しゃっくりの止め方

空殻

#

 うひっく。

 

 しゃっくりが止まらなくなってしまった。

 場所は自宅、時間は日曜の午後。コーヒーを飲みながらテレビを見ていたときのことだった。何気なしに見ていたバラエティ番組だったが、コメディアンの身振り手振りがなぜかツボに入ってひとしきり笑った。そこに飲み物の嚥下とあいまったせいか、気付けばしゃっくりが始まっていた。

 ひっく。ううん、不意にしゃっくりが出るという状態はどうにも鬱陶しい。

 キッチンへ向かい、グラスを取り出す。そしてウォーターサーバーから水を注ぎ、一気に飲んだ。民間療法ではあるが、水を一気に飲むことでしゃっくりが止まると聞く。空のグラスをテーブルに置いた。

 さあどうだ。ひっくん。ああダメだ。

「あら、どうしたの?」

 リビングにいた妻がやってきた。キッチンに入り、いきなり水を一気飲みしている私が奇妙に見えたのだろう。

「しゃっくりがね、とまらなくって」

 ひっく。言い切ると同時にまた出た。なんだかひどくなっているような気すらしてくる。

「なるほど、それで水を飲んでたのね。で、効果が無いと」

 妻がうんうんと頷く。納得したようだ。

「なんとかならないもんかね」

 と、私は苦笑い。声を出して笑うとまたしゃっくりが出そうだ。

「そうねえ」

 と、妻は困った顔だ。

「そもそも、しゃっくりって何なのかしら」

「ううん、確か横隔膜の痙攣だって聞いたような気がするけれど」

「横隔膜?」

「たしか肺の下の、膜状の筋肉だとか」

 ひっくり。うろ覚えの知識を話す間にもまたしゃっくり。本当に何とかならないものか。

「治す方法って、水以外に他に何かないの?」

 少し真剣な表情になりながら、妻がそう訊ねてくる。私がしゃっくりを繰り返すので、彼女も少し心配になってきたようだ。

「そうだね。あとはよく聞くのは、びっくりするとか」

「なるほど」


 そう言ったかどうかのところで、妻は懐から拳銃を取り出した。

 その銃口は私の胸に向けられている。

 ズドン。

 瞬く間に、銃声が聞こえた。


 私は息を止める。

 目の前の光景を認知するのにたっぷり一秒。

 銃口からは細く煙がたなびく。

 それから自分の胸を見下ろしたが、そこには何の変化も無かった。弾丸に抉られた跡も、滲み始める血液の赤も無い。

「驚いた?」

 顔を上げると、妻が笑っていた。

 その手に握られた拳銃は、よく見ると形だけ似せた厚紙の工作物。パーティーグッズのクラッカーだった。音だけが鳴るタイプのものだろう。

「ああ、驚いたよ」

 ようやく私がそう答えたときには、しゃっくりはすっかりもう止まっていた。


 そのあと聞いた話だが、妻は、キッチンに入ろうとする私がしゃくりをしているのを聞いて、事情を全て察したのだと言う。そこで、以前パーティーで使った銃型クラッカーの余りを持ち出して、懐に忍ばせながらキッチンに入ってきたのだそうだ。

 その頭の回転の速さにも舌を巻くが、それよりも。

「これでクラッカーは無くなっちゃったし、もし次に同じことがあったら、今度は包丁でも持ち出そうかしら」

 そうあっけらからんと笑う彼女に、私は恐ろしさすら感じると共に、一生敵わないと思うのだった。

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