真夏の願いは。
天ノ悠
第1話 記憶
「私そろそろ死のうと思うの」
いやに明るい声だった。
■■は続けて言った。
「湊は生きてね」
夏休み毎日一緒に過ごした■■は、夏休みが終わる前日俺にそう言った。
今でもその時を忘れない。雲のない空、陽を遮る木々、心地良い音を奏でる川。
そして、見惚れるような笑顔で話す君。
宣言通り■■は夏休み明け、学校に来なかった。行方不明になったのだ。
あれから10年、俺は未だにあの夏のことを夢に見る。
「あぁ、夏は嫌いだ」
あまりの暑さに思わず、ぼやいた。
それに対し、夜空が反応する。
「なつかしな、湊の口癖。それ学生の頃からずっと言ってたよね」
湊はプチ同窓会に来ていた。
夜空と話していると富山が話しかけてきた。
「夏守よぉ、相変わらず夏は嫌いなのかよ。苗字に夏が入ってんのに。そういえばなんで前の同窓会に来なかったんだよ」
聞かれたくないことだった為、適当に返す。
「うるせぇよ。なんでもいいだろ」
そんな俺の返事に降が反応する。
「しくしく。そんな口の悪い子に育てた覚えはないのに」
「育てられた覚えもねぇよ」
「とりあえずみんな乾杯しようぜ」
「「「「かんぱーい」」」」
ぼっちゃんの合図で飲み会が始まった。今日は、ぽっちゃんこと
ちなみにぽっちゃんは「僕はぼっちゃりだよ~」の口癖からあだ名がついた。
こいつらと会うのは高校生ぶりだ。
夜空が聞いてきた。
「そういえば、湊はさ、今何やってんの?」
当たり障りのない返事をする。
「普通の会社員かな」
次に降がビールを飲みながら聞いてくる。
「今どこにいるの?」
「東京」
3人で話しているとこに富山が茶々を入れてきた。
「うへー、シティボーイじゃん」
俺は、疑問に思ったことを口にした。
「ってかなんで俺にだけ質問責め?」
夜空が答えた。
「だって僕らは同窓会であったもん」
富山がでかいグラスジョッキを持ちながら再び質問をしてきた。
富山の顔はほんのり赤くなっていた。
「なんでお前はこなかったんだ」
答えたくない。あの時はまだ同級生に会う気になれなかった。会いたくなかった。
「......忙しかったんだよ。大学が」
「大学がだぁ、地元に帰れるくらいの時間はあんだろ」
「富山くん別にいいじゃん。ほら、湊も色々あるんだからさ。とにかく、会えたことにカンパーイ」
夜空が悪くなりそうな空気を和ませるように場をごまかした。
そういえば、夜空はめちゃくちゃ気が利くやつだったなぁと学生時代を思い出しながら、ビールを一気飲みした。
それから、夜空と降とお酒を飲みながら近況の話をした。
酔いがだいぶ回ってきた頃、俺たちのそばで話していた同級生の会話が耳に入ってきた。
「そういえば都市伝説。覚えてる?」
「あった。あった。願い事を強く想って除夜の金を鳴らすと願い事が叶うって言うやつね」
そんな都市伝説なんてあったか?疑問に思いながらも二人の会話に聞き耳を立てていたらぽっちゃんがおつまみを持ってきた。
「へい、おまち、蜂蜜梅ね」
「なにこれ」
なんで梅なんだろう。思わず、口に出た。
すると、ぽっちゃんが驚いた顔で言った。
「なに言ってんだよ。湊の好物だろ。夏になってこれ食べると元気出るってしょっちゅう言ってたぞ」
そんなこと言ったっけな。10年も立っているせいか学生時代、特に高3の時期の記憶が薄い。
首を傾げながらも蜂蜜梅というものやらに手を伸ばし食べてみた。
「これ美味いな」
なんだか懐かしい味を感じたと共に昔の記憶が蘇った。
「私が作った蜂蜜梅の方が夏バテに聞くんよ。これ食べてみて」
あの夢に出てくる少女が俺に話しかけてくる。
それを受け取り俺が美味しそうに食べて微笑みながら少女に言った。
「■■は料理の天才だな。毎日食べたいくらいだ」
少女は顔を赤らめていた。
見たことある夢が頭によぎった。これ俺の記憶?
