絞首

堕なの。

誰?

 家に帰ってきたら真っ先に、包帯をそうっと外す。首に真っ赤な指の痕が見える。心当たりはない。とある朝、目覚めたら薄く指の痕のようなものがついていた。初めは気にしていなかったそれも、日を重ねる毎に濃くなっていって、今では誰から見ても首を絞められていると分かるほどになった。

 鏡を見ながら、その痕に手を添える。指の一本一本を重ね合わせるようにして、緩く首を絞めてみた。それは知らない感覚で、ただただ苦しい。手を外して、鏡をもう一度覗き込んでみる。自分の後ろにいたのは、半透明で足のない幽霊だった。私より少し歳上の若い女で、幽霊と言って皆が想像するような白い着物を着ている。顔は前髪で隠されていて確認することが出来ないが、おそらく整っている。肌は青白く、全く生気を感じることができない。

「おーい」

 話しかけてみる。しかし、なんの反応も示さない。手を伸ばしても触れられない。そもそも、鏡越しでなければその姿を認めることすらできない。

 その幽霊が、ゆっくりと私の首に手をかけた。触られている感覚がない。しかし、幽霊は力をかけていっているのか手がどんどん角張っていく。それに呼応するように、首元の痕も少しだけ濃くなった。

「離して、くれない?」

 困惑と驚き。何故か恐怖は抱かなかった。この声が届いたのか届かなかったのか、数分後、幽霊は私の首から手を退かし、すうっと空気に溶けてなくなった。

 歯を磨く。余すとこなく磨く癖は、幼少期につけられたものだ。親は厳格で優秀な人だ。そして姉も、優しく優秀な人だった。

 最近は寝つきが悪い。睡眠薬を瓶から六錠とって口の中に放って水で流し込んだ。さっき首を絞められたからだろうか。頭がくらくらと目眩を起こし、がんがんという痛みを発している。

 この身に任せてベッドへとダイブした。柔らかなベッドは身体を包み込み、優しく迎え入れてくれる。そして、眠りに誘われる。何時もより薬の効きが早いような気もするが、そんなこと考える余裕もなく意識を落とした。


 暗闇の中、少女の身体の上に幽霊が圧し掛る。そして、その細い手を首に当てた。

「早く解放してあげなくちゃ。妹も、私みたいに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絞首 堕なの。 @danano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説