第一章 本当に異世界転移できちゃうとか、できすぎでしょ──鷹峰 昴

第1話 念願の異世界へ

 《異世界ノクトパティーエ》──それが、私たち《都立青楓学院高校とりつせいふうがくいんこうこう1年A組》の生徒たちがだった。

 アニメやゲームに出てくるような中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界。

 まさか、そんな夢物語のような世界が実在するとは、最初は到底とうてい信じられなかった。

 だが、これが私たちにとっての現実だったのだ。

 クラスメイトのひとりに、そのことを指摘され、私たちはその現実を受け止めざるを得なかった──

(《柴路しばみちノート》第一章より抜粋ばっすい


 ○


 僕が小学生の頃に、ネットの小説投稿サイトで見つけた作品がある。

 それは、とある高校の生徒たちがクラスごと異世界に転移し、人間と魔族まぞくの戦争に巻き込まれていく物語だった。

 普通に考えれば、同じ小説投稿サイトの中にあふれている、ありふれた《異世界クラス転移モノ》作品のひとつでしかない。

 だが、この作品──《柴路ノート》が特に注目されているのには理由がある。

 それは、登場人物やいろいろな設定が、現実に発生した『都立高校生集団失踪しっそう事件』とリンクしている内容だったからだ。

 実際に、失踪事件から生還した生徒たちのほとんどが、この《柴路ノート》の内容を実際のできごとだと主張していたのだ。

 もっとも、マスコミや教育評論家、精神科医といった有識者ゆうしきしゃなどを筆頭ひっとうに、ほとんどの人々は、大きな事件に遭遇そうぐうしたショックによる生徒たちの集団妄想しゅうだんもうそうと決めつけてしまっていたが。


 ──《異世界転移》


 この何もない灰色の現実世界を捨てて、新たな別の世界へと人生のレールを繋ぎ直すことができる大チャンス。

 もちろん、普通の人たちにとっては、そんなの夢見がちな子供が抱く現実逃避でしかない。

 でも、僕──鷹峯たかみね すばるは《異世界転移》の存在を信じていた。いや、信じたかったんだ。


 ○


「──でもって、本当に《異世界転移》できちゃうとか、できすぎでしょ」


 眼前がんぜんに拡がる、雲ひとつない澄んだ青空と黄金色こがねいろの畑を眺めながら、僕は大きく息を吸い込んだ。

 新鮮で爽やかな空気が肺の中に満ちていく感覚。


「んっ……気持ちいい。東京の空気とは比べものにならないや」


 そう言いつつ、もう一度、辺りを見回す。

 さっきまで、僕はクラスメイトたちと一緒に学校の宿泊研修に向かうため、バスで移動しているところだった。

 だが、不意に激しい衝撃しょうげき轟音ごうおんに襲われ、気がついたら、この広大な畑のど真ん中に立っていたのだ。


「……えーっと、それでですね。みなさん、ちょっと落ち着いてくれるとうれしいかなー、と」


 僕はおずおずと口を開いた。

 いつのまにか、周囲には大きなフォークやかまといった物騒ぶっそうな農作業用の道具を手にした人たち──人というか、いわゆる僕と同じような人間はそのうちの半数に満たないくらいで、残りは外見は人間だけど、普通ではありえない青白い肌の人。さらには、とらきつねなどなどけものの頭を持つ獣人じゅうじんというカンジのファンタジーな方々が、ジリジリと僕を包囲する輪を縮めてきていた。


 鎌を手にした人間の男性が敵意を込めた視線を向けてくる。


「おまえ、いったい何者だ!? いきなり光の中から現れたように見えたが、どこから来た!?」


 とりあえず、言葉は通じそうで安心した──じゃない、ここはなんとかして、この人たちに敵意がないことを伝えなければ。


「あ、あのですね、僕はという街から来ました──というか、飛ばされてきました。ぶっちゃけ、僕自身も完全に状況を把握できてなかったりしまして、ゆっくりとお話しさせていただければ嬉しいかな、って思ったりしてまして……」


