第11話 暴走の推理 

「な、何だって、じゃ、あの異常な程の興奮は、最初から仕組まれていたと言うのですか?」



「どうもその通りらしいの。でも、それがハッキリ分かったのは、この私自身が、自ら人工男根の装着手術を志願した、今年の2月以降の話なの。



 ここで、何故、私が急に人工男根の装着を希望したのかは、今となっては、ハッキリ思い出せないの。ただ、田上さんと前田さんとのあの人体実験の映像を見て、急に、私は男性を選択すべきではなかったのか?と言う、大きな大きな疑問に悩まされたのよ……。



 で、父に相談すると、それなら、アメリカから輸入された人工男根がもう1台あるから付けてみようか?と言う話になったのよ。



 その後、この私の人工男根にも異常な暴走が発生。



 この事について、父が、アメリカの両社に何度も質問状を送っても、お互いに知らぬ存ぜぬで通すため、しびれを切らした父が、3日前、根本さんと日本を発って、アメリカの両社に交渉に出向いているのよ」



「一体、アメリカのその両社は何のために、そんな事をしたんだろう?」



「その本当の裏話を聞きに、父と根本さんは、アメリカに行っているんですよ」



 そんな話を淡々としている大神優子は、本当に綺麗であった。

 そして、更に、人工男根の異常な暴走がもたらす結果、つまり、不同意性交殺人の話まで、一挙に話は飛躍したのである。



「で、結局、あの異常な興奮や感覚、至福感、高揚感、その全てが、丁度、麻薬中毒患者が更に麻薬を求めるように、徐々に歯止めがきかなく無ってなってしまったのよ」



「ちゅう、ちゅう事は、あの女子高校生の滅茶苦茶な陵辱殺人等は、もしかしたら大神優子さん、あなたの仕業だと、そう言う事ながですか?」



「そ、そう、ハッキリは言い切れないの。



 何故なら、その時の記憶が完全には戻ってはいないけれど、人工男根を装着して男性に戻った私が、あの異常な程の射精感覚や快楽を求めて、数人の女性を私の人工男根にゴム製品を装着してから不同意性交殺人した事は、結局、自分でも否定できない事実なんです」



 ……とそれだけ言って、大神優子は、その深く憂いを帯びた大きな黒い瞳から大粒の涙をツーと流した。



「わ、私が、男性に成る事を望んだりしなければ、こんな人工男根を装着する事も無かったでしょうけども、もう後の祭りよねえ……」



 私は、彼女の横に静かに座っていた。カッターナイフは切っ先を戻し、電子カルテは机の上に置いた。



「そ、それは、私も同じです。あの後藤綾ちゃんを陵辱殺人し焼却処理までした鬼のような存在、それがこの私なんですよ……」



「多分、そうだと思っていました。あの人工男根には、人の理性を狂わせる程の、異常な魔力が存在しているのです」



「結局、僕達、二人は、ハメられたと言う事ですかねえ」



「父の論文でも、その当たりの危険性を何度も何度も指摘しているのですから、きっと、悪意を持った第三者によるリモコンの改竄(かいざん)があったんでしょう。

 でも、もうどうにもなりません。すべては起きてしまった事なんですから」



 私は、ようやく、大神優子の奥深い憂いの謎が分かったような気がしたのであった。



「いや、まだ何とかなります」私は、ここで、妙に明るく断言した。



「私自身は、既に警察に目を付けられていますから、今後、どうなるのか全く予想できませんが、優子さん、あなたにはまだ誰も目を付けていません。

 せいぜい、お父さんの大神博士とK大学の関係者が全てを知っている程度でしょう。

 ここに、逃げ切れるチャンスがあります」



「と言うと?」



「私は、日本最難関のZ大学で心理学を勉強しましたし、精神医学や心の問題については、多分、あなたより造詣(ぞうけい)は深いと思っています。

 で、優子さん、あなたの豊満な両胸や、こんな綺麗な顔に生まれついた事からも、あなたは男性としてではなく、これまでと同じように女性として生きるべきなのですよ。



 私から言わさせてもらえれば、いみじくも、あなたが先程言われたとおり、あなたは「性同一性障害」なんかと言うよりは、「性選択性障害」というべき心理状態に陥ってしまって、自分で男性を選択すべきなのか?女性を選択すべきなのか?ただ、その選択に心理的に迷いが生じていただけのです。



 ……つまり、その心理状態の、堂々巡りだったのですよ。



 それを更に加速させたのが、多分、あなたの父の大神博士の人工男根への異常な程の研究であり、僕と前田彩華さんとの人体実験の録画ディスクを見た時なのでしょう。

 あなたは、あの画面を見て、自分も男性になりたいと、その時、きっと強く思った筈です。しかし、それは完全に間違っていた。



 あなたは、誰が何と言おうと女性なんですよ。私が、これからあなたにそれを教えてあげます」



「じゃ、田上さんは、こんな、人工男根を装着した私でも、女性として愛せるとでも言うのですか?」



「ええ、今、私の心は完全に決まりました。まず、あなたを完全に女性に目覚めさせる。

 で、あなたは、明日、人工男根を取り外し、完全な女性に戻って下さい。それに、あなたが人工男根を付けていた全ての証拠書類や電子カルテ、更にはその人工男根そのものも、K大学の教授達に頼んで完全に消去・破壊してもらうのです。



 ……その理由は、

「やはり私は、男性よりも女性のほうが向いているように思う。

 カルテ類を全部消去してもらうのは、将来の結婚に差し障りがあるからです」、とこれで十分な筈です。そうすれば、あなたは、以前からずっと女性のままなのですから、永久に警察に目を付けられる事は無いでしょう。



 むしろ、問題は私の方です。あの卒業式の次の日の、午後6時から7時にかけてのアリバイが実に脆いのです。



 この前は、何とか、青木書店の女性店員を欺いて僕のその時のアリバイを証明しましたが、警察がその気になって、その日のその時間帯の青木書店の防犯カメラの録画画面をつぶさに調べれば、私が、その時間帯に青木書店に居なかった事は簡単に暴露されます。



 そうなると、もはや私のアリバイは完全に崩れてしまうのです。



 まあ、私自身は死ぬのは全く怖くないのですから、それはそれでバレた時の覚悟はできていますがね……」



「要するに、田上さんは、後藤綾ちゃんの死体に点火された時間帯のアリバイが必要な訳ですね。それだったら、実に簡単です。



 その日、その時間帯に、あなたは、この大神医院で簡単な治療や相談を受けていた事にして、電子カルテに書き込んでおけば良いのです。特に、人工男根の調子が悪いとね? 

 で、結論は、人工男根のリチウム電池が消耗していた。そう書き込むのです。



 つまり、当日、人工男根を装着していたあなたは、動力源のリチウム電池の消耗により、例え、後藤綾ちゃんを不同意性交しようにもそれは不可能であったと言えるのです。

 無論、警察の方では、田上さんは何でそういう嘘まで言って青木書店にいたのだと!と追求するでしょう。



 でも、あなたは人類史上初の人工男根装着者である事をどうしても世の中に隠しておきたかったから、この医院で治療中であった事は秘密にしておきたかったと、そう敢えて嘘を吐いたと言えば警察も納得するんじゃないでしょうか?



 特に、青木書店とこの医院とは、車でわずか数分の距離です。アリバイ成立は、不可能ではありません」



「電子カルテに、遡及書き込みできる機能があるんですか?」



「それは当然ですよ。でないと、緊急の患者の場合、まず治療を優先して、その後、電子カルテに書き込むなんて、しょっちゅうですから……」



 私は、この大神優子の提案を受け入れる事にした。

 既に、後藤綾ちゃんの司法解剖の結果、彼女の死体に点火されたのは、その日の午後6時から7時までとある程度特定されているのだ。この時間帯さえクリアできれば、警察といえども立件は、まず不可能なのだ。



私は、自分の心が徐々に平静さを取り戻した事を感じていた。



 で、この私が大神優子だけでも救ってみせる。



 その為にだった訳でも無かったろうが、今になって考えてみれば、学生時代に犯罪心理学の勉強も兼ねて推理小説を山ほど読んだのだ。多分、虫の知らせだったのかもしれなかったのだ。



 きっと、その時の知識を総動員すれば、この急場は乗り切れるかもしれない。



 私も、大神優子も、共に既に殺人犯になってはしまったが、それは本人の意思に関係なく暴走したあの人工男根のリモコンが最大の原因なのだ。良心の呵責は今でも感じるものの、それはそれである。



 そして、私は、その人工男根のリモコンの暴走を解明しなければならないという、新たな目的が生じてきたのだ。今、ここで死ぬ訳にはいかない。……この絶世の美人の大神優子の為にも。



 私は、どこまでも深く憂いを帯びた瞳の、大神優子の横顔を見ている内に、また、徐々に欲望が復活してきたのを感じた。



 大神優子の女性を目覚めさせ、「性選択制障害」を直せるのは、多分、世界広しと言えど、この私しかいないのだ。



 私は、人工男根のリモコンを再び作動させた。果たして、うまく行えるかできるかどうかの疑問もあったが、そんな甘ったるい事は言っていられない。

 ……ともかく、私の人工男根を最大限活用して、大神優子がその選択を迫られている、男性か女性かの心の悩みを払拭しなければならないのだ。



 ……完全な女性に目覚めさせる!これしなかないのだ。



 そして、彼女が起こした女子高校生陵辱殺人事件等の証拠を末梢する。これで大神優子が警察に捕まる事は未来永劫に無いであろう。更に、慎重を期して、明日の人工男根切除手術には、前田彩華だけは呼ばないように注意した。



 何故と言うに、前田彩華は、既に、私に好意をもっている。今後、完全な女性に戻った大神優子と私との仲が何かの理由でバレた時、前田彩華が嫉妬して、大神優子が一時的に男性自身であって、連続不同意性交事件の容疑者だったとして、警察に密告するのを防ぐ理由があったからだ。



 私は、再び、えもいわれぬ性的欲望や恍惚感を感じていた。



 人工男根の勃起時間は概ね1時間だ。この1時間で、大神優子は果たして、女性として目覚めてくれるのだろうか?



 私は、例の女子高校生の連続殺人事件にヒントを得て、潤滑ゼリーを最も多量に塗り込んであるゴム製品を買っておいたのだ。

 その多量のゼリー付きゴム製品をゆっくりと自分の膨張した人工男根にかぶせてから、私は覚悟を決めて、大神優子に人工男根を入れたのである。


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