いて考える時間は無いけれど、どうしてか彼を守りたい気がする。


 少しずつ毛先の黒が根本目掛けて伸びて来る。強い瘴気を纏った存在が、こちらを見つけて近付いて来るのが感覚で分かる。ビリビリと全身がひり付くと同時に、懐かしさを感じるのだ。


 きょろりと周囲に視線を走らせれば、木々の隙間から僅かに見える距離に10人ばかりの生き残った兵士だけが見える。細かなこちらの変化など捕えることは出来ないだろうし、隣に立つテリーも臨戦状態で戦闘以外にかかずらう余裕などないだろう。それに、とってもうっかり屋だから気付いたりはしないはずだ。



 ずん……



 ――と、空気が重くなる。いや、空気じゃなく、目の前に現れた魔獣モノの纏った瘴気の多さと、放たれる凄まじい殺気のせいだ。


 大剣を構えたテリーの腕が、微かに震えているのが目に入る。


 ヒトにとって瘴気は毒だ。どれだけ強くとも、ヒトであるテリーには、害になっているのだろう。早くケリをつけなければならない。だから木々の作り出す闇から、のっそりと這い出て来た巨大な影に向かってこちらから行動する。


「魔王って―――谷底の頂点に立って、浮かれ出て来たのはあなた?」

「グルルルルル グラヴルルゥゥゥゥ……(知っているぞ、お前を。谷のモノを食い、ヒトを食って力を得、谷を出たモノだ)」


 唸り声すら威圧となる、強大な力を暗示する存在の、殺気に満ち満ちた姿が現れた。

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