第3話 神社

夜空とこうと別れ、おぼつかない足取りで鼻歌を歌いながら帰り道を歩いた。


あぁ、今日は皆に気を使わせてしまったなぁ。と飲み会を振り返り反省した。


「っていっても、久しぶりに楽しかったなぁ。またあいつらと会いたいな」


ここ10年一切楽しいって気持ちになれなかった。こんな楽しいって思えたのは久しぶりだった。


高校の頃に散々上った見覚えのある階段を見つけ、足を止めた。


「この先にあるのが都市伝説の神社だよな。ほんとなんでいままで忘れてたんだろ」

そう独り言を言い、願いを叶えてくれなかった神社に文句を言おうと階段に向かった。


「はぁはぁ、ちくしょー、こんなに登るのきつかたっけ。くそ神社め」

神社に毒を吐きながら一段一段と登って行った。


登りきるまで何分たったかわからない。肩で息をしながらまた神社に文句を言った。

「ふぅ、ふぅ、きっつ。少しは参拝者に優しい設計にしろよ。ニーズに答えろよ、うえぇ」


気持ち悪くなり吐いた。神社の隅で。


「おい!貴様何やってやがる。そんなとこで吐くな!」

「うぉ、びっくりした」


声のする方に顔を向けると神社の建物に明かりがついており、そこに人がいた。


人がいる想像をしていなくて、驚いた拍子に一歩動くとヌルヌルした感触がした。

「うげぇ、最悪げろ踏んだ!」


「自業自得だろうが!さっさとこの場から離れい。掃除が大変だろうが」


いきなり怒鳴られ文句の一つでも言いたかったが、明らかに俺が悪いので頭を下げ、謝った。

「ほんとすいません。掃除はします」


謝り、顔を上げると高校の頃にも見たことがあった神主だった。

しかも、当時と姿が全くわかっていない。


神主は髭を触りながら言った。

「ほぉ、お主だったか。気が狂ったように鐘を鳴らしてたガキんちょ」


覚えられていたことが恥ずかしくて鐘を指差しながら反論をした。

「う、うるせぇやい!そ、それは願いを叶えてくれなかったこの鐘が悪い」


「毎日毎日遅くまで鐘を鳴らすなんて近所迷惑もすぎるんじゃよ」

神主が馬鹿にするように言ってきた。


「だってよ、だってだぁ。常夏とこなが常夏がいなくなっちってよぉ」

俺は悔しくなり、涙が零れてきた。神社での常夏との記憶を思い出していた。

思い出せていた。




浮足だっていた夏休み初日、常夏と神社に来ていた。

俺は、夏休み中に絶対に告白しようと意気込んでいた。

そんな時、常夏が鐘のことについて教えてくれた。


「ねぇ、ねぇ。ここの鐘、願いを強く想いながら鐘を鳴らすとその願いが叶うんだって」

常夏はその時、嬉しそうな顔で言うわけでもなく、楽しそうな声で言うわけでもなく、ただただ大人びた、憂いを帯びた顔をしていた。


今までみたことのない顔に驚き、この日も告白しようとしていたけどできなかった。


その雰囲気を誤魔化すように俺は適当な願いを想いながら鐘を鳴らした。

「えーじゃあ、夏休みが終わりませんよーに」


彼女はわらった。

「なにそれ。真剣に願わないと叶いませーん」


「なんだよ。それ、お前の願いはないのかよ」

彼女は呟くように答えた。だけど。俺の耳には届かなかった。


「え?今なんて言った?」

「なんでもない」

なぜか彼女はこの時とても泣きそうな顔をしていた。




「ちくしょう、また会いたいよぉ常夏」

涙と後悔が止まらない。


「そうよのぉ。お主も訳ありだったか。それはそんなに叶えたいことなのか」

「叶えたかったさ!あいつを失うなんて思ってなかった。想いを伝えたかった。死なせたくなかった。けど...もう何もかも遅いんだよ。10年たっただけであいつの名前さえ忘れてたんだぜ」

声がガサガサになりながらも俺は叫んだ。


神主は無言で俺を見つめる。

「なんだよ。なんか言えよ。くそ神主」

「坊主、時期が悪い。時期が」

「何言ってんだよ。もうあいつは帰ってこないんだよ」

「今はまだ8月31日だ。ならまだ間に合う。今の想いを鐘に乗せろ」

「なに...わけわかんないこと......言ってんだよ」

涙が嗚咽に変わっていた。10年間溜め込んでいた思いが爆発しそうだった。


「馬鹿者!後悔をなくしたいんじゃろ。10年間記憶が朧げな中、忘れず想い続けたんじゃろ。なら叶うはずじゃ。鐘を叩いてみろ」

「へっ、何言ってんだよ。じいさんおかしくなったのかよ」

俺はふらふら歩きながら鐘の方に向かって言った。


「気休めの言葉なんていらねぇんだよ。何回、何十回、鐘を鳴らしたと思ってんだよ!」

そういいながら橦木を持ち、助走を付ける。


「常夏にもう一度会えますように!うぉ」


鐘を鳴らそうと踏み込んだ地面にくぼみがあり、足についていたゲロも相まって湊はこけた。


「いって」

こけた拍子に頭を地面に思い切りぶつけた。


「これだから......なつは...きら...い...だ」

頭の痛みが強くなっていく。鐘の音は鳴り響き続けている。


視界が暗くなっていく中、俺は思った。


なぁ神様。いるなら、なんで俺の願いはかなえてくれねぇんだよ。


除夜の鐘が響く音を聞きながら俺は意識を失った。

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