第21話 湯川の独白
ユックリとガウンを羽織って、火災で死んだ筈の湯川は、ジッと私を見据えた。
その表情は、今までの私が知っている、あのコンピューター・バカの純粋な湯川の顔ではなかった。何物かに憑依されているような、妙に気持ちの悪い目付きをしていた。
「火災で死んだのは俺の替え玉さ。早い話、この俺のクローンの単なる塊だよ。
だから、この俺と、焼死体のDNAが一致したのさ。当の本人が、ほれ、このようにピンピンしているからねえ……」
「分からない。一体、湯川、この奇妙な男女の組み合わせからして、俺には、全く理解ができない。
なあ、湯川、おまえは、高校生時代の、あの事件をまだ根を持っていたんか?
それとも、私と西山須美子の恋愛や、あるいは、私と優子さんとの結婚に嫉妬して、こんな馬鹿げた事をしているのか?
一体、おまえの考えている事は何なんだ?」
この私からの矢継ぎ早の質問に対して、湯川は、首を振った。
「全然違うね。俺は、西山須美子にも、君の奥さんの優子さんにも、また、田上、おまえに対しても、何の恨みも憎しみも持っていない。ただ……」
「ただ……?」と、私は、たたみかけるように湯川に質問を続けた。
「ただ、ここにいる4人には、ある共通の繋がりがあるのだ。その点を理解しない限り、田上、おまえには、この4人の関係性は全く理解できないだろうよ?」
「あったりまえだ。一体、今のこの私に、どうやってこの4人に共通の利害関係を見いだせると言うのか?こんな事は、お釈迦様でも不可能だろう」
「まあ、その種明かしをする前に、田上には、どうしても、ある選択を行って貰いたいのだ」
「選択とは?」
「極々簡単な話さ。
要は、俺らの仲間に入るか、死体となって東京湾に沈められるかだ。
勿論、その殺しの役を行うのは、ドアボーイ役の2人の外人のマーシャルアーツの達人達だがね」
「湯川、おまえは、そうやって私を脅しているつもりかもしれないが、あいにく私が死に対して恐怖を感じない異常な精神状態である事は知っている筈だな?
とすれば、そんな脅しは、俺には通用しない事も分かっている筈だが……」
「無論、承知の上だ。むしろ、俺の本心は、田上にも俺らの仲間に入ってもらって、あの大計画を粛々と進めて行きたいだけなのだ」
「あの大計画とは、まさか、あの「アカシック・レコード計画」なのか?」
「ピンポーン。その通り。おまえは既に人類史上発の人工男根装着者だ。
俺らの仲間に入る条件は、十分にあると思うのだが……」
「今一度聞くが、俺らの仲間とは、一体どんな組織なのだ。まさか湯川本人がその組織の長とも思え無いが……」
「それについて話をすると、もの凄く長い話となるので、極、簡単に話をさせてもらおう。
もともとその組織とは、マッシュルーム社の現会長ハロ・ゲイン氏と、彼のいとこでアップルパイ社の現社長のエドワード・アップルパイ氏が二人で立ち上げた組織なのだ。
早い話が、二人ともキリスト教原理主義者なのだ。
その名は『黙示録の会』と言って、設立以来、既に40年以上も経っている。
田上が大学を卒業して地元で私立の小学校の先生となった丁度その時に、俺の卒論『近未来予測:人工知能AIが支配するユートピア世界』を、英訳してネットで公開したのだが、どういう偶然か、その論文がハロ・ゲイン現会長の目に留まり、その後、俺と、俺の恋人の森田愛と、田上の奥さんの大神優子さんが、アメリカに特別招待された事によるのだ。
俺と森田は、『アマテラス』の開発で一緒になったし、大神優子さんの父親が人工男根の研究に没頭していたからだと言うのが、招待の直接の理由だ」
「西山須美子は、呼ばれなかったんか?」
「西山は呼ばれてはいないが多額の金で買収されたのさ。彼女の役割とは、前回、田上に人工男根を装着させるために、人肌脱いでもらったと言う訳なのさ。
何しろ、この女性はねえ、女性器に手足や頭がくっ付いているような女性で、俺は「歩く生殖器」だと、からかっているがねえ……。
田上、前にも言ったかもしれないが、元々、おまえのような堅物には、この西山須美子とは、根本的に合わないのだよ」
「うーん」少しづつだが、湯川の言っている内容が、私にも理解できてきた。
それは、この前の、優子の逆行催眠での話と、その中身が少しも、ブレていなかった事も大きく関係していたからだろう……。
多分、湯川達は、アメリカでハロ・ゲイン会長に直(ちょく)会って、そこで、秘密組織の『黙示録の会』の加入を強く勧められたに違いが無いのだろう。
もともと、ハロ・ゲイン会長が、『ヨハネの黙示録』に異常な程の感銘を受けていた事は、本人の自伝にも書かれている事だし、ネットやSNS上の世界でも、有名な事実として世界中に流れている。
個人資産世界一の地位を、かっては、数十年間も続けており、世界最大のコンピュータソフト及びメーカの現会長である。
その莫大な資産にものを言わせて、アメリカを初め世界の主要な政治・経済そして軍事まで牛耳ろうとしている事は、少し考えてみれば誰にでも想像できる事だったのかもしれない……。
前にも言ったように、ハロ・ゲイン会長は、熱烈なキリスト教原理主義者(ファンダメンタリスト)だから、本人が、優子の催眠中に話したように、全人類にマイクロチップを埋め込み、人口知能:いわゆるAIによる全世界の人類を支配しなければ、この世の平和は訪れないと考えている事だけは間違いが無いのである。
しかし、その一見、正義に見える「アカシック・レコード計画」つまり「マイクロチップ埋め込みによる全人類支配計画」は、一歩、間違えれば、ナチスやかってのイスラム国(IS)による恐怖政治や独裁制に繋がる事にもなる。
だいたい、その場合、ではその正義とされる「神」とは、誰になるのだ。
キリストの言う天なる神なのか?それともコンピュータのAIなのか?