 身振り手振りを交えながら、必死に周りの人々の説得を試みる僕。

 だが、結局その甲斐かいもなく、僕は問答無用でなわを掛けられてしまった。


 ○


 ロープでぐるぐる巻きにされ、馬車の荷台に転がされた状態のまま、僕はすべもなく運ばれていく。

 そして、いくつかの丘を越えたあたりで、視界に、日本──いや、あっちの現実世界では存在し得ない大樹たいじゅの姿が飛び込んできた。


「──って、なに!? あの大きな木! 最初は山かと思ったけど、完全に木じゃん!?」


 体をよじって大声をだしてしまう僕に、虎頭とらあたまの獣人が怪訝けげんそうな表情を向けてくる。


「《精霊樹せいれいじゅ》だよ、この国──《リグームヴィデ王国》の王都おうとだ。このあたりの人間だったら知らないはずないだろ?」

「いやぁ、少なくとも、僕が住んでた世界では、あんな常識外れの大木は存在してない。というか、存在できないよね」


 僕は縛られた身体を器用に転がして、《精霊樹》と呼ばれた大樹をじっくりと眺める。

 幹の大きさは複数のタワーマンションが合体したくらいだろうか。

 そして、その上には枝と葉が拡がっており、それこそ山のように見えてしまう。


「──あ、リオンヌさん、こちらです!」


 御者席ぎょしゃせきに座っていた青白い肌の人が、片手を大きく挙げて、馬に乗って前方から駆けてくる青年へと呼びかける。

 すると、リオンヌと呼ばれた馬上の青年は、無駄のない動きで馬車の横に馬をつける。

 そして、その状態からぐるぐる巻きにされている僕を見下ろしてきた。

 金髪に血のような赤い色の瞳を持つ整った顔立ち、それに透き通るような青白い肌。

 僕は頭の中に《吸血鬼》というイメージを浮かべてしまう。


「キミ……その服は?」

「え、この服ですか?」


 今、僕が身につけているのは《都立青楓学院高校》の制服だ。


「えっと、学校の制服です」

「キミはもしかしてニッポンから来たのか?」

「え? 日本のことわかるんですか!?」


 驚きの声を上げる僕に、馬上の青年は苦笑したようだった。


「昔、同じ服を着た人とえんがあってね。オレの名前はリオンヌっていうんだ」


 そう言うと、リオンヌは僕を縛るロープに手を伸ばした。


「おい、この縄はいちゃうぞ、こう見えてだ──大丈夫、少なくとも今の段階ではオレたちに危害を加える存在じゃない」


 ぐるぐる巻きから解放された僕は、なんとなく荷台の上に正座してしまう。


「ありがとうございます、僕は鷹峯たかみね すばるといいます。やっぱり、僕はんですね」

「十中八九ね。さっきも言ったけど、オレは以前、キミと同じ服を着たヤツと出会ったことがある。そして、他にも同じ服を着た連中がいた。その全員がニッポンという異世界から勇者として、この《ノクトパティーエ》へ召喚された存在だったんだ」

「《ノクトパティーエ》!!」


 僕は思わず声を上げてしまう。

 《異世界ノクトパティーエ》──その名前は、ネットの小説投稿サイトで公開されていた《柴路ノート》に書かれていた異世界の名前と同じだったからだ。


「勇者……異世界から召喚された勇者……」


 握りしめた両手に視線を落としながら、勇者、勇者──と感慨深かんがいぶかつぶやく僕。

 だが、ふと視線を上げたタイミングで、周りの人たちが剣呑けんのんな雰囲気で、僕のことをにらみつけていることに気がついた。

 リオンヌ──さんが肩をすくめて見せる。


「異世界から召喚された勇者様は、必ずしもこちらの世界では歓迎されないんだよ」

「え、なんで──」


 そこまで言いかけて、僕はハッとした。

 《柴路ノート》に拠れば、《異世界ノクトパティーエ》に召喚された勇者たちは、この世界の国々を戦乱せんらん業火ごうかの中に叩き落とした存在──ということになっている。

 困惑こんわくして黙り込んでしまう僕。

 そんな僕に、リオンヌさんが笑いかけてくれた。


「まあ、今は深刻に考えなくていいと思うよ。とりあえず《精霊樹》に向かおう。今後のことをどうするか、パルナ──じゃない、王女殿下も交えて相談しよう」

「王女殿下──?」


 思わず緊張して身体を強ばらせる僕の肩を叩くと、リオンヌさんは馬車を進めるように指示をした。

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