異世界転移して平和に暮らそうと思ったらクラスメイトたちに自分の国を滅ぼされたので、仕返しに反乱を起こすことにしました。

藍枝 碧葉

第一部 クラスメイトたちに陥れられた僕は剣を握る

プロローグ 現実世界のことなんて、もう捨てた。僕はこの異世界で生きていくって決めたんだ──鷹峰 昴

プロローグ 復讐のはじまり

 呆然と僕──鷹峯たかみね すばるは立ち尽くしていた。


 土砂降どしゃぶりの雨が降る中、周囲には無数の人々が死体となって積み重なっている。

 見知らぬ異邦いほうへと飛ばされた僕を優しく迎え入れてくれた、温和で陽気な人たち。

 そんな彼らを、アイツらは種族や老若男女関係なく、無残に射殺いころし、切り刻み、焼き殺したのだ。


 《異世界ノクトパティーエ》にある小国《リグームヴィデ王国》で、この悲劇は起きた。


 僕は身体を雨に濡らしながら、ぬかるんだ道の中、ゆっくりと足を進めていく。

 周囲に拡がる豊かに実っていたはずの黄金色こがねいろの小麦畑も燃やし尽くされ、黒く焼け焦げた荒れ地へと変わり果てている。

 そして、僕は《リグームヴィデ王国》の象徴でもある巨大な大樹《精霊樹せいれいじゅ》のもとへとたどり着く。


「なんで、こんなことができるんだ……」


 力なく呟く僕の前に佇んでいるのは、かつての雄々しくそびえていた巨大樹ではなく、葉も枝も焼け落ちた、黒く焦げた幹だけになってしまった儚い枯れ木だった。

 僕は地面に縫い付けられそうになる足をなんとか動かして、《精霊樹》の中へと入っていく。

 この《精霊樹》には、ひとつの街がすっぽりと収まるくらいのキャパシティがあり、《リグームヴィデ王国》の王都として栄えていた。

 その《精霊樹》を、あろうことかヤツらは火攻めにしたのだ。

 王都の中に逃げ込んだ住人たちは、煙に巻かれ、蒸し焼きにされ、苦しみの中で死んでいったのだろう。その表情は苦悶くもんゆがんだままだった──


 僕は大広場の中央で、力なく膝をついてしまう。

 そして、拳を焦げた床に打ちつけた。


「あいつら、絶対に許さない──」


 この蛮行ばんこうおよんだヤツらのことを僕は知っている。

 《異世界ノクトパティーエ》に勇者として召喚された《都立青楓学院高校とりつせいふうがくいんこうこう1年A組》の生徒たち──そう、僕のクラスメイトたちだった。

 ヤツらは僕を誘い出して監禁し、その間に兵を率いて、この国《リグームヴィデ王国》をだまし討ちにしたのだ。


「僕がこの国に留まっていれば、こんなことには……」

「スバル──自分を責めるな」


 悲しさと悔しさのあまり、両腕で自分の身体を締め付ける僕に、背後から歩み寄って来た人が声をかけてきた。

 振り向くと、金髪に真紅の瞳、青白い肌という外見の青年──僕の護衛役ごえいやくでもある《魔人まじん》の剣士リオンヌさんが沈痛ちんつう面持おももちで立っていた。


「スバル、こっちだ。玉座ぎょくざへ来てくれ」

「玉座の間……?」


 僕の脳裏のうりに怖れの感情が膨れあがる。

 おぼつかない足取りの僕を支えるように、リオンヌさんが背中に手を当てて、一緒にゆっくりと足を進めていく。


 《リグームヴィデ王国》の王女パルナ・アヴィーム──幼い頃に母親を、一昨年に父王を亡くしたあと、当然のように、この王国を支えることになった僕と同い年の少女。

 父王の遺志いしを継ぎ、対立している人と魔族との共存を掲げて平和な国作りを目指していた。


『──ぶっちゃけ、こんな小国でもわたしにとっては荷が重いのよね。なんども投げ出したいと思った。でも、スバル、あなたが一緒にいてくれるなら、わたしも頑張れるかもしれない』