そして、一体、「マイクロチップ埋め込みによる全人類支配計画」の行き着く先は、何処なのだ?
この点を私は、湯川に聞いてみたが、
「そんな心配はいらないよ。そのために世界最大・最速の超大型量子コンピュータ『666(ビースト)』を開発中なのだ。
ついでに言えば、日本でも研究している『アマテラス』は、その『666(ビースト)』の一部だと考えてもらえれば、もっと、話が分かりやすいだろうねえ……」と、淡々と話を続ける湯川は、もはや、いつもの真面目な湯川でなく、マッド・サエンティストのように見えた。
駄目だ。ここにいる、皆全員、強烈に洗脳されている。
「さて、前置きはここまでとして、田上、お前は俺らの仲間に入るのか?どうなのだ?」
「いや、こんなバカげた計画には賛同できない。
よく考えてみろよ、湯川らの言っている計画や実験が、もし完成したら、人類は、単にコンピュータのAIに操られるだけの人形になってしまうんだぞ。
私達の、理性も、尊厳も、何もかも無くしてしまうんだぞ。とても、この私には賛成できないな」
「そう言うだろうと思っていたよ。それでは、田上にはいい事を教えてやろう。テレビのニュース専門番組を見てみろよ」と言って、湯川はテレビのリモコンを操作し、ニュース専門番組を映し出した。
ああ、しかし、そこで流れていたニュースは、一見、玉突き自動車事故のニュースだったが、死亡者リストの中に、私が、万一の時のためにと、大学の同級生で現在大手の雑誌社に勤務している級友であった彼の名があったのだ。
私が、最後の切り札と考えていた人物でもあったが、その彼も、多分、殺されたのだ。
「どうや。退路は断たれたぞ。
田上、おまえの頑固なのはよく知っているが、こんな目に会いたくなかったら、素直に俺らのグループに入ったらどうや。美人の奥さんの優子さんも、とっくの昔に加入しているんやしのう……」
「うーん、究極の選択となるなあ」と、私は、ハムレットよろしく、無限地獄の中に追い落とされたように感じた。
実に、簡単な話である。私が、YESと返事さえすれば、今までどおりの生活に戻れるのは確実のように感じた。
しかし、何かが変だ。と言って、NOと言えば、即座に処分されるだろう。
特に、私の場合、司法解剖に廻されれば、アメリカ人が最初の装着者として世界中で喧伝(けんでん)されている「人口男根」の装着者が、実は、日本人の一教師と言う事がバレてしまう。
それ故、必ず、私の死体は、絶対バレない方法で処分される事になる。
極簡単な方法とすれば、死体にしてドラム管にコンクリート詰めされて、まずは東京湾に沈められるだろう。
だが、そうなってしまうと、この世紀の大発明の裏側に隠された本当の真実は、永久に闇の中のままに消え、そして、研究や実験のみが着々と粛々と進んでいく事になる。
多分、日本の上層部も、この極秘計画を知っている筈なのだ。その最大の根拠は、先ほど湯川が言ったとおり、日本でも研究している『アマテラス』は、その『666(ビースト)』の構成部分の一部だと言う事だからだ。
日本最高峰と言われているZ大学をはじめ、日本有数のコンピュータメーカーらが『アマテラス』の開発に関わっているのなら、当然、日本の政財界や官僚達の一部は、全てを承知で研究にゴーサインを出し、資金援助も行っているのだ。
つまり、私がNOを言っても言わなくても、何事も変わらないのであり、ただ、人がこの世から一人だけ消えるだけなのである。
とりあえず、YESと言っておいて、時間を稼ぎ、何らかの方法で、この極秘計画を世界に発信できる方法を探しだすか?
おお!その時である。
「ピ、ピ、ピ……」と、あの思い出したくもない人口男根のリモコンのレベル音が急激に高くなっていくのが聞こえた。私は、自分の左胸ポケットに入っている、自分のリモコンを見たが、変化はない。
その異常な発信音は、何と、あの湯川の枕元で高音で鳴り響き続けていたのだ。リモコンの液晶レベルはあっという間にMAXのレベル10の状態の真っ赤な色に到達した。
またもや、リモコンの暴走が始まったに違いない。
その時の湯川の狂喜に染まった目を見た。
湯川は、今まで自分の腹の上に乗っていた西山須美子を、今度は、自分からバックから、襲いかかっている。
今が、チャンスだ!
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