堕なの。

どうせ俺は

 街路樹が影を落とす。道の両側には新しく建てられたマンションが並び、車は排気ガスを出しながら走っている。時々コンビニがあって、小さめの公園があって、床屋や歯科医院があって。変わることのない景色の中をずっと歩いている。

 降り注ぐ太陽の光は肌をジクジクと刺して、焼けるように痛む。それは伝播して、心臓まで伝わっていくようにも思う。

「これ買ってー!」

「ダメよ」

 駄菓子屋の前ではとある子どもがお菓子を強請っていた。指の先にはよっちゃんイカがあって、口の中に懐かしい味が広がった。友だちの中にも何人か、駄菓子屋に行ったら必ず買う人がいた。小学生の頃の友だちなどもう殆ど会わなくなったが、あの二人とは未だに会っていたりする。今日も、その面子での飲み会の帰りであった。

 お互い大人になれば会う機会はどんどん減り、実に一年ぶりの再開であったが皆んながあんまりにも変わっているので驚いた。大手の証券会社に勤めていたり、ベンチャー企業の社長だったり。間違いを恐れ逃げた先で、フリーターとしてぶらぶらとしている自分とは別世界の住人になっていた。

 だから、何となく駄菓子屋に入ることにした。駄菓子屋の入口に近付けば、母親は子どもを抱き上げて足早にこの場を去って行った。悪いことをした。

 がらがらと鳴る、立て付けの悪い扉を開いて中へと入る。あの頃と陳列された駄菓子も会計のおばちゃんも、何も変わっていない。強いて言うなら、おばちゃんがおばあちゃんになったくらいである。

「しょうちゃんかい? 大きくなったね〜」

 顔のしわをくしゃくしゃっとゆがませて笑った。その表情に、嫌でも時間の変化を知る。昔はここら辺にも幾つか駄菓子屋さんがあった。だが、ここ以外は全て潰れてしまったのだ。

 近づかなければ気付くこともなかった。ドアに貼られたその紙の意味に。

「ごめんねぇ」

 胸がチクリと傷んだ。飲み会でできた小さな小さな傷跡に、無理矢理指を突っ込んで広げられているような心地だった。そこを気遣う素振りなど一切出さずに包帯をぐるぐる巻にして覆った。隠して、悟られないようにして、そうして生きてきたし生きていく。今までも、これからも。

 よっちゃんイカを三つレジへ持っていった。早くこの場所から立ち去りたかった。だが、おばちゃんはよっちゃんイカを持ったまま止まった。そしてぽつりと一言。

「恥に慣れればいい。この世界はそればかりだ」

 小さな声、それでも凛としている声。此方を見ている瞳は、もっと奥にいる誰かを見つめているように見えた。それでよかった。

 よっちゃんイカを手渡された。オマケでモロッコヨーグルを一つ。昔、じゃんけんで負けて三人分のお菓子を買いに来たときにも浮かべた、悪戯っぽい笑みを浮かべて。

「まだ若いんだ」

 この言葉に全て詰まっているような気がした。礼を告げて店を出た。彼女と会うのはこれが最後になることは、何となく感覚で分かった。

 一人、変わることのない景色の中を歩く。モロッコヨーグルを開けてみれば、あたりの文字があった。それを財布にしまって食べる。安っぽい甘さ。それが舌の上で蕩けた。塩味を求めてよっちゃんイカを開けた。

「不味、」

 やっぱり美味しいとは思えなくて、それでも良かった。

 照りつける太陽はジクジクと肌を刺す。力一杯背中を叩かれて励まされている気がして、顔を上げればどこか違う景色。

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堕なの。 @danano

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