第35話 そっか、久々に才人の浴衣姿を見たかったからちょっと残念だわ

 一夜が明けて花火大会当日となった。開始時間の十九時まではまだかなり余裕があるが道中で何かトラブルがあっても困るため早めに真里奈を迎えに行く事にする。

 とりあえず真里奈に今から迎えに行くとLIMEでメッセージを送ったのでひとまずは準備完了だ。


「じゃあ行ってくる」


「うん、いってらっしゃい。ちゃんと真里奈さんと仲直り出来たか報告待ってるから」


「ああ、分かってるって」


「楽しんできてね」


 俺は歩美に見送られながら家を出た。今日の降水確率は0パーセントとの事なので花火大会は問題なく開催されるはずだ。

 そんな事を思いながら学校とは反対方向に歩き始める。普段は真里奈が俺の家に迎えに来ているのでちょっと新鮮だ。

 ちなみに俺の家はちょうど学校と真里奈の家の中間地点にある。だから普段の通学時は真里奈が迎えに来ているのだ。

 しばらく歩き続けて真里奈の家に到着した俺はインターホンを鳴らす。するとすぐに浴衣姿の真里奈が出てきた。

 真里奈はまだ先日の事を引きずっているのか俺の事を見た瞬間顔を真っ赤に染めてしまう。多分それは俺も同じに違いない。


「……数日ぶりだな」


「……そうね」


 真里奈はどこかぎこちなかったが昨日に電話をして誤解を解いていたおかげでよそよそしさは特に感じなかった。正直歩美には感謝しかない。


「まだ結構時間もあるし一旦私の家に上がっていきなさい、お茶くらい出すわ」


「そうだな、結構暑かったから喉も乾いてたし助かる」


 俺は真里奈とともに家の中へと入っていく。そしてダイニングに用意されていた冷たい麦茶を飲み始める。


「あら、才人君。もう来てたのね」


「あっ、こんにちは。道中で何かトラブルがあっても困るので早めに来たんですよ」


 麦茶のおかわりを入れようとしていると真里奈のお母さんが現れたためそう答えた。


「そう言う訳だから私達はもうすぐ出発するわ」


「昨日からずっと楽しみにしてたもんね、才人君と早く会いたいって言葉を昨晩から何回聞いたか分からないわ」


「ママ、余計な事は言わなくていいから」


 二人は俺の前でそんな言い争いをしていた。そんな様子を見て俺は思わず笑い出してしまう。


「ち、ちょっと才人。なに笑ってんのよ」


「いや、いつもの真里奈だなって思ってさ」


 やっぱり真里奈はツンツンしていないとらしくない。いつもの真里奈が帰ってきたようで安心した。


「あらあら、やっぱり二人は仲良しね」


「ほら、もう十分麦茶は飲んだでしょ。さっさと行くわよ」


「あっ、痛いから急に手を引っ張るな」


「ふふっ、いってらっしゃい」


 俺は引きずられるようにして真里奈の家を出る。さっきまでほんの少しだけ感じていた気まずさは完全に吹き飛んだ。

 それは真里奈も同じだったようで俺達はあっという間にいつものように話せるようになった。今まで悩んでいた事がまるで嘘のようだ。


「予想はしてたけど浴衣は赤色なんだな」


「ほら、私と言ったら赤色でしょ」


「まあな、青とか着てたら絶対びっくりしてたし」


 昔から真里奈とお祭りや花火大会へ行く時は赤色の浴衣を着ていたためそれ以外の色は想像できない。


「それにしても相変わらずよく似合ってるな」


「そんなの私なんだから何着ても似合うに決まってるじゃない」


「いやいや、自分でそれを言うのかよ……」


 凄い自信だが真里奈は自分の容姿が良い事を自覚しているし当然か。


「才人は浴衣着てこなかったのね」


「ああ、家にサイズが合う浴衣が無かったからな」


 流石に小学六年生の頃着ていた浴衣は二十センチ以上身長が違うため入らない。だから私服で行くという選択肢を選んだのだ。別に浴衣を着たいというこだわりは特に無かったし。


「そっか、久々に才人の浴衣姿を見たかったからちょっと残念だわ」


「女の子ならともかく男の浴衣姿なんか見ても何も嬉しくないだろ」


「私的にはそうじゃないって事よ。それより女の子ならともかくって事は私の浴衣姿を見て嬉しいって思ってるの?」


「いや、今のはあくまで言葉の綾って奴で特に深い意味はないぞ」


 ツッコミを入れられるとは思ってなかったところを突かれた俺はしどろもどろになりながらそう答える事しかできない。


「へー、嬉しいって思ってるんだ」


「それは誤解だ、全然そんな事は思ってないから」


「はいはい、そう言う事にしておいてあげるわ」


「……じゃあもうそれでいいよ」


 ニヤニヤした表情の真里奈を見て俺は諦めるしかなかった。そんなやり取りをしながら歩いているうちに最寄り駅に到着した俺達は自動改札機にスマホをタッチして改札内に入る。


「浴衣姿がちらほらいるじゃん」


「多分皆んな板橋区の花火大会に行く感じでしょうね。今日は他に大きなお祭りとか花火大会は無かったはずだし」


「俺達みたいに早めに行こうとしてるんだろうな」


「そうね」


 板橋区の花火大会は五十万人近くが参加するらしいので帰りがめちゃくちゃ混雑しそうな予感しかしない。それから俺達はホームにやって来た電車に乗って花火大会の会場へと向かい始めた。

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