第4話 P-X型
どうせ死ぬ機会を探していただけの人生だったのだ。……そろそろ、ここら辺りが自分の人生の潮時なのかもしれない。
そう心を決めた私は、思いきって大神博士の医院に電話をしたのである。そして、今日の心療内科での一件について手短に話した後、
「私のこれから取るべき道は、ただ一つ、自殺しか有りません。私は、既に、生きるに値しない人間に成り下がってしまったのです!」と、電話でハッキリと言い切った。
私には、ようやく死ぬべき理由が出来たのだった。
だが、たまたま、電話口に出てくれた大神博士は、私の強烈な自殺の決意を感じ取ったのか、
「まあまあ、そう早まるでない。
そうだ、今日は午後から休診日だから、是非、医院に来てもらいたいのじゃ。絶対に君の力になれると言うか、見せたいものがある。
いいか、決して早まるでないぞ、決して!」
単なる変人や変態に近い人物と思っていた、大神博士の思いがけずに暖かい言葉に、私は少しだけだが感激した。
それに私に見せたいものがあると言うが、それが何なのか知りたくもあった。
どうせまた、例の人工男根の新作なのだろうが……。
私は、言われるがままに、車を飛ばして、大神博士の医院へと向かったのである。
その日の午後、私は、大神医院の診療室内で、大神博士、その実の娘の大神優子、そして根本看護師の4人で、アメリカから届いたばかりだと言う、チタン合金製の輝くばかりの四角の箱を目の当たりにしていた。
大きさは、丁度、蜜柑箱を一回り大きくした程度。
博士は、その箱の右上部に取り付けてある、数字キーの液晶画面の10個の数字キーを次々と押していった。
すると、四角いチタン合金製の四方に取り付けてあった金属製のバックルが自動的に外れ、その中から、底部の白色LEDに照らされ、今の今までチタン合金に頑丈に守られていた透明なアクリル製の箱の中に浮かび上がったのは、ピンク色のジェル状物質に保護された、間違いなく超最新式の人工男根であった。
その構造のあまりに複雑さに、この私ですら、超最新型だと分かる程であったのだ。
「P-X型や!」、と大神博士は大声で叫んだ。
それは、今日の朝、アメリカから空輸されたばりだと言う話で、大神博士は直ちに付属の解説用と思われるディスクを、診療所の壁一面を占めている、極薄型の大型の有機ELディスプレーで再生した。
英語のリスニングが少々苦手な私には、特に医学用語が多用されており、早口で何を話しているのか良く分からない。私が、少し困った表情をすると、博士は、自動翻訳ボタンを押した。瞬時に、英語での解説が日本語に切り替わった。
「この人工男根P-X型は、日本のドクター・オオガミの膨大な医学論文とK大学医学部のこれまでの共同研究成果を元に、世界的製薬会社のアップルパイ社及び世界的コンピュータメーカのマッシュルーム社らによって共同制作された試作品であり、現代科学を集大成した、正に、究極の人工男根なのである」……のような話から始まって、この人工男根の構造や技術的な面について、延々と医学的説明調の話が続くのだった。
その長ったらしい話を要約すると、今回の製品は、現在、大神博士とK大学医学部が共同で研究開発している製品(P-15号)を遙かに凌駕する、世界最高峰の作品との事であって、
①本物の睾丸を1個だけ残し、もう一つを人工睾丸に置き換える事によって、本物の睾丸の精子や精液の製造能力にプラスし、更に人工睾丸のほうでも、ほぼ本物の精液に近い体液を約2日で人工精嚢に溜まる程の製造能力を持つ事。
②ペン型又はカード型のリモコン(本人の選択)により、人工男根の長さ・太さ、持続時間、性欲、射精感覚をレベル1~10まで自在にコントロールできる事。
③上記、リモコン装置には、射精感覚等については、各々、レベル1~10まで調整できるコントロール装置がついており、つまり、絶頂時の脳内での性感を自在にコントロール可能とする事により、高齢化やマンネリ化した性生活を、いつまでも新婚時代の時のような感応や快感を得る事が可能となる事……云々の、説明が続いた。
そして、約30分の映像の最後の部分で、この最新式の「P-X型」人工男根を装着された雄猿の交尾実験の映像が数分間流されたが、その雄猿の涎を流した狂喜に満ちた表情、いやいや、もはや狂気そのものの表情映像を見せられて、私は思わず吐きそうになった。
だが、その時の事である。私の頭の中で、カシャ、カシャ、カシャとかっての旧式のタイプライター様の轟音が鳴り響いたのだ。かって、テレビ漫画で見た事のある、『ルパン三世』の、冒頭のシーンのようにだ。
おかしい!
おかしい!
おかしい!
おかしい!
おかしい!
おかしい!
おかしい!
私の頭の中で、この異様な光景に参加している人間関係の不自然さに、フト、疑問が浮かび上がったのだった。
これを消去法で考えていくと、その異様さや異常さが、なおの事鮮明に浮かび上がって来たのである。
A=大神博士とB=大神優子医学生は、実の親子である。C=根本看護師はこの医院の実施的な婦長格のようであり、他の職員が帰宅していないにもかかわらずこの医院に休診日でもいる事から、もしかしたら大神博士と既に愛人関係にあるのかもしれない。
つまりA=B、A=Cの関係は十分にこの私でも理解できるのだが、ここに、唯一の部外者のこの私=Dがいるのだ。つまりA≠Dであり、B≠Dであり、C≠Dなのだ。
一体、私は、この不気味な医院の診療所の中に、今、ここに居てしかるべき存在なのだろうか?
