飴
「今日もお父さんは来ないみたいだね?」
ベアトリーチェに話しかけたのは、治療の準備を終えたティルマン医師だった。少女は14歳に成長し、週2回だったその治療の回数は3回に増えていた。しかし彼女は悲観的ではなかった。ダンテと過ごす時間が増えることの喜びの方が彼女にとっては大きかった。
「私には彼がいますから」
外の天気とはまるで正反対の輝きに満ちた笑顔でベアトリーチェはそう答えた。
「……そうか。痛みがあったり、何か異常があったりしたらすぐに知らせてね」
ティルマン医師は、ベアトリーチェに繋がれた装置の稼働状況を確認した後、病室を出ていった。ひとり病室に残されたベアトリーチェはダンテについて思いを馳せた。早く会いたい。最近は寝ても覚めてもダンテの事ばかり考えるようになっていた。ダンテの成長は目覚ましく、通常なら学校卒業までに9年の月日を要するところを、半分以下の4年でそれを為そうとしていた。ベアトリーチェはそんな彼を尊敬し、憧れの気持ちをさらに大きくさせていた。しかし、彼女には少しだけ気掛かりなこともあった。それは彼女にしか気付けないような、ダンテの小さな隙でもあった。
「……それでね、最近は庭師のダックスさんがアンクの面倒をみてくれているの。アンクと別々に暮らすのは悲しいけれど、体力のある大人の男の人じゃないと難しいんですって。それでもアンクは私に会いたがって、ダックスさんに連れられて毎日やってくるの。私はそれがとっても嬉しくってアンクと一緒に……ダンテ?」
ベアトリーチェはダンテの表情に違和感を覚えていた。傍目には何も変わらない、聡明な14歳の少年が愛おしそうにベアトリーチェの顔を眺めている、そんな光景だった。しかし、彼女だけは少年の些細な変化に気が付いていた。
「……どうしたんだい、ベアトリーチェ?」
ダンテは心を引き締め直し、少女に笑顔を向けた。
「ねえ、こっちにいらして?」
大人びた言い方でベアトリーチェはダンテを自分のベットまで呼び寄せた。
「ねえ、私だけのあなた……ちょっと耳を貸してくださる?」
一体何のことだろうと思いながらダンテがベアトリーチェの口元に耳を近づけた。
「あっ……」
ダンテは短く声を出して驚いた。少女の柔らかい唇が少年の頬にくっついたのだ。
「毎日毎日、お疲れ様。試験に合格したら、今度はあなたから大人のキスをプレゼントしてちょうだいね?」
「……かしこまりました、我が愛しの君」
ダンテは自分の心がぽかぽかと暖かくなり、癒されていくのがわかった。
後日、ベアトリーチェは飴を作った。誰の手も借りずに、自分一人だけの力でその飴を作り上げてみせた彼女は、すぐにそれをダンテにプレゼントした。それは彼女が、愛するダンテに対してできることを自分なりに考え、行ったことだった。ダンテはベアトリーチェに言われるがままに、渡されてすぐその場で飴を舐めることになった。その飴は不思議な力を持っていた。ダンテの頭の中には天使の姿が浮かび上がり、みるみる頭がすっきりとしていった。その後も彼女はダンテの為に飴を作り続けた。その力もあってか、ダンテは最難関といわれる卒業前の試験を見事に突破することができた。ダンテとベアトリーチェが15歳になる年の出来事であった。
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