これ以上思い出そうとしても頭痛がし、頭に靄がかかる。
そんな中、クラスメイトがぽっちゃんに話しかけてきた。
「ぽっちゃんは杉本さんと結婚できますようにって願ったんだよね」
ぽっちゃんは指で頬をかきながら答えた。
「恥ずかしいな。きりちゃんと付き合えますようにって鐘を鳴らしたよ。ねっ、きりちゃん」
ぽっちゃんは厨房で料理をしていた
クラスメイトは黄色い歓声を出した。
「すごいね。それで最終的には結婚したんだもんねぇ。やっぱり叶うんだぁ」
切枝さんは照れているのを誤魔化すようにぽっちゃんをジト目で見た。
「はやく、厨房の方も手伝ってよね」
「ごめん、ごめん」
二人の幸せそうな様子を見ながら、そんな背景があったんだなと初めて知った。
「へー。都市伝説のこととか何も知らなかったな」
急に周りが静かになり、みんな俺の方を見てきた。えっ、何か変なこと言ったか......
静まった空気を打ち破るように夜空が口を開いた。
「湊ほんとにー?。よく神社に行ってたからさ、てっきり知ってて行ってるかと思ったよ」
「うーん。昔のこと思い出そうとしても。痛っ。学生の時のこと思い出そうとしても頭痛がして思い出せないんだとな。正直高3以降のこと全然思い出せれん」
「あー」
何かを察したように同級生達は顔を見合わせた。
静まった空気なんてお構いなしに顔が真っ赤になった富山が話に割り込んで生きた。
「お前あんな奇行覚えてないのかよ。これは傑作だな。■夏ちゃんがいなくなってからお前は毎日神社に行って、なんか泣きながら鐘ならしてたぜ」
「ちょっと酔いすぎだよ。富山くん」
富山の隣にいたクラスメイトが場の雰囲気を察して注意した。
富山の話を聞きさらに頭痛がひどくなっていった。しかし、今まで霧がかる昔の記憶が徐々に晴れていく感覚がした。富山はお構いなしに続けて言う。
「急に来なくなったよな、
この瞬間はっきり思い出した。
なぜ彼女の名前を忘れていたんだろう。あの川に行った時の記憶は10年間ちっとも忘れなかったのに。夢に出てきてたのは常夏だった。
「富山くん飲みすぎ、もう帰ろ、ね」
富山の奥さんらしき人が止めに入る。
しかし、酔っぱらっているのか富山は畳みかけるように言った。
「同窓会のときもよぉ、話題になってたんだよ。神崎は殺されたんじゃないかって。10年前の今日、行方不明になった夏休み最後の前日、お前たちは会ってたんだろ」
夏休み最後の前日に常夏は死のうと思うと口にしたのだ。
「確かに会った」
あの時助けられなかった悔しさからなのか、俺の声は震えていた。
「それか、愛人とできてお前から逃げるために駆け落ちでもしたのかもな」
「おい!富山いいすぎだ!もう帰れ」
夜空は富山に怒りながら言った。
あの温厚な夜空の怒声を聞いたのは初めてだった。
富山は面食らったような顔をした。
「ちっ、うるせーな。しらけた帰るわ」
捨て台詞を言い、そのまま店を出た。
降と夜空が優しい声で俺に話しかけてくれた。
「あんなやつの言うこと聞かなくてもいいからな」
2人の気遣いに目が熱くなった。たったいま思い出した常夏との記憶を話したいと思った。
「夜空と降、話を聞いてくれるか?」
「もちろん」
夜空はそう答え、降はぽっちゃんとアイコンタクトを取っていた。
ぽっちゃんは降の意図に気づき首を縦に動かし、クラスメイトに声をかけた。
「みんなごめん、今日はもうお開きにしよ。みんな来てくれてありがとね。サービスするからこれからも通ってねー」
そう言い、ぽっちゃんは俺たち以外のクラスメイトを帰らせた。
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