Topia

長万部 三郎太

01:U

数十年前までは自動操縦というテクノロジーは存在せず、人間が操舵輪を握って車をリアルタイムで制御していたという。信号機という交通システムはあったようだが、不完全な人間が同時に数十万、数百万と巨大な鉄塊を適当に動かしていたことを考えると、現代に生まれて本当に良かったと思う。


僕は自動車というくらいだから、オートメーションで動くものだとばかり考えていた。もし、自分が路上を歩いているところに、名前も分からないようなヤツから突っ込まれたらどうするのか? AI 学の授業で昔の道路交通事情を知ってぞっとした。


今の時代に慣れすぎて、昔という時代があったことすら想像できない。

この豊かな生活を送りながら、縄文時代や戦国時代の苦労に想いを馳せることができるのか。もしできる人がいれば、それはとても想像力が豊かな人間かあるいはマゾヒストの類だろう。


このように科目ひとつを取ってもまともに授業に打ち込めていない。 常に余計なことを考え込んでしまうのが僕であり、やっかいなことにこれを自らのアイデンティティだと捉えている。


今日の授業も半分以上が理解できていないまま、放課後を迎えた。心はすっかりうわの空で、日直当番だというのにも関わらず、教室はもちろん渡り廊下の施錠も忘れて帰路につくという体たらく。


成績は中の下。かと言って落ちこぼれではなくギリギリの水準を維持している。高校を卒業した後のことは考えたくない。就職なんかは論外。世界情勢は悪化する一方だし、最近は妙な都市伝説の類が社会に蔓延する始末だ。



『カプセル生まれの人工生命体が、人間社会に密かに潜り込んでいる……』



こんな噂が流行ったおかげで僕は地元の自警団に加入する羽目になったし、毎月行われる捕獲訓練なんかにも参加することになってしまった。もっとも、ここ最近は凶悪事件が頻発しており、夜間は自由に出歩くことができなくなっている。組織的な犯罪が増えたというよりも、人類や社会全体が荒んでいるようだった。


嫌々入団したとはいえ、自警団は居心地が良い。

将来、団がもっと組織化されて給与システムが確立すればここに就職するのも悪くはないな、なんて思い始めたある日の夜……。僕の人生は大きく動き出すことになる。


僕が教室の施錠を忘れ、そして彼女と出会ってしまったから。





つづく

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