第15話 遠慮はいらないわ、私と才人の仲じゃない

 真里奈の家で雨宿りをした翌日、俺は喉の痛みや咳、強い倦怠感で普段よりもだいぶ早い時間に目を覚ました。


「おいおい、まさか風邪か……?」


 嫌な予感がした俺は机の引き出しから体温計を引っ張り出して脇に挟む。


「うわ、37.9度もあるじゃん」


 体温計には平熱よりもかなり高い数字が表示されていたため、予想していた通り風邪で間違いなさそうだ。昨日びしょ濡れになった事が恐らく原因に違いない。


「こうならないためにわざわざ真里奈の家でシャワー浴びたってのにマジでついてないな。うつしても悪いし、今日は来るなって連絡しておこう」


 俺は机の上に置いてあったスマホを手に取ると、チャットアプリのLIMEで真里奈にメッセージを送信する。すると一瞬で既読になった。いや、メッセージ見るの早過ぎだろ。

 次は母さんに頼んで学校に欠席連絡を入れてもらおうと思っているとスマホが振動し始める。どうやら真里奈からの着信のようだ。


「もしもし真里奈か?」


「ちょっと才人、体調は大丈夫なの? 凄いガラガラ声だけど」


「うーん、熱が38度近くあるからあんまり大丈夫では無いかな」


 現に今も体が怠いため電話をするだけでも割としんどい。


「それは安静にしとかないと駄目ね」


「LIMEのメッセージにも書いたけど今日は学校を休む事にしたから家には来なくて大丈夫だぞ」


「分かったわ、今からそっちに向かうから待ってなさい」


「……なあ俺の話聞いてた?」


「才人のママは仕事だし、歩美も学校だから看病する人が誰もいないでしょ? だから私が特別に看病してあげるって言ってるのよ」


 なんと真里奈はそんな事を言い始めた。だがそれには大きな問題がある。


「いやいや、今日は普通に平日なんだから真里奈も学校だろ」


「才人を看病するために遅刻して行く事にしたから大丈夫よ」


「えっ、そこまでする必要あるか?」


「彼女が彼氏を看病するのは当たり前の事でしょ」


「でもな……」


 明らかに偽装カップルの範囲を逸脱している気がするが真里奈はどう思っているのだろうか。


「そういう訳だからよろしく」


「あっ、おい」


 真里奈は言いたい事だけ言って一歩的に電話を切ってしまった。真里奈は昔から有言実行をするタイプだったからこのまま家に来るに違いない。


「……とりあえず母さんに頼んで学校に電話してもらうか」


 学校への欠席連絡は原則保護者からするようになっているため俺では駄目なのだ。俺はマスクをはめて部屋から出る。ダイニングに着くと歩美と母さんが朝食を食べていた。


「歩美、母さん、おはよう」


「お兄ちゃん、声がガラガラだけど大丈夫?」


「顔も赤いし風邪でも引いた?」


「ああ、熱が38度近くあってさ。今日は学校に行けそうにないから悪いけど学校に連絡いれてくれないか?」


「分かったわ、仕事行く前に電話しておくから安静にね」


 学校への電話も母さんに頼んだためとりあえずこれで連絡関係は良しだ。それから冷却シートなどを準備した後部屋に戻ってしばらくすると真里奈がやってきた。


「結構体調悪そうね。今日は絶対無理しちゃ駄目よ」


「ああ、今日は一日中大人しくしておくよ」

 

 普段はツンツンしたところのある真里奈だが、今日はめちゃくちゃ優しい。普段からもっとその優しさをほんの少しでも見せて欲しいと思う俺だったが、それを言うと怒りそうだったので当然口には出さなかった。


「そう、じゃあ私は台所でお粥を作ってくるわ」


「色々と手間かけさて悪いな」


「別に気にしなくて良いわ、早く元気になりなさいよね」


 そう言い残すと真里奈は早足に俺の部屋から出ていく。そして数十分後、お粥をお盆に乗せた真里奈が寝室へと戻ってきた。


「ほら、お粥作ってきたわよ」


「ありがとう、マジで助かる」


 俺はそう答えながら机の上に置かれたお粥を食べるためにスプーンを手に取る。だが倦怠感が強いせいか食べるのも一苦労だ。


「全く仕方ないわね、私が食べさせてあげるわよ」


「えっ、それは流石に恥ずかしいし……」


「遠慮はいらないわ、私と才人の仲じゃない。ほら、さっさと口を開けなさい」


 そう言うと真里奈はスプーンを俺の口元に近づけてきた。こうなった真里奈を止める事はまず出来ないため諦めるしかない。


「うん、美味しい」


「この私が才人のために一生懸命作ってあげたんだから美味しいに決まってるわ」


 そんな事を話しながら真里奈はお粥を次々に俺の口へと運んでくる。俺はそれを黙々と食べ続けあっという間に完食した。


「後はこれを飲んで大人しく寝ておきなさい」


「ありがとう」


 俺は真里奈から風邪薬と水を受け取ると一気に飲み干す。


「じゃあ私は学校に行って来るから」


「ああ、気をつけてな」


「またね、才人」


 真里奈が部屋から出ていくのを見届けた俺は天井を見ながらぼーっとし始め、次第に激しい睡魔に襲われてそのまま意識を手放した。

 結局翌日にはすっかり体調も良くなったわけだが、今度は逆に真里奈が風邪を引いてしまい色々振り回される事になるのはまた別のお話。

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