 やさしくて、それでいて心の強いわたしたちの勇者さま──パルナはそう言って笑ってくれた。


「パルナ……」


 その健気な王女は玉座に座ったまま事切こときれていた。

 炎から逃れることはできたようだが、煙に巻かれて命を落としたのだろうか。

 その表情には微かに苦悶くもんの色が残っていた。


「許さない、アイツら絶対に許さない……」


 僕はこらえきれずに嗚咽おえつを漏らしてしまう。

 天井の高い玉座の間に、僕のすすり泣く声だけが響いていく。



 ──これは、僕からすべてを奪ったクラスメイトたちに復讐する物語。



 ゆっくりと僕は立ち上がった。

 身体の中心に、熱くくらい炎のイメージが燃え上がる。

 と、同時にパルナが座している玉座の後ろに掛けられている大きなタペストリーが床へと落ちた。


「これって……」


 タペストリーに隠されていた棚、そこに安置されていたのは淡い光を帯びた《幅広の剣ブロードソード》と細かい装飾が施された《指輪》だった。

 いつの間にか、横に立っていたリオンヌさんが僕の背中を押す。


「スバル、その剣と指輪を手に取るんだ。たぶん、今のスバルに必要な力だと思う」

「必要な……力……」


 僕はいったん唾を飲み込んでから、おそるおそる剣を手に取った。

 瞬間──


「うあっ!?」


 頭の中に膨大なイメージが怒濤どとうのように流れ込んでくる。

 それは、勇者としての力の扱い方──


「──これが、勇者の力?」


 僕は自然な動きで剣を振り下ろす。

 すると、剣の刀身がいくつもの刃に分裂し、やいばのムチのように複雑な動きを見せる。

 この剣と指輪の使い方以外にも、勇者の様々な力の情報が、ストンと身体の中に入ってきた感覚。

 リオンヌさんが僕の肩に手を乗せてきた。


「その剣と指輪は、かつて、自分の大切な村を仲間に滅ぼされた勇者が、その仲間たちに復讐を果たすために戦い抜いた時──その時に力となった偉大な《神器しんき》だ。スバルがどういう道を歩むかはスバル自身が決めることだけど、どの道を選んでも大きな力になってくれると思う」


 その言葉に、僕は自然と握った剣の柄をひたいに重ねる。


『──負けるな』


 不意に、そんな声が聞こえた気がした。

 僕は意を決して、剣を高々と掲げる。


「僕は……僕からこの国を奪ったヤツら──クラスメイトたちを絶対に許さない。自分たちがやったことに対する報いを必ず受けさせる」


 僕の脳裏のうりに、制服姿のクラスメイトたちの姿が映し出された。

 僕を見下すような残酷ざんこくな笑みを浮かべる少年少女たち。

 その姿を手にした剣で、一刀両断に切り捨てた。


「現実世界のことなんて、もう捨てた。僕はこの異世界ノクトパティーエで生きるって決めたんだ」


 僕は剣をさやに収めて、再びパルナ王女のもとへと歩み寄る。


「ゴメン、パルナやこの国の皆の無念を晴らす方法はこれしか思いつかないんだ。もし、パルナが生きていたら怒られたのかもしれないけど、それを不可能にしたのもアイツらなんだ、自業自得だよね」


 その言葉を最後に、僕は王女に背中を向けた。

 これ以上、ここに留まることはできない。

 一秒でも早く、復讐の歩みを進めないと。


 僕はパルナ王女や、亡くなった人々の弔いを、生き延びたわずかな人たちに委ねた。

 そして、リオンヌさんと共に復讐の旅へと一歩を踏み出す。


 決して戻ることのできない血まみれの道──だが、今の僕に躊躇ためらいは少しもなかった。

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