第10話 大神優子の真実

 これら全ての話を約1時間かけて録音した後、私は、大神医院に、スマホを掛けた。午後7時頃であった。



 うまい具合に大神優子のみが出た。大神博士も根本看護師もいないと言う。



 なお、好都合だ。私は、大神優子に人工男根の調子が悪いので相談に乗って欲しいと訴えた。



 彼女の了解を取った後、私は、背広の胸ポケットに大型のカッターナイフを隠し持ち、大神医院へ車を走らせた。



 途中のドラッグストアでゴム製品を買った。これは、あの女子高校生の陵辱殺人事件にヒントを得たものであって、大神優子の体内に私のDNAを残さないための予防措置でもあった。どこまでも自分の痕跡を残したくない私は、そんな、些細な事まで計算していたのだ。



ああ!



 だが、あの絶世の美人の大神優子と、今日こそ本当に「やれる!」のだ。



 それだけで私の心は幸福感で満ちていた。どうせその後、自宅に舞い戻って自ら縊死するのだ。短かくて不幸の多かった私の人生への、最後の超特大のプレゼントとなるのだ。



 そして、大神優子を相手にして、私自身の人工男根をもって、やりまくる事は、大神優子の実の父親の大神博士への復讐にもなる。



私は、人工男根のリモコン装置に一応自動ロックを掛けてはいたものの、ややもすれば暴走しかねない機械のもろさに危惧を抱き、大神優子との妄想を断ち切る事に専念した。



 大神医院へは直ぐに着く。



その時が、我が人生最後の勝負の時でもあるのだ。ともかく焦ってはいけない。大神優子に不審に思われたが最後、この計画の実行は難しくなるからだ。



 私が、大神医院へ着いたのは、午後7時30分前だった。



 大神優子は白衣のまま現れた。……だが、彼女の瞳は、私が知っている大神優子の瞳を更に深くした憂いを含んでいるように思えた。

 こんな美人に生まれ、医師の国家試験も合格しており、K大学医学部大学院まで卒業している才色兼備の女性に、一体、何の悩みがあると言うのだろう……。



「で、人工男根の調子が悪いとか?それは、この前の、前田彩華さんとのテレビ電話での件のように、また何か、人工男根が暴走したとでも言うの?」



「いや、それだったら嬉しいのですが、その逆で、この2日前から、人工男根の機能が落ちてきて、つまりその、う、う、うまく起たないのです」



「人工男根の動力源であるリチウム電池の容量が少なくなったんじゃない?」



「えっ、それは気が付きませんでした。もしかしたら、そのせいかもしれませんねえ……」



 と、極軽い雰囲気の中で話を進めていた。



 この大神医院へは、もう十数回も来ているのだ。大神優子とも顔馴染みとなり、彼女はあくまで医学研究者としての立場で、私との話を進めていたのである。



「ところで、さっきの話の中での、私と前田彩華さんとの間で、今年の1月8日の夜に起きた人工男根のリモコンの暴走の話は、そのノート型の電子カルテに載っているんですかねぇ?」



「ええ、確かに、日付は今年の1月8日になってるし、その時の父とのやりとりが記載されてるわ。父も、その原因は全く不明だ、非常に奇々怪々な出来事だと書いてあるわねえ……」



「じゃ、その電子カルテには、私の装着した人工男根の欠点、つまり「暴走」が記載されているんですか、間違い無いでしょうねえ?」



「ええ勿論。それに、田上さんが、執拗に迫る前田彩華さんを拒否したともキチンと書いてあるわ。でも、前田さんは、私の後輩でもあり凄く凄く可愛いのに、田上さんの趣味には合わないのかしら?」



「わ、私には、もっと好きな人がいるから、断っただけですよ!」私は、ここで大きな声で叫んだ。



 大神優子はビックリして、私の顔をジッと見た。



 頭の良い彼女は、私の言っている内容を、即、理解したようだ。だが、彼女の瞳はもっともっと、暗く憂いを帯びていったのである。何故だ、一体、何があると言うのだ!



 しかし、もう私には、時間が無い。



 私は、彼女の手からその小型のノート型電子カルテをもぎ取ると、背広の胸ポケットから、大型のカッターナイフを取り出して、大声で叫んだ。



「優子さん、あなたの寝室まで案内してもらおうか。私は、本気だ!少しでも変な行動や逃げようとしたら、容赦なくあなたを刺し殺して、私もこの場で死ぬ!」



「そ、それは、……」彼女は、それ以上は一言も発しなかった。



 彼女は、ゆっくりと自分の寝室へ私と一緒に歩いて行った。

 百年近く年数の経った板張りの廊下はミシミシと音をたてていた。私は、胸ポケットの人工男根のリモコン装置を取り出し、歩きながらリモコンの数値を上げた。全ての数値は勿論10レベルまで上げた。



 ……これで最後なのだ。だから、派手にやりたかったのだ。



 自動ロックも外した。だが、どうせ、半分壊れているリモコンである。その時になれば、私の脳波に反応して勝手にMAXのレベル10まで行くのであろうが……。



 彼女の寝室へ入った。部屋には大型液晶テレビと蓄熱式暖房機がおいてあるだけで、壁や天井はモノトーンのビニールクロス貼り、床はフローリングであって、あまり若い女性の部屋という感じはしなかった。どこか地味な感じに思えた。



 ともかくも私は、ドアを閉めて、彼女にベッドに横たわるように命令した。家の建築年数は相当に古いものの、先程の蓄熱式暖房機のせいか、その部屋自体は心地よい室温を保っていた。



 いよいよだ!



