第49話 才人は昔から私の物だし、今もこれからもずっと変わらないんだから

 ようやく午後の実力テストも終わり放課後となったわけだが昼休みに色々あったせいで俺は疲れ過ぎて机に突っ伏していた。すると航輝が不思議そうな顔で声をかけてくる。


「午後の間中ずっと死んだ魚みたいな目をしてるけど一体どうしたんだ?」


「お前が赤城さんと楽しくイチャイチャしながら昼休みを過ごしてた間こっちはめちゃくちゃ大変だったんだぞ」


 俺が真里奈と一緒に昼食をとるようになってから航輝は彼女である赤城さんのところへ行くようになっていた。今日も昼休みになってすぐ航輝は教室から居なくなっていたため例の一件を知らないのだ。


「そう言えば昼休みが終わってからクラスメイト達が才人と長門の方を見てヒソヒソしてたけど、ひょっとしてそれが関係してたりするのか?」


「ああ、空の奴が昼休みに思いっきりやらかしてくれたんだよ。転校初日だって言うのに空は一体何考えてんだか……」


「何があったかは知らないけど元気出せって」


 航輝はそう声をかけてくれたが大した慰めにはならなかった。昼休み以降もクラスメイト達からずっと奇異の目を向けているせいで居心地は最悪だ。

 人の噂も七十五日という言葉があるように多分しばらくしたら皆んな興味を失うはずなのでそれまで我慢するしかない。


「才人、そろそろ帰るわよ」


「分かった。じゃあ俺は帰るから、また明日」


「またな、才人」


 俺は航輝に別れの挨拶をした後リュックサックを背負って教室の入り口で待っていた真里奈のもとへと向かう。


「……そう言えばあいつの姿が見えないけど一体どこへ行ったのよ?」


「あいつってひょっとして空の事か?」


「それ以外にいないでしょ」


「空ならさっき松島先生から職員室に呼ばれて出て行ったぞ」


 あいつ呼ばわりしている事を考えると真里奈の中で空は敵としてカテゴライズされたのかもしれない。


「なら好都合だわ、才人と一緒に帰りたいとか言い出す前に帰りましょう」


「確かに空なら言いそうだな」


 空と真里奈が一緒にいるとギスギスしそうな予感しかしないためそれだけは勘弁して欲しかった。そう思いながら靴箱に向かって歩き始める。


「今日の実力テストはどうだったの?」


「全体的に結構手応えがあったから多分かなり良い結果が期待出来ると思う」


「まあ、私があれだけ頑張って勉強を教えてあげたんだから当然の結果よね」


 俺の言葉を聞いた真里奈は得意げな表情になった。いつも通り尊大に振る舞う真里奈だったが多分喜んでくれているに違いない。


「明日のテストもこの調子で頑張るから」


「ええ、最後まで気は抜いちゃ駄目よ」


 そんな話をしているうちに靴箱へと到着したわけだが、そこには見覚えのある二人組の立っている姿が目に入ってくる。それは俺のいとこである空と翼だった。

 美男美女過ぎてただ靴箱の前に立っているだけで絵になるなと思っていると、俺に気付いた翼が手を振りながら声をかけてくる。


「あっ、才人君。待ってたよ」


「才人も来た事だし、一緒に帰ろうか」


「あれっ、職員室に呼ばれたんじゃなかったのか?」


「それならもう終わったよ」


 どうやら割とすぐ終わるような内容だったらしい。そしてやはり俺と一緒に帰ろうとしているようだ。それに対して明らかに不機嫌そうな態度をあらわにした真里奈が口を開く。


「悪いんだけど私は才人と二人きりで帰りたいから遠慮してくれないかしら?」


「八雲さんは才人の事を今までずっと独占してきたんだから少しくらい僕達に分けてくれても良いと思うんだけどな」


 真里奈の強い口調に対して空はいつものにこやかな表情のままそう口にした。お互いに一歩も譲る気が無いようだ。そんな俺達の様子は靴箱周辺にいた生徒達に見られておりめちゃくちゃ目立っている。


「とにかく私と才人は二人で帰るから、ほらさっさと行くわよ」


 痺れを切らした真里奈は俺の右手を強引に引っ張り始めた。だが空は逃すまいと俺の左手を掴んで引っ張ってくる。左右から手を引っ張られて綱引き状態になってしまい結構痛い。


「痛いからあんまり強く引っ張るのは辞めろ」


「ちょっと才人が痛がってるじゃない、早く手を離しなさいよ」


「それなら八雲さんが離したらどうかな?」


「そんなの嫌に決まってるでしょ、あんたが先に離しなさいよね」


「もうどっちでも良いから早く離してくれ」


 耐えられなくなった俺はそう声をあげた。てか翼もニコニコしながら眺めてないで俺を助けてくれよ。俺のそんな必死な思いが伝わったのか翼が口を開く。


「そろそろ才人君を離してあげたら? 多分八雲さんは意地でも手を離さないだろうし、空が譲歩しないと才人君が苦しむだけだと思うな」


「分かった、今回は八雲さんに譲るよ」


 翼の言葉を素直に受け入れた空はようやく掴んでいた手を離してくれた。


「でも才人は僕達兄妹の物だから八雲さんはそこのところは覚えておいて欲しいな」


「何言ってんのよ。才人は昔から私の物だし、今もこれからもずっと変わらないんだから」


 真里奈と空は相変わらず言い争っているが、そもそも俺は真里奈の物にも空と翼の物にもなった記憶は無いからな。

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