一体、何故に、何のために私はこの医院の診療所にいるのであろう?
その必要性は一体何処にあると言うのだ。何かが、可笑しいのではないか?
しかし、全ては遅かったのである。私が、今ほどの疑問を感じたとほぼ同時に、背後から毛むくじゃらの手に握られた注射器で左臀部をプスリと刺されたのだ。
「しまった!遅かった!」
1~2秒で、即、私の意識がぶっ飛んだ。
私の意識が戻ったのは、12月27日であった。それは側の机の上に置いてあった私のデジタル型の腕時計で年月日を確認できたからだ。
相当に高い場所にある病室らしく、ベッド越しから金沢市内をはじめ、遙か遠くの景色まで見えた。卯辰山も楽に見えたのだ。
私は、天敵チューブを自らはずして自分で起きあがった。それにしても不思議に体に痛みは感じない。だが、もしかしてと思い、私は、パジャマのズボンとパンツを脱いでみた。
おお、だが、何と言う事だろう!私の悪い予感は的中してしまった。
私の下半身は、自分が今まで20数年間ぶら下げてきたものでは無かったのだ。
確かに、ほとんど「人工」と「本物」の区別は、目視程度では不可能な程、完成されてはいたものの、私の下半身は、つい先日、アメリカから空輸された例の最新型の「P-X型」の人工男根に取り替えられていたのだ。
だが、私の了解無しに手術を受けさせられた事に対して、私はそれ程の怒りを感じ無かった。
どうせ、一度は自殺を決意した自分でもある。何度も言うように、死自体が怖くない私にとって、人工男根を装着される事ぐらい、この私にしてみれば、やはり大した問題に感じられ無かったのかもしれない。
……あるいは、もしかしたら、逆に、ある意味、これは私にとっての一大転機になるかもしれない、との淡い期待もあったのかもしれない。
さて、私の意識が戻った時から1~2分遅れて、モニター室で監視していたらしく、ドタドタと多くのK大学の教授や准教授達や看護師、遅れて、大神博士、大神優子達が、私の個室の病室になだれ込んできた。
大神博士は、私の人工男根をまざまざと見て、その目には涙さえ浮かんで見えた。 30年弱以上の研究結果なのである。その思いには、普通の人間には感じられ無い、特別の思いがあったのだろうか……。
「手術は大成功じゃよ。君、田上純一君には、人類史上初の人工男根装着者として、今後の人生を送ってもらいたいのじゃ!」
最初は、あまりの出来事に声も出なかったが、大神博士のあまりの興奮や感激ぶりに圧倒された私は、怒る気持ちも、恥じる気持ちも萎えてしまい、
「……ええ、まあ、今となってしまっては、もうどうにもならないがでしょう。
まあ、諦めの心境ですかね。でも、昨日の今日で、手術跡と思われる部分が全て完治しているようですが、まさか1年以上も時間が経過しているのではないでしょうねえ……。机の上の私のデジタル時計の年月日を勝手に操作したんじゃ、ないんですか?」
「いや、君の手術跡の傷がたった1日で既に完治しているのは、例のED治療薬の製造・販売で莫大な利益をあげながら、2025年末から突如世界中で勃発した「突発性劇症型スティーブンス・ジョンソン症候群」いわゆる『ドラッグ・ハプニング』の事件で、逆に莫大な損失を受けたアップルパイ社が、起死回生の一品として開発した人体用瞬間接着剤HC-1000のおかげだからだよ。
この製品は、日本では未だ治験薬扱いとなっているが、個々人の人間の細胞、この場合は田上君の皮膚から取り出した細胞に、IPS細胞に加え、合成ヒト成長ホルモン等や特殊な薬剤を混合して製造されたもので、傷口や手術後に用いると、今まで約2~3週間程度もかかっていた傷口の細胞の復元が、約10分程度で元の状態にまで復元するのじゃ。
つまり、ほとんどあっと言う間に傷口が治癒する画期的な薬品なのじゃよ」
「と言う事は、私の手術は成功で、それじゃ今日にも直ぐに退院できると言う訳ですね」
「いやいや、そう言う訳にはいかない。田上くんには、人類史上発の人工男根装着者として、少々の実験には協力してもらわなければならないのじゃ。これは君にとっても歴史に名を残すような大実験なのじゃからのう……」
「いやいやいや、私は単なる一教師で、歴史に名を残すつもりなど全く無いのです。
ですからこれからどんな実験をされるのかは知りませんが、そんな実験に協力するつもりは全くありません。これで帰宅できるのであれば、即、帰宅します」
「いや、それは困るんじゃ。ともかくこの研究には、アメリカのアップルパイ社やマッシュルーム社等々の関係企業から、今までに既に百億円強の研究開発費を貰っているし、若干の協力はして貰いたいんじゃ」
と、それだけ言うと、大神博士、それにK大学医学部の教授2人の3人で、私を、力づくで別の病室に連れて行ったのである。
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