 だが、彼女は、思いの他冷静であった。そして、実に不思議な言葉を発したのだ。



「どうせ無理だと思いますけど、どうしてもって言うなら、田上さんの好きなようにして下さい」



 おや?この妙な返事は一体何なんだ。この期に及んで発する言葉にしては、全く意味が全く不明ではないか?



 だが、こちらも既に命懸けなのだ。絶世の美人の意味不明の言葉の意味など考えている暇も無い。

 私は、急激に興奮してきた。胸ポケットのリモコンが、「ピ、ピ、ピ……」となり始めた。全ての数値がレベル10まで達してきている……。



 私の人工男根が大きくなってズボンを大きく膨らませている。

 私は、欲情の赴くまま、彼女の白衣をまくり上げ、彼女の白い下着をひきずり降ろした。



 おお!しかし!しかし!しかし!



 こ、こんな事が!



 彼女には、何と、私と同じ一物が下半身に着いていたではないか!

 こ、これは一体、どういう事だ。しかもその更に下には、前田彩華とそっくりのものも付いている。



 こ、これは、一体どういう事だ!



私は、完全に、自分を見失ってしまった。



 まさか、自分と同じものを付けている男性とも女性とも分からない人間に、人工男根を挿入する事など、完全に私の理解の範疇を超えていたからだ。



 私の、人工男根は急激に萎縮していった。リモコンの液晶の色が急激に暗くなっていった事がそれを証明していたからだ。



「だから、言ったでしょう。これでも、まだ私を愛せます?」



 大神優子は、下着をゆっくりと履き直し、白衣を降ろして、両脚をそろえてその両脚を両手で囲みながら、自分のベッドの上で、驚愕の自分の真実を語り始めたのだった……。



「私の両親は、ともにK大学医学部の学生同士で、両親の親も共に医者だったから、お金には不自由しなかったの。で、二人は学生結婚をして、私が生まれたのよ。



 でも、私は、両性具有、ギリシャ神話で言う「アンドロギュノス」として生まれたのよ。医学的には、「真性半陰陽」、「ヘルマプロディトス(Hermaphroditus)」、あるいは「インターセックス(intersex)」としてね。



 私の父は、泌尿器科が専門、母は婦人科が専門だったから、二人とも、将来の私について、猛烈な激論を戦わせたそうなのよ。



 結論は、医学的には私の女性器のほうが男性器より少し優性だったのと、生まれた時から、それはそれは可愛かったそうで、とりあえず女性として戸籍に登録し、将来、私が第二次性徴を迎える前に、若干劣勢なほうの男性器を切除する事になったの。



 ただ、父だけは、少し違ったのね。



 既にその頃、性同一性障害の患者に接していた事から、万一、将来の私が、では、女性ではなくて、男性を望んだとしたら、今から30年弱以上も前の医療技術では、私が、男性を望んでも、その願いは最後まで叶えられないのではないのか?



 勿論、医学的には、両性具有の患者は、性同一性障害にはならないと言うのが現在の医学界の定説よ。でも、一旦そう思い込み、猛烈に心配した父は、その後、私がいつでも男性へと性転換できるように、この「人工男根」の研究に没頭したんです。



 何故、父が、世間から「男根博士」や「陰茎博士」とまで揶揄されながらも、人工男根の研究に没頭したか、これで分かったでしょう?



 人工男根そのものの構造や理論は比較的簡単で、勃起させる時は人工弁で男根内の血流を一定時間男根内に確保する。射精させる時は射精を起こさせる筋肉組織に電気刺激を送って強制的に収縮させて射精する、……とまあそんな感じよね。



 ただ、最大最後の問題は、人工男根の基本的構造そのものよりも、例えば、現実の射精感覚をどのようにして当人の大脳にまで伝えるのか?あるいは、人工男根のリモートコントロールや、本人の大脳そのものが勃起を欲し、射精を欲した時にどのように人工男根をコントロールし動作させるのか。この大問題を父はなかなかクリアできなかったんです。



 その時、起きたのが、あの2025年末の『ドラッグ・ハプニング』だったのよ。

 そして、あのアメリカの大手製薬会社のアップルパイ社は父の研究論文に目を付け、世界的コンピュータメーカーのマッシュルーム社と共同で開発したのが、あなたや私が今付けている、この人工男根「P-X型」なのよ。



 つまり、人工男根の先端から末端にかけて微細な電気信号を作り出せる極小さなセンサーを配置。それを脊髄の末端の神経に接続、最後は大脳内の神経細胞へと接続する事によって、その最大の問題はクリアされた。

 つまり人工男根は、こうやって誕生したのですよ」



 淡々と語られる、恐ろしい程美しい横顔をした大神優子は、更に、驚愕の事実をも私に伝えた。



「でも、この人工男根のリモコン装置には大きな欠陥があったのよ。

 それは、既に、あなたが今年の1月8日の夜、前田彩華さんとの間で経験していると思うから理解できると思うけど、要するに人工男根が、勝手に暴走してしまうのね。



 これは、父の論文にも、あまりに高設定の性欲、射精感覚を持たせる事が危険だと書いてあるのに、アメリカのあのどちらかの会社が、故意的に高設定のリモコンを作り出し、更にはリモコンの自動ロックを無効にするプログラムまで組み込んでいたかもしれないのよ